⑦ー2 怪物の安寧 その2
ティンテに目配せをするが、彼女も迂闊には動けない状態のようだ。こう至近距離で囲まれていては連携を取るのも難しい。
「大人しく……捕まり、ましょう……」
ティンテに抱えられた、いまだ船酔いの覚めないシャルフがボソボソと呟いた。
ハチ女たちはよく聞こえなかったのか、シャルフに向かって針を向ける。
「私語は慎め!」
「慎め!」
「慎め!」
針がシャルフの眼前に迫る。待ったナシの状況だ。判断を迷っている時間は無い。
「わかった。大人しく捕まることにするよ」
「ならば良し!」
チラリとティンテの方を窺うと、彼女も小さく頷いていた。ここは争うべき場面じゃない。
目の前にいるのは3人だけだが、彼女らが働きバチの人魔だとすると大量に仲間がいると想定される。俺とティンテだけでどうにかできるとは思えないし、とりあえず捕まっておいた方が身の安全は確保できそうだ。
「しかし条件があるぞ! その男の頭巾を取ってもらおうか!」
「えっ……」
まずい。俺の能力が発動してしまったら、そのまま戦いに発展しかねない。上陸したばっかりでいきなり戦闘なんて……こっちは戦力も十分じゃないのに。
「こんな怪しい男を我々の大陸に上げるわけにはいかんのだ! 脱げ!」
「脱げ!」
「脱げ!」
ハチ女たちの言うことも道理に適っている。わざわざ顔を隠している俺を素通しするなんて、衛兵としては有り得ないだろう。ここは下手なごまかしで乗り切れる場面じゃないな……
「わかった……だが俺の目を見るのは一人だけにしてくれないか」
「何故だ!?」
「目を見ること自体がダメージになるんだよ。俺だって無闇にアンタらを傷つけたくはない」
「なるほど、そういう事情ならば!」
ハチ女のうち、真ん中に立っている者だけが前に歩み出してくる。
やけに呑み込みが早いな……色んな種類の人魔が暮らしている大陸だから特殊能力に対する理解が深いのだろうか。
一応こちらの要求は聞いてもらえたが、気は抜けない。相手の出方次第では戦闘になりかねないのだ。
俺の能力の出力を絞ることができれば一番だが、うまくできるだろうか。これまで色々試してみたが、正確にコントロールできた試しはないんだよな……
「アンゴ……」
「ヤバかったら後は頼むぞ、ティンテ」
ハチ女の代表とだけ目が合うように、慎重に頭巾の前垂れを上げる。その瞬間、ハチ女の代表はガタガタと震えだし、4本生えている腕で自らの身体を抱きしめた。
「あっ……な……こ……」
ハチ女は脚までガクガクと震えだし、しまいには立っていられず倒れ込んでしまう。俺も緊張していたのだろう、思ったより「恐怖の大王」が利きすぎたようだ。
しかしこうなるとまずいな……敵対行為とみなされて、牢獄にぶち込まれるんじゃ……
不安になって顔を上げた時にはもう遅かった。数十人はいるであろうハチ娘の飛んでくる姿が遠目に見える。
いわゆる虫の「警戒フェロモン」というやつだろうか。敵を見つけ次第集団で襲いかかってくる、ハチらしい習性だ。
「悪い、ティンテ……」
「こればっかりは仕方ないよ。アンゴがいなくても捕まってた可能性はあるしね」
「牢屋ではお水はもらえるでしょうか……」
息も絶えだえなシャルフが心配ではあったが、ここは大人しく捕まるしかないのだろうな……
近づいてくるハチ女の群れを見上げながら、俺はため息をつくことしかできなかった。
ぶち込まれた牢屋は、コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋だった。何も悪いことをしていないのに収容されるなんて、何とも釈然としない。
この程度の鉄檻ならティンテはたやすく破れるだろうが、そんなことをしてもすぐハチ女に取り囲まれて終わりだろう。冷たい檻は「逃げ場が無い」という事実を視覚的に表していた。
「なかなか悪くないところだねえ。あとはお布団さえあれば……」
牢屋に着いてから目を覚ましたエーゲルは、のんきな感想を述べる。どうも危機感が無いんだよなこの子……
まあ、この絶望的な状況では彼女ののんきさが有り難くも感じるのだが。
「見張りは2人ですか……でもきっと、外にも警備がいるのでしょうね。数と統率がハチ女の強さの源ですから」
温情で水だけ差し入れてもらえたため、シャルフは少し回復している。船酔いもずいぶん収まってきたらしい。
冷静な分析をしてもらえるのは助かるが、結局は「どうにもならない」ということがわかっただけでしかない。
「強行突破は無理か……どうすっかね」
「我々に敵意が無いことをわかってもらうしかないだろうね。アンゴの背景から含めて、正直に話していくしか……」
ティンテがそこまで述べた瞬間、少し離れた場所からガシャン、と音が聞こえた。
どうもこの地下牢に続く扉が開かれたらしい。食事の差し入れだろうか? 質に期待はできないが、だいぶ腹も減ってきたし何か食べたいな……
牢の外をじっと睨んでいると、俺たちを捕まえたハチ女3人の姿が現れた。彼女らの手には鋭利な槍。どう見ても食事の時間では無さそうだ。
「不気味な男のみ出ろ! 他の者は壁際へ!」
「出ろ!」
「出ろ!」
ハチ女たちは慎重に鍵を開けると、ティンテたちに怪しい動きが無いか見張りながら俺を牢屋から引きずり出した。
そして素早く牢の鍵を閉め直すと、俺の両脇を抱えて運んでいく。彼女らの身体から震えを感じたが、あえて気づかないフリをして身を任せる。
「待て! アンゴをどこに連れていくつもりだい?」
「答える義理は無い!」
「女王のところ、ですか?」
「……答える義理は無い!」
一瞬の沈黙がほとんど答えになっていたが、それも指摘しない方が良さそうだ。
女王蜂、か……俺にいったい何の用があるのだろう。わざわざ女王の前で拷問はしないだろうし、されるなら尋問かな。
まあ俺が一番怪しいし、ティンテたちを誑かしたと思われてるのかもな……
牢屋のあった地下を出ると、真っ黄色な布で目隠しをされた。
抱えられたまま階段を昇り降りし、右へ左へ歩かされる。
しばらく歩いた後、ハチ女たちが立ち止まり俺の両腕を縛った。それとほとんど同時に、目隠しが外される。
やけに広い部屋だ。その様子を一望するだけでこの先に待つ者が高貴な立場であることはすぐにわかった。
遠目に見えるのは金ピカの玉座に、異様にフカフカそうな椅子。奥まで続く赤いカーペットもわざとらしいほどに高級そうだ。
玉座の前には布仕切りがあり、女王のシルエットだけがぼんやり浮かび上がっていた。
両腕を縛られたまま、俺は後ろのハチ女から軽く押された。うまくバランスを取れず、倒れるように膝をつく。
その姿勢のまま、俺は額に嫌な汗がにじんているのを感じた。これから始まるのは尋問か拷問か……
「面を上げい」
浅い呼吸を鎮めようとしていると、珠のように透き通る声が頭上から聞こえてきた。




