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⑦ー3 怪物の安寧 その3

 布越しに聞こえてきた声は、尊大ではあるがどこか穏やかなものだった。少なくとも敵対者に対する声ではない。


 しかし顔を上げたところで布越しじゃ相手の姿は見えないんだけどな……いや、むしろそれが狙いか。

 俺の能力で女王蜂を危険に晒すわけにはいかんだろうしな。


「お主は転生者であると聞いたが、それは真か?」


「そうだよ。それで、アンタは何者なんだ? やけに偉そうだが」


「貴様! 女王様に大して無礼ではないか!」


 首元にハチ女の槍が突きつけられる。背中に汗がつたうが、あまり下手に出るわけにもいかないのだ。対等な態度で交渉に臨まないと、不利な条件を呑ませられかねない。


「よいよい。わらわはハチの女王ではあるが、こやつにとっては上も下もあるまい」


「しかし女王様……!」


「わらわの計らいに異を唱えるか?」


 軽く怒気を含んだ声を受け、ハチ女は顔を真っ青にして俯いた。なんとなく、ブラック企業で働いていた時のことを思い出して同情してしまう。良かれと思ってやったことほど怒られるんだよなあ……わかるよ。


「わらわはハチの女王。お主の仲間たちも女王格であろ? 仔細の説明はいらぬか」


「いや……俺の知ってる女王とアンタはずいぶん違いそうだ。エーゲル……吸血鬼の女王なんかは配下に叱られてたぐらいで、アンタらほど上意下達ってわけじゃないし」


「そうじゃな。わらわたちハチ族やアリ族が人魔の中で例外であるは事実。人魔は我の強い者が多く、群れを作るのが苦手なのじゃ」


「ふーん……なら統率が取れてるアンタらは強そうだな。大陸支配でも目論んでるのか?」


「それも良かろうな。わらわも含め単体の強さはそれほどでもないゆえ、夢物語ではあるが」


 軽口を叩いても許してくれるあたり、俺をそこまで警戒しているわけではなさそうだ。

 しかしそうなると、俺だけが牢屋から連れてこられた理由がわからない。一人一人質問して嘘が無いか調べていくってことか? 最終的に解放してもらえるなら何でもいいが……


「で、なんで俺たちは捕まえられたんだ? さっき大陸に着いたばっかりで、罪を犯す暇もなかったんだが」


「ナイキー大陸では未知の病が流行っておるそうではないか。意図せずともお主らが病を持ち込む危険性はある。素通しできぬのは道理であろ」


「『狂躁』は別に病気じゃないんだが……」


「ほう。異なことを申す。病気でなければ何が原因なのじゃ?」


「手段はわからんが、人戻会の連中が人為的に起こしてるのは確かだよ。俺も一杯食わされたし、薬とかじゃねえかな」


「なるほどのう……」


 それだけ言うと、ハチの女王は黙り込んでましまった。まさかこんな簡単な説明で信じてくれたのか?

 もっと疑われるか、あるいは質問攻めに遭うかと思っていたが。


「わらわもな、何者かの作為ではないかと疑っていたのじゃ。病なら人魔の多いこの大陸で特に流行していようが、なぜかナイキー大陸でばかり被害を聞く。人戻会か。ならば合点がいくのう」


「じゃあ『狂躁が病気』だって誤解はどうして生まれたんだろうな」


「それも人戻会の仕業じゃろうて。まったく、厄介な連中じゃ……」


 ハチの女王は眉間に皺を寄せて俯いた。険しい顔をしてもなお美しいその顔は、元の世界ならモデルか何か向いていただろう。

 それにしても妙に物分りがいいな。いきなり捕まえてきた連中の親玉とは思えない。


「病気じゃないかもと思ってたなら、なんで検疫なんかしてたんだ?」


「見慣れぬ渡航者を取り締まるには都合がよいからのう。それよりお主の能力は目が合った相手を恐怖させるものと聞いた。一つ、わらわにも味わわせてもらえぬか」


「物好きだな……別にいいけど、卒倒しても責任は取らねえぞ」


「ほほ、豪胆よのう。どれ、近う寄れ」


 ハチ女に立たされた俺は10歩ほど前に歩かされた。まだ女王との距離はあるが、息遣いまで聞こえそうな近さだ。


 続いて女王の近くに立っていた影が揺れる。柱か何かかと思っていたそれは、どうなら側近のハチ女のようだった。

 そしてゆっくりと、布仕切りが外されていく。

 




 ついに姿を見せたハチの女王は、声のイメージ通り高貴な佇まいをしていた。

 遠くを見据えながらも焦点のあった目。フカフカの椅子に座りながらもシャンと伸びた背筋。富める者に特有の、穏やかながらも抜け目ないオーラ。

 身体のつくりは他のハチ女とほとんど変わらないはずなのに、なぜか「この人だけは別物だ」と思わせるものがある。

 あと身体がいい意味で豊満なのも目を引く。まあ女王蜂って子どもを産むのが仕事だもんな……相応に魅力的じゃないと務まらないか。


 ただ、彼女が余裕の微笑を浮かべていられたのも一瞬で、すぐにその表情は引きつった笑みに変わった。


「女王様!」


「よいよい。だが想定していた以上に強烈じゃな……かつてモズ女と会敵したことを思い出すわ」


「だから言ったろ、危ねえって」


「不敬!」


「不敬!」


 俺を王の間に連れてきたハチ女たちが飛びかかってくる。人間の力では到底敵わないため、なすがままに捕まることしかできない。

 彼女らの指が俺の腕にめり込んで少し痛い。俺よりずっと細い腕なのに、この力はどこから出てくるのだろうか。


「不躾ですまんのう。わらわは構わんと言うたのに、この子らが聞かんのじゃ」


 この子ら、とは配下のハチ女たちを指すのだろう。俺みたいな不審者を野放しにする方がアホなので仕方ないことではある。

 対象が怪しい動きを見せたら拿捕。そのくらいは警備の基本だろう。


「別にいいよ。それより俺たちの処遇はどうなるんだ? 仲間のことだって気になるんだが」


「おお、そうじゃそうじゃ。お主の仲間たちにも無礼を働いたな。あの者らを釈放してやるのがお主の望みか?」


「そりゃあな……アイツら腹も減ってるだろうし」


「あの者らの釈放を認めよう。詫びも兼ねて蜂蜜料理でも振舞ってやろうかの」


 鷹揚に笑うハチの女王を見て、ほんの少しだけ気が緩んだ。自分たちを捕まえた相手をあっさり信じるなんて我ながら浅慮だが、女王はなんとなく嘘をつくタイプには見えないのだ。嘘をつくなんてプライドが許さない性格、とでも言うべきか。

 いずれにしてもティンテたちが釈放されるなら有り難い。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 しかし何か見落としているような……


「さて、お主もご苦労じゃったな。まずは風呂に入り疲れを流すがよい」


「気持ちは嬉しいんだけど、先を急ぐんでな……ティンテたちと合流しないと」


「む? 何を言っておる。お主はここから出られんよ」


「は?」


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