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⑥ー6 惨毒の魔女 その6

 「帰れ」と言われて素直に帰るわけにもいかない。他の船が用意できるならいいが、港に着くまでの間も俺たちは住民から避けられ気味だったのだ。

 せめてツテのある目の前のオッサンを頼るしか、俺たちに選択の余地は無い。


「我々が人魔だから断られるのだろうか。その理由だと困るのだけれど……」


「そういう話じゃねえって! あのババアの紹介だから気に食わねえの!」


「お金、でしょうか。女王様方もおられますし、それなりの報酬で報いることはできますが……」


「金の問題でもねえんだって!」


 船乗りのオッサンは興奮してぶんぶんとロープを振り回している。その赤ら顔を見る限り、威嚇しているわけでもなくただイライラしているだけのように見える。

 海は穏やかな凪をたたえているが、それゆえに一層オッサンの叫び声がよく通り、耳に響く。


「アンタは婆さんとどんな関係なんだ? 仲が良くないことはわかったけどさ」


「息子だよ! 認めたくねえけどな!」


 息を荒らげ吠える船乗りのオッサン。息子ならなおさら便宜を図ってくれても良さそうなものだが……

 どうも婆さんとはかなりの確執があるらしい。


「あのババア、俺をまだガキだと思ってやがるからな……! 俺ぁ子供どころか孫までいるってのによ!」


「あの婆さん何歳なんだよ……」


「妖怪なんだよアレは! アンタらがあのババアを安楽死させてくれるなら協力してやってもいいけどな!」


「ああ、そんなことで良ければ」


 シャルフは胸元から針を取り出すと、元着た道を戻ろうとする。なんだか非常に不穏な気配だ。目が据わっててが冗談に見えない。


「オイオイ待て待て待て」


「えっ? ご家族の方が望んでおられる以上、引導を渡してあげるのが愛というものでは」


「お前の家族観歪んでるよ……」


「失礼、わたくし自身『みなしご』なもので……」


「くっ……不幸な境遇を盾にしてくるな……」


 俺とシャルフが言い合いしている間も、オッサンは手をシッシッと払って俺たちを追い返そうとする。

 婆さんめ。話が違うじゃないか。人を食ったような性格だったしな……ハメられたのかも。

 でも俺たちを騙すメリットなんてないような……


 このオッサンに話を聞いてもらう方法は何か無いものかとキョロキョロ周りを眺めていると、小屋の裏に子どもらしき人影を見つけた。

 どうやら物陰から俺たちの様子を伺っているらしい。人魔が怖いのか、はたまた珍しがっているのか。


 俺と目が合うと危険なので、その女の子?の足元を見ながらシャルフに耳打ちする。


「あそこにいる子、見えるか?」


「ええ。とても怪しいですわね。ふんじばって連れてきましょうか」


「なんでお前はそう……」


「でもアンゴ様、以前はエリス嬢に痛い目見せられたのでしょう。警戒は大事ですし、場合によっては先制攻撃も……」


「あーわかった。もういい」


 ダメだ。こんな危険人物を子どもに近づけるわけにはいかない。

 こうなったらエーゲルに頼むか。ちょっと頼りない気もするが、精神年齢的には子どもと変わらないだろうし……


「なあエーゲル」


「ふぇっ!? 寝てない寝てない。わたし寝てないよ」


「寝てる奴のセリフじゃねえか……」


 船乗りのオッサンとの大事な交渉の場面なのにうたた寝してたのかコイツ……妙に静かだとは思っていたが。

 エーゲルもダメだな。元々あんまり頼りにしてないが。


 残るは俺とティンテか。偉そうに人を品定めしていたが、俺が一番子どもの相手をするには不適なのだ。

 エリス以外の子どもは俺と目が合っただけでギャン泣きだし、一生モノのトラウマを与えかねない。

 あの女の子はたぶんオッサンの孫だし、そんな子を泣かせてはそれこそオッサンから殴られるだろう。


 でもティンテも正直怖いんだよな……人魔の中でもかなり異形というか、太いタコ脚のせいでサイズ感がデカいのも良くない。


 そうなると、ここは出直して……


「やあお嬢さん。人魔を見るのは初めてかな」


 いつの間にかティンテはオッサンを追い越して小屋の裏あたりに到達し、隠れている女の子に声をかけていた。

 まずい……! ただでさえビビってる子にいきなり話しかけるだなんて、自殺行為だ。早くティンテを止めないと……!


「おねえちゃんかわいー!」


「そうかな。少し照れるね」


「プニプニしてる!」


 女の子はティンテの触手をつついてはキャッキャとはしゃいでいる。度胸があるというか何というか……背丈からして、元の世界で言えば幼稚園児くらいの年齢だろうか。


 考えてみれば、あのくらいの年齢の子って大きい生き物好きだもんな。ゾウとかキリンとか。あのリアクションは意外でもないのか……?

 ティンテに対する「可愛い」も人間体の話じゃなく、巨大なタコの下半身をキャラクターとして見た時の可愛さなんだろう。


 何にせよ、これはチャンスだ。孫を懐柔できれば船乗りのオッサンだって心を許してくれるかも。


 期待を込めた目でオッサンを盗み見ると、彼は恨みがましそうな目でティンテの姿を見ていた。

 木箱をイス代わりにし、イライラした様子でタバコを吸っている。やっぱり人魔に恨みでもあるのだろうか。


「お孫さんが心配ですか?」


 ここぞとばかりにシャルフがオッサンの隣に腰かける。

 美人が横に来たというのに、オッサンは迷惑そうに顔をしかめただけだった。


「そりゃ心配だろうよ。お前ら、あの子を人質に取ろうって腹じゃねえよな」


「貴方がつれない返事をされ続けるなら、それも良いかもしれませんね。うふふ」


「ロクでもねえ連中だな。そっちの頭巾被ってる奴は顔も見せねえしよ」


「見ない方が良いかと思いますわ。それより貴方は理知的な方ですのね」


「あぁ? オレが!?」


 何を言い出すんだシャルフは。オッサンだけじゃなく俺まで声が出そうになった。

 今の流れで誉めるところなんてあったか? まったく思いつかないんだが……


 ティンテは少し離れたところで女の子を触手で持ち上げては遊んでいる。「すごーい! たかーい!」と楽しそうな声。ティンテ、実は子ども好きなんだな……


「オレに媚びようってのか? 孫まで手懐けようとしやがって」


「いいえ、事実を述べたまでです。さすがはブゼン大陸へ渡航慣れしている方だと思いまして」


「持って回ったような言い方しやがってよお。ハッキリ言ったらどうだ」


「そうだなシャルフ、俺にもわかるように説明してくれ」


 ちなみに俺たちが真面目に話している間もエーゲルは立ったままスヤスヤ眠っている。


「お父さんは、人魔との距離感をよくわかっておられる。そう感じた次第です」


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