⑦ー7 怪物の安寧 その7
「お取り込み中失礼します!」
また配下のハチの声。痛みで朦朧とした意識が少し戻ってきた。なんだ? 今度は何が起こった?
「報告せよ!」
「ヤツらの仲間の一人を捉えました!」
「ほほ、ようやったの。こちらの被害は? さすがに無傷では捕らえられんじゃろう」
「いえ、それが……一切の損害がなく、あまりに弱すぎるというか……」
抵抗せず捕まったってことか。どういう状況なんだろう。わざと捕まった、とか? そもそも誰が捕まったんだ?
「おい! ちゃんと歩かないか!」
「ひぃん……」
この情けない声は……エーゲルか。故意ではなく普通に捕まった可能性があるな。一瞬でも助け舟を期待してしまった自分が恨めしい。
「うぅ……助けてアンゴくん……」
「いやいや見てわかるよな? 俺の方が重症なんだが? お前たぶんほぼケガしてないよな」
「これからケガすると思うと心が痛いんだよう! うぅ……ティンテちゃんにもシャルフちゃんにも見捨てられて、私はもう終わりだよう」
「……なんじゃこの者は」
さすがのハチの女王も困惑しているようだ。ティンテや俺の仲間にしてはエーゲルが貧弱すぎると思ったのだろう。気持ちはわかる。
「……とりあえず拷問しておきますか。意志薄弱に見えますし、重要な情報を吐くかもしれません」
「やだやだ私なんにも知らないよう! ね? 痛いのやめよ? 私はただのザコ吸血鬼なので……」
「ふうむ……確かにこんな情けない生き物に肝要な情報かを託すかのう……吸血鬼の女王と聞いていたが、これでは童も同然ではないか」
エーゲルのあまりの不甲斐なさにハチたちも彼女の処遇を決めかねているようだ。このまま見逃してくれればいいのだが……俺もダメ押ししとくか。彼女が傷つけられるのは忍びない。
「そ、そうだぞ! 俺ならまだしも、エーゲルを痛めつけても何も出てこねえぞ!」
「ふむ……そうか。ならば」
一拍置いた後、女王が右手を突き出して高らかに宣言した。
「これより吸血鬼の拷問を執り行う!」
は? なんで? いやどう考えてもエーゲルの拷問はやらない流れだったよな?
生意気な言動を取り続けた俺が痛めつけられるのはまだしも、無抵抗だったエーゲルだぞ?
「や、やだ……やめて……」
「恐れよ。媚びよ。その悲鳴にこそ価値がある」
「やめろォ! まさか、お前ら……」
「今ごろ気づくとは鈍い男よの」
非力なエーゲルを拷問して俺を脅すつもりなのか、コイツら……まさかそこまで非道だとは思わなかった。
怯えてるだけの相手を痛めつけるだなんて、もう人でも人魔でもない、悪魔の所業だ。
許せねえ……怒りが込み上げてくる。身体まで震えてきたが、しかし俺の能力は発動しない。ここまで来ると、ハチどもだけじゃなく自分まで憎らしくなってくる。
「やだやだ離して! 痛い痛い!」
姿は見えないが、その痛ましい叫びからエーゲルの押さえつけられてる様子が目に浮かぶ。
一刻も早く助けに行きたいが、手足を縛られた状態では芋虫のように這いずることしかできない。
硬い床に身体がこすれて痛い。だがそんな些事に囚われている場合ではないのだ。せめてこの目隠しが外せれば……
「かしましいのう……これ、静かにさせんか」
「御意に!」
「御意に!」
「えっ……何それ……刺すの!? 死んじゃ……むぐっ!」
どうやらエーゲルの口が塞がれたらしい。んー、んー、とくぐもった叫び声がかえって不憫に聞こえる。でもこの状況で、どうやって助ければ……!
「んー! んぅー!」
「まだ騒ぐか。さっさと処置せんか」
「んぐっ……!」
……静かになった。たぶん、エーゲルが刺されたんだよな。ただの毒じゃなくて麻酔とか?
それにしても静かすぎるような……まさか、一度刺されただけで……?
「転生者よ、吸血鬼の少女の容態が気になるかの?」
「ああそうだよ! テメェら、エーゲルに何しやがった!」
「躾のために一刺ししてやっただけじゃ。しかしたった一撃で痙攣するとは、情けない限りじゃのう。ほほ」
女王のヘラヘラと笑う声に合わせて、配下のハチ女どもも哄笑を重ねた。広間一帯が醜悪な笑いに包まれる。
ただ一人、俺だけが歯を食いしばって顔を歪めていた。
「殺してやる……! お前ら全員殺してやる……!」
「その姿勢で何ができる。能力が無ければ威勢だけの男じゃの」
ははははは、と再び笑いの渦が起きた。もう俺の怒りはとっくにピークを突き破っていた。血管がはち切れそうだ。怒りのあまり吐き気を覚える……これも初めての経験だった。
「痛い、痛いようアンゴくん……」
「エーゲル!? 目が覚めたのか!」
「助けてアンゴくん……」
グスグスとすすり泣くエーゲルの声。あまりにも悲痛な様子にこちらまで泣けてきそうだ。
ずっと打開策は考えているが、未だに何も思い浮かばない。エーゲルを助けるために縛めを解こうともがくが、縄よりも俺の腕がちぎれそうだ。
「せめて近くで死なせてやろうぞ」
女王の声とともにエーゲルがこちらに転がされてきた気配を感じた。苦しげな息遣いが近くで聞こえてくる。
すぐ傍でエーゲルを殺すことによって、俺に無力さを噛み締めさせるつもりか。非道なやり方だ。
「エーゲル! 無事か!?」
「大丈夫じゃないよう……痛い……」
「待ってろ……! 俺が、俺が何とかしてやるから……!」
「健気なことじゃな。しかし痛々しくて見てられんわ。そろそろ引導を渡してやれ」
「かしこまりました!」
姿は見えないが、今ごろハチ女の一人がエーゲルに迫っているのだろう。「やだ、やだ……」とエーゲルの怯える声が聞こえてくる。
鼻先にいるであろう彼女すら救えないとは、あまりに情けない話だ。クソスキル以外にも何か能力を鍛えておくべきだったか、と今さら悔やまれる。
ふいに、エーゲルの声が止んだ。衣擦れの音も聞こえず、不気味なほど静かだ。まさか、もう……
「エーゲル……!?」
「まだ何もしとらんが、恐怖で気絶しおったようじゃ。情けないのう。同じ女王格とは思えんが」
ハチの女王がため息をつき、俺の血管が怒りでちぎれそうになった瞬間、突然視界が明るくなった。




