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⑦ー8 怪物の安寧 その8

 視界が開けた瞬間、見えたのは倒れた大量のハチ女たち。30? 40? こんなに数がいたのか……よくティンテたちは逃げきれたな。

 しかし今は感心している場合じゃない。エーゲルを連れてさっさと逃げないと。


 そもそもなぜ俺の目隠しは外れたのか……その答えはエーゲルとともに横たわる配下の吸血鬼の姿でわかった。

 なるほど、眷属召喚か……別の大陸からも仲間を呼び出せるとは、改めてその能力のチートぶりを実感させられた。さすがに距離が遠すぎて呼び出すまでに時間はかかったようだが……

 しかし咄嗟の判断で俺の目隠しを取るという最善策を果たすとは、吸血鬼配下のリーダーは相当有能なようだ。もうエーゲルと女王を代わった方がいいんじゃないか?

 俺の能力に巻き込まれて気絶したのは気の毒だが、とにかく助かったのは事実だ。


 エーゲルは気絶しているようだが、案外顔色は悪くない。安からな顔は眠っているようにすら見える。大げさに痛がってただけなのだろうか。安心したような拍子抜けなような。


 さて、二人を担いで逃げるのは骨だがとにかくここを離れた方が良さそうだ。また何かの拍子に俺の能力が使えなくなったら困るしな。


「ま、待て……」


 ハチの女王がうずくまったまま俺の背へ声を投げかけてきた。俺の全力を受けて意識を失っていないとは、さすがに女王だけはあるか。


「それほど強大な力を手に、お主は何を望む。世界の掌握か、あるいは破滅か……」


「平穏だよ。普通に暮らしたいだけだ」


「なんと……怪物の安寧ほどおぞましいものはないぞ」


 ハチの女王の言いたいこともわかる。俺は言わば歩く災害なのだ。最初の村で出会った村長のように生命ごと排除しにかかるか、ハチの女王のように兵器として飼い殺しにするか……いずれにせよ人権ある生活なんて簡単には望めないだろう。

 だが、ティンテたちのように俺を受け入れてくれる人もいるのだ。その人たちに報いるためにも、俺は俺にしかできない責務を果たしたい。こんなところで止まってはいられないのだ。


「必ず後悔するぞえ。お主が進むのは修羅の道。飼い殺しにされていれば、と悔やむ日も遠くなかろう」


「うるせえな。余計なお世話だよ」


「愚かな……」


 ブツブツとごちるハチの女王。その言葉は、俺に向けられているというより自嘲を含んでいるように聞こえた。

 俺を監禁したのは一族の繁栄のためだけでなく、ブゼン大陸の入口担当として危険物を処理してしまおうという責任感もあったのだろう。

 最初の検疫から始まって、案外自治を重んじる種族なのかもな。まあ、彼女らには彼女らの事情があり、こちらにはこちらの思惑がある。


 エーゲルと吸血鬼のリーダーを両脇に抱え、フラフラと出口へと進んでいく。この状態だと階段を降りるのも骨だな……


 ハチ女どもに刺されまくったせいか、身体の節々が痛む。毒も結構注入されたんだけど、後日アナフィラキシーショックとかで死んだりしないよな? 不安で仕方ないが、シャルフなら血清的なものも持ってたりするかな……


 ハチの城(巨大な巣と言うべきかもしれない)を出ていく途中ハチ女と出くわすこともあったが、俺のストレスがMAXまでまで溜まっているせいか、会うなりどいつもこいつも気絶してくれた。

 この状況下では助かるが、俺はやっぱり人魔以上に人外じみた怪物なんだなあ、としみじみ感じる。





 長い時間をかけてようやく城外に出る。外から見上げるとやはり巣のような造りになっていた。あれだけ痛めつけられたのだ、少しくらいハチミツでももらって帰れば良かったかな……まあ、もう二度と入りたくない場所ではあるが。


 城から少し離れた林まで着いて、いよいよ俺の身体に限界が来た。もう一歩も歩けそうにない。エーゲルたちを下ろすと、俺はそのまま横倒れになってしまった。

 疲れきった頭でぼんやり考える。俺は勝手に人魔に好印象を持っていたが、あんな蛮族みたいな連中もいるんだな。むしろそっちがマジョリティだったり、とか。 

 仲間を探すつもりで来たのに、敵ばっか増えていくようなハメになったら嫌だな。


 そもそも人魔は救済すべき存在なのだろうか。ティンテたちのような良心的な人魔は当然助けてやりたいが、今回のハチ女たちを救いたいかというと……

 かといって人戻会の考え方にも賛同しているわけでもないので、なかなか複雑な心境だ。


 何にしても、疲れたなぁ……目を閉じようとした瞬間、ティンテたちの呼ぶ声が聞こえた。


「アンゴ! エーゲル! 無事だったか……!」


「無事、ではないかもな」


「すまない。最初は逃げるのに精一杯でね」


「不甲斐ない限りでございます」


「いやいや、あの状況じゃ仕方ねえさ」


 しょげたティンテとシャルフを見て慌ててフォローを入れる。別に彼女らを責めたいわけではなかった。疲れていて思わず愚痴が漏れてしまっただけなのだ。


「エーゲル様が志願してくださらなければ、アンゴ様を助けることは叶いませんでした……わたくしのワープも逃げる時に使い切ってしまいましたし」


「志願? エーゲルが?」


「ええ。自分一人で行った方が敵めらが油断するから、と。わたくしが思っていたよりもずっと勇敢な方ですのね、エーゲル様は」


「そうなのか……」


 確かにエーゲルらしからぬ行動だ。ハチどもの前でも演技とは思えないほどの勢いでメソメソ泣いていたというのに。

 ……いや、あれは本気で怖くて泣いてた可能性もあろうが。


「しかし厄介な敵だったね。エーゲルの配下まで気絶させられるなんて……」


「いやこれは俺の能力の巻き添えで……」


「あっ……」


 申し訳なさそうな顔をしないでくれティンテ。今は彼女の気遣いがつらい。やっぱ俺の能力消す方法無いのかな……


「い、いずれにせよ、体勢を立て直した方がいいね。私は一応女王だからこっちの大陸にも知り合いはいるが、居所がわからないんだよね」


「でしたらわたくしの友人の元へ参りましょう。癖のある人魔ですが、味方にはなってくれるはずです」


「そりゃありがたいな」


 未だ目を覚まさないエーゲルと配下の吸血鬼をティンテが抱え、俺はシャルフの肩を借りながら、林を後にした。


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