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⑦ー5 怪物の安寧 その5

 ハチの女王からの誘いに心がぐらつかないわけではなかった。平穏な生活にはまだ憧れがある。

 しかし、だ。


「悪いがアンタの勧誘は断るよ。俺はまだティンテたちに恩返しできてねえんだ」


「そうか……残念じゃ」


 女王は頬杖をついて視線を側近のハチ女に移した。憂鬱そうな表情も美しいが、それゆえこちらにも罪悪感が湧く。


「残念至極じゃ」


 芝居がかった口調とともに、女王が立ち上がった。


「止むを得まい。お主の仲間を拷問せねばならなくなった」


「なっ!?」


 待て待て、聞いてないぞ。確かにハチ族の誘いを受けた時の話はしていたが、断った時の話は聞いていなかった。

 だからといってそれは過激すぎるだろう。なんでそこまで俺が必要なんだ。


「お主は己の価値に気づいておらぬ。恐怖とは生物の根源的感情。いつの世も支配者は褒賞と恐怖を操り人民を制してきたものじゃ。その片翼が手に入るならどんな手段でも使おう」


「わ、わかった。それならお前に従うよ。仲間を犠牲にはしたくないし……」


「もう遅い。一度わらわの温情を蹴ったのじゃ。二度と逆らえんよう相応の報いは受けてもらう」


 立ち上がった女王は高い位置から俺を見下し冷厳と告げる。扇で顔が半分隠れているためその真意はわからない。

 俺にわかることといえば、選択肢を誤ったことくらいだ。


「わ、悪かった! もう逆らわねえよ、だから……」


「その場しのぎの誓いではなかろうな。しかしの、わらわとて鬼ではない。お主の仲間3名のうち、一人だけを拷問するとしよう。選べ」


「そんな……」


 選べるわけがない。俺は誰にも傷つかないでほしいのだ。仲間を見捨てるような真似、できるわけがない。


「そ、それなら拷問は俺が……」


「阿呆め。お主は貴重な種馬ぞ? 傷物にしては本末転倒じゃろうて」


 裏技的な提案も一蹴された。もう俺に打つ手は無い。もういっそ能力を全開にしてコイツら全員ショック死させるしかないか。ちょうど腹も立ってきたしな。


「ならば尋ね方を変えようかの。お主が最も拷問させたくない仲間は誰じゃ? その者の拷問は少し配慮してやろう」


「えっと……」


 誰も拷問させたくないのは当然として、最も痛みに弱いのは誰だろう。ティンテは結構頑丈だし、シャルフも諜報の仕事で色々と慣れているっぽかった。

 だとしたら一番ヤバいのはエーゲルか。幼く見える彼女の泣き叫ぶ姿は想像するだけで痛ましい。

 しかしだからといって、彼女だけをことさら贔屓にするのは……


「はよう答えんか!」


「エーゲル……吸血鬼のエーゲルには特に手心を加えてくれないか。アイツは身も心も弱いんだ」


「あいわかった。吸血鬼は念入りに痛めつけてやれ」


「仰せの通りに!」


「仰せの通りに!」


 ハチ女たちの威勢のいい返事がかえってきた。

 いや、そんなことより……聞き間違えじゃないよな? エーゲルを、念入りに、痛めつける? 俺はそれをやめてくれと頼んだのに?


「待て、話が違うぞ!」


「そうじゃったかの。まあ、お主を従わせるためならやむを得ない犠牲じゃ。甘受せよ」


「いい加減にしろよ……!」


 怒りが頂点に達し、腹の底から身震いしてきた瞬間、ふいに視界が暗くなった。

 まずい。こちらの能力もバレているのか。目が合わなければ俺の能力の影響は受けない。


 即座に手足まで縛られ、俺の身体の自由はほぼなくなった。コイツら、思ったより周到に準備してやがったな。


「お主の仲間が苦しむ姿を見せてやれぬのが残念じゃ。せめて耳から楽しんでもらおうかの」


「ふざけるなよお前ら、アイツらに手ぇ出してみろ。その百倍苦しませてやるからな」


「結構結構。威勢のよい男は歓迎じゃ。質の良い子種を献上してもらおうぞ」


 ティンテのはにかんだ笑顔が脳裏に浮かぶ、エーゲルの眠たげな表情やシャルフの軽口も懐かしい。

 少し離れただけなのに、こんなにもアイツらに会いたいなんて。


「あのスキュラどもを連れてまいれ」


「御意!」


 行かせてたまるか。目隠しされ、手足も縛られたままで、闇雲に転げ回る。弾みで目隠しさえ取れてしまえばこっちのものだ。


 顔を地面に擦りつけようとしたタイミングで、全身を強い力で押さえつけられる。

 かなり大柄な相手だ。おそらく女王の側近が俺を抑えているのだろう。


「無駄な抵抗はやめろ。見苦しいぞ」


「格好なんか気にしてられるかよ……!」


「女王様に見初められた光栄をなぜ甘受しない。理解に苦しむな」


「理解してほしくもねえよ!」


 口では勇ましく吠えてみたが、身体はピクリとも動かせない。

 目を塞がれただけで使えなくなるなんて、改めてクソみてえなスキルだな。我ながら悲しくなってくる。


「あまり手荒に扱うものでないぞ。折るにしても脚の一本くらいにしておくがよい」


「心得ております。もうこの者は女王様の所有物ですから」


 女王と側近が声を合わせてクスクス笑う。嫌になるほど偉そうな奴らだ。変に遠慮せずさっさとスキルを使って、地獄を味わわせてやればよかった。


「間もなく貴様の大事な仲間が来るじゃろうて。ゆるりと待て」


「ふざけやがって……!」








 ハチ女たちが王の間を去って10分は経つだろうか。

 未だに奴らは姿を現さない。ティンテたちの必死の抵抗に苦戦しているのだろうか。

 それにしてはやけに静かなような……


「遅い……何をしておるのじゃ」


 さすがに焦れてきたのか、女王を爪を噛みながらコツコツと玉座のへりを叩く。

 側近が俺を抑える手も力が緩みつつあり、疲労や焦りが肌から伝わってくる。


「危機があれば警報フェロモンが出るはずなのですが……妙ですね」


「地下牢はいくらか遠いが……それにしても遅すぎるの。おい、誰かおらんか!」


「ハッ!」


 また新たなハチ女が部屋に入ってくる。さっきまで部屋にいたハチ女と見分けはつかないが、たぶん別人だろう。

 しかし何人ぐらいいるんだろうな、コイツら……さずかのティンテたちでも何十人ものハチ女全員を倒せるとは思えないし……


「地下牢の様子を見に行ってこい。妙に静かだから警戒していくことだ」


「仰せの通りに!」


 威勢よく出ていったハチ女。その後はまた気まずい沈黙が場に満ちていく。

 ティンテたちが無事な可能性は出てきたが、状況がわからなすぎて俺も安易に喜ぶわけにもいかない。


「恐怖を司る転生者よ、お主の仲間は忍者か何かかえ?」


「答える義理はないな」


「ふむ。お主も状況は読め取らんようじゃな」


 くっ……俺のブラフもあっさり見抜かれてるな。俺の演技力が低いせいもあろうが、この女王自身なかなかの曲者のようだ。


 またしても気まずい沈黙に耐えていると、王の間の扉が勢いよく開かれた音が聞こえた。


「報告! 報告でございます!」


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