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⑥ー7 惨毒の魔女 その7

「そうかい。嬉しかないね」


 船乗りのオッサンは落ち着いた様子でタバコをふかした。シャルフの指摘に何か思うことがあったのだろうか。彼はゆっくり目を閉じ上を向いた。


「俺がこんなになっちまったのはあのババアのせいだ。ガキの頃はあっちに住んでたが、毎日戦場に立たされてる気分だったナア」


 「あっち」というのはブゼン大陸のことだろう。何の特殊技能もない子どもが、人魔の支配する大陸で生活するのは苦労の日々だったろう。少しオッサンが気の毒になってきた。


「ガキの人魔ってのは手加減を知らねえからたまらん。ヒグマの人魔に5メートルくらい吹っ飛ばされた時は天国が見えたね」


「あらあら、素敵な幼少期でしたのね」


「素敵なことあるかよ! あのババアもガキ同士の戯れだと思って放置してやがったし、一歩間違えりゃ死にかけたことも何度あったか……」


 オッサンは口角泡を飛ばしながら語るが、その表情は最初会った時よりもずいぶん明るく見えていた。もしかすると、ブゼン大陸に住んでいたことはオッサンにとってちょっとした武勇伝なのかも。

 想像していたよりは悲惨な過去でもないし、婆さんに対する悪態も身内ならでは態度なのかもしれない。


「だから俺ぁよう、人魔ってやつが正直言って怖えの。やっぱ別の生き物っていうかよ……」


「でも貴方は、人魔はお嫌いでもないんでしょう?」


「そうかな……そうかも」


「ですわ。本当に人魔がお嫌いなら、人魔と共存するナイキー大陸の、それも向こうと行き来が多いヒューゴに暮らす必要はないですもの」


「嬢ちゃんの言うこともわからんではない。やっぱな、あそこで育つと人魔のダチだってできるし、それに初恋だって……」


 オッサンは照れくさそうに鼻の下をこすりながらシャルフに語り続ける。いつの間にか彼の膝元にしゃがみこんだシャルフは、うんうんと頷きながら真面目くさって話を聞いている。

 しかしうまく取り入ったものだ。シャルフって実はスパイらしい仕事もできたんだな。ただのサイコパスかと思っててごめん。


 俺は能力があるため無闇に近づけないが、オッサンの過去話に興味も無かったのでかえって都合が良かった。

 ついに横になって眠り始めたエーゲルの隣に座り、ティンテたちの方へ視線を向ける。


 孫娘はティンテの触手を滑り台にして遊んでいるようだ。こっちは取り入るとかじゃなく純粋に子どもと遊んでやってるんだろうな……

 あれはあれで、オッサンを口説き落とすには大事な作業ではある。


 この場で役に立ってないのはエーゲルと俺だけか……やべえな俺。このクソニートと同レベルじゃねえか。

 自分がこの世界に受け入れられないことについて「恐怖の大王」を言い訳にしてきたが、仮にスキルが無くても俺ってただの穀潰しじゃないのか? どうせ元の世界には戻れないだろうし、何か技能を身につけないとな……






 エーゲルの寝顔を眺めつつ自分にできそうなことをしばらく考えていると、ようやくシャルフが戻ってきた。

 ニヤついた表情を見るに、どうやらうまくいったらしい。


「明日の朝の便に乗せてくださるとのことですわ。話の通じる方で良かったです」


「通じてなかったらどうするつもりだったんだ?」


「それはもう……グサッと」


「うん。通じて良かった。本当に」


 ティンテの方も流石に子どもが疲れてきたのか、触手を枕に休んでいた。最初はどうなることかと思ったが、とりあえず良い方向に進んでいるようで良かった。


「お話は終わった?」


「今ごろ起きてんじゃねえよ」


「だって、なんかややこしそうだったから」


「そういう時こそ起きとけよ! まあ、無事ブゼン大陸には渡れそうだから結果オーライなんだけどさ」


「いえ、話はそう単純でもありませんわ」


 にわかにシャルフの表情に翳りが射す。船に乗せてもらう代わりに無茶な条件を課されたのだろうか。


「どういうことだ? やっぱり島を渡ることはできないのか?」


「いえ、渡航自体はできます。ただ、着いてからが大変なのです」


「大変、って……」


「実はブゼン大陸にも『狂躁』の噂が流れているのですが、狂躁は病原菌によって引き起こされるという誤解が生まれているようです」


 なるほど……大陸に着いたはいいが、検疫で引っかかる可能性があって追い返されるのかもしれないのか。

 しかしこの世界の文明レベルを考えると流石にウィルス検査キットとかは無さそうだし、どうやって調べるんだろう。

 明治時代のコレラ対策みたいに消毒所が設置されてる、とか? 菌が原因ではないだろうし何をどう消毒するのだかわからないが……


「向こうもピリピリしてんだな。だからあのオッサンも俺たちを運ぶのためらってたのか」


「でしょうね。おばあ様のことは口実で、本当は妙なリスクを抱え込みたくなかったのでしょう」


「しかしよく説き伏せたな……」


「説き伏せてなどいませんわ。ただ、仲良くなれた時点でおじ様にもメリットがあることを提示しただけです。私たちには狂躁を止めるという大義名分がありますから」


「そうだな……社会的に意義のあることやってるわけだし」


「それから、おじ様は人戻会がお嫌いなようで。人間の皆様も色々な立場がありますものね」


 考えてみれば当たり前だが、人間だってみんな人戻会に賛同しているわけではないのだ。案外味方は少なくないのかも。

 しかし見た目だけだとわからないのが難しいところだ。会っていきなり思想を聞いて回るわけにもいかないし……


「ブゼン大陸に移ってからのことも考えないとですが、ひとまず今日は休みましょう。日も落ちてきましたし」


「そうだな……おーい、ティンテ」


「そろそろかな。じゃあね、可愛いらしいお嬢さん。また遊ぼう」


「えー、スキュラのお姉ちゃんもう行っちゃうの?」


 少し名残惜しそうな女の子。ただ、表情を見るにティンテの方が寂しそうに見える。最近は殺伐とした日々を送っていたので、良い癒しになったのかもしれない。

 彼女はゆったりと触手をうねらせこちらに戻ってくる。


「いやあ、子どもはいいね。活発な子と遊んでいると、こちらまで元気になってくるよ」


「だそうですよ、アンゴ様。ティンテ様はお子様をご所望のようです」


「絶対そういう意味じゃないだろ……」


「自分の子ども、というのも悪くはないかもね」


 意味深に顔を赤らめるティンテ。まさかシャルフの解釈が合ってたというのか……!? 人魔の価値観が時々わからなくなるな……


「うんうん、アンゴくんはティンテちゃんに養ってもらえばいいよ。そしたらわたしも吸わせてもらえそうだし」


「親友の夫に寄生するつもりなのかお前は……」


「そうだけど……?」


 何が悪いのか、と言わんばかりのエーゲル。人魔とは仲良くやっていきたいが、価値観のギャップはなかなか先行き不安である……


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