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⑥ー3 惨毒の魔女 その3

「ヒヒヒ……よく来たねえ」


 開かれたドアから現れたのはいかにも怪しい老婆だった。童話の挿絵でよく見る魔女そのもの。

 変わり者が住んでいることを期待してきたが、期待以上の人物が出てきて逆に面食らってしまった。


「初めましておばあさん。私はティンテ。スキュラの女王で……」


「堅苦しい挨拶はいいよ。お入んなさい」


 老婆は手招きしつつ部屋の奥へと消えていく。もうちょっとこう、俺たちの素性とか目的とか確認しなくていいのか? 話がスムーズに進みすぎていてかえって怖いのだが。


 罠を警戒しつつ家に上がらせてもらうと、エーゲルは気兼ねも遠慮もなく居間のイスに座った。


「優しそうなおばあちゃんで良かったよう」


「どこが!?」


「こらアンゴ。失礼じゃないか」


 くっ……ティンテの方が正論ではあるのだが、なんとなく釈然としない。

 この部屋だってところどころ怪しい小瓶とかが置いてあって不気味なのだ。なんか紫の液体とか入ってて不穏極まりないんだが。


「シャルフはどう思う?」


「そうですねえ。窓の周りが雑然としておりますので、もう少し整理をつけた方がよろしいかと」


「部屋のコーディネートの話じゃなくて!」


 こっちの世界には「悪い魔女」という概念は無いのか? あまりに無警戒すぎる。俺がいなけりゃ全滅だってありえたぞ、これ……

 しかしどうやって危険性を周知すればいいんだろうか。あまり露骨なことをすると魔女に怪しまれそうだしな……


 そもそも俺が提案してこんな胡散臭いところまで来たのだ。「疑い」レベルで引き返すのはみんな納得してくれないだろう。


「ヒッヒッヒ……お茶はいかがかえ」


 老婆は4人分の湯のみを携えて部屋に戻ってきた。もう明らかに怪しい。老婆自身を含めた5人分を淹れてこなかった点も引っかかるし。


「あら美味しそうですわ。どんなお茶をいただけるのでしょう」


「それはもう、安らかな心地になるものじゃよ……」


「うふふ、楽しみですわね」


「ヒヒヒ……結構結構」


 互いにニヤニヤと顔を見合わせる老婆とシャルフ。胡散臭さならこちらも負けてはいないが、そんなところで張り合ってどうするというのだろう。


「いただきまーす」


「あっ、こらエーゲル!」


 止める間もなく、エーゲルは湯のみを口に運ぶ。この前それで酷い目に遭ったところなのに、学習能力がないのかこの吸血鬼は!


「こ、このお茶……」


 エーゲルは湯のみをゆっくり置くと、プルプル震え出した。


「見ろ言わんこっちゃない!」


 毒か? あるいはまた狂躁を促す薬か。いずれにせよ厄介極まりない。どうすれば吐き出させられる? 確か大量の水か牛乳を飲ませることで応急処置ができるって聞いたことが……


「このお茶、すっごく美味しいね! こんなの初めて!」


「ヒヒヒ……かりがね茶じゃよ。お気に召したかね」


「いちいち紛らわしいんだよ!」


 思わず叫んでしまったせいでみんなの視線が俺に集まる。心配そうな顔だ。やめろ、そんな目で見ないでくれ……

 なんとなく気まずくなって視線を泳がすと、老婆と目が合ってしまった。


 老婆は少し顔を歪めたが、また元のニタニタ笑いに戻って俺の方へ手を伸ばしてくる。


「ヒッヒ……この私を震え上がらせるとは何者だね」


「いやアンタこそ何者なんだよ……俺を見て腰を抜かさなかった老人は初めてなんだが」


「ダテに長生きはしとらんでな。魑魅魍魎の類いなら見飽きとるわい」


 震える老婆の手が俺の頭を撫でる。呆気に取られて動けなかったが、どうやら攻撃では無さそうだ。

 「恐怖の大王」であるところの俺をただのガキ扱いか……やはりこの老婆、只者ではない。


「さてお主ら、何用じゃ。ここらの者ではないようじゃが」


「何もわからんのに俺たちを家に上げたのか……」


「いんやわかっとるよ。少なくとも、お主らが困っとることぐらいはの」


 よいしょ、という掛け声とともに老婆は安楽椅子に座った。俺たちを前にしてこの落ち着きよう……怪しくはあるが、存外悪い人間ではないのかも。


「おばあさん、街の様子はご存じかな。ずいぶん人魔を避ける人間が多いようだけれど」


「嘆かわしいことじゃ。最近の若い者は人魔を侮っていかん」


「ばあさんの説教はいいから、質問に答えてくれよ」


 自分でも失礼だとは思ったが、のんびり構えてもいられない。早く問題点を把握して、解決への道筋だけでも見出しておきたいのだ。


「急いてはならん。特にお主のような者はの」


 老婆の目がギラリと光る。その目は明らかに俺がこの世界の事情に詳しくないことを見抜いている鋭さだ。

 まさかとは思うが、俺が異世界から転生してきたことまで見透かされているのだろうか。ますます只者じゃない。


「人魔差別というのは悲しいものですね。わたくしたちは、もっと人間と仲良くしたいだけなのですが……」


「そうもいかん。人も人魔も獣も、己より強い者を恐れるでな。お主らには相応の振る舞いが求められる」


「じゃあ人魔は、人戻会みたいな連中に不当に扱われても仕方ないってのか?」


「結論を焦るでない。ヒッヒッヒ……」


 安楽椅子をギシギシと揺らした老婆はさも愉快そうに笑っている。からかわれているだけなのだろうか。

 それにしては案外不快でもないのが自分でも不思議だった。


「とりあえず、ヒューゴの街は人戻会のせいで人魔排斥派が増えてるってことでいいんだよな?」


「そうとも言えるが、それだけとも言えぬ」


 やはり掴みどころのない返事。エーゲルなんかは欠伸し始めてるし、俺も婆さんのペースに合わせてるとくたびれてしまいそうだ。


「おばあさんは、人戻会をどう思う? 貴女の立場から中立的な意見を聞かせてほしいんだ」


「奴らは『澱』じゃ。ワシらが見ないようにしてきたものの塊。人と人魔が生んだ、行き場の無い『怒り』そのものじゃな」


「なるほど。人戻会という組織ではなく、人魔への不信感や嫌悪感こそが問題ということですわね」


「ヒッヒ、花のお嬢さんは察しが良いようじゃな」


 うーん……話がわかるような、わからないような。ただ一つわかるのは、ここヒューゴの街ではあまり表立って動けないということ。できれば大陸を渡る前に色々準備はしたおきたかったが。


 とはいえ、どうも知恵者らしい婆さんに会えたのはラッキーかもしれない。その豊富な経験と知識を活かして、何か助けてもらえないものだろうか。


 どうやらティンテも同じ考えらしく、触手をできるだけ低く小さく押さえて、老婆の前に跪いた。


「もう一つ質問してもいいかな、おばあさん。私たちはこれからどう動けばいいと思う? 人戻会とどう向き合うべきか、私たちにはまだわからないんだ」


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