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⑥ー1 惨毒の魔女 その1

「正直な、迷ってはいるんだ。一応人間である俺が人戻会と戦うのはどうかなって」


「だよね……ならアンゴとはしばらくお別れか……」


「いや、その必要はない」


 ティンテの触手でない方の手を掴み、彼女の目をじっと見る。困惑と期待が入り交じってるものの、それでも透き通った目が美しい。


「俺はお前らと一緒に行くよ。人魔の味方になる、とは言いきれなくても、少なくともお前らの味方ではいたいからな。俺の能力なら戦わずに無力化できるかもだし……」


「アンゴ……! でもいいのかい? 今回みたいに無傷で済む戦いばかりとは限らないよ」


「前にも似たようなこと言ったけど、お前らを放っておいて一人だけ安穏と暮らすのも嫌なんだよ。それに、このままじゃどうせ俺の住む場所は無いしな」


 最後のは照れ隠しだったが、たぶんそんな気持ちもティンテにはお見通しなんだろう。彼女は俺の手を握り返して、静かに目を瞑った。


「アンゴ様は親切な方ですね。流石わたくしが見込んだ殿方ですわ」


「実は人戻会のスパイかもしれないぞ」


「その時は永久にお眠りいただくだけなので問題ありませんわ」


 シャルフの薄緑色の手が俺たちの手と重なる。軽口を叩きながらも優しい所作をみせる手のひら。彼女の本音はその体温にこそあるのだろう。


「わたしはアンゴくんのこと信じてるよ。美味しいしね」


 エーゲルの小さな手が最後に重なる。俺も彼女も戦闘力は無いからこそ、一番協力してやってきた仲なのだ。

 たとえ彼女が俺を信じていなくても、俺は彼女を裏切ることはできないだろう。


「よっしゃ、やるぞ!」


「なにを?」


「いや……言ってみたかっただけなんでツッコまれると困るんだが……」


「ふふっ、アンゴらしいね」






 漫画やアニメならここで「俺たちの戦いはこれからだ!」って最終回でもいいんだろうけど、残念ながら俺のいる場所は現実の世界で。

 意気込みだけでは何も解決しないのが辛いところだ。考えて、実行して、失敗して、それでも足掻いて……そんな繰り返しでやっていくしかないのだろう。


「そういや西ニワナにいるティンテの友達には会わなくていいのか? 蟹の人魔だっけ」


「ああ。彼女の安否は気になるが、狙われている私たちが訪問することで彼女の迷惑にはなりたくないから。殻が重くて長距離移動は苦手だし、連れ回すのもちょっとね」


「クラッべちゃん、久しぶりに会いたかったなあ……面白い子なんだよう」


「へえ……どの辺りが?」


「のんびり屋さんでねえ。お風呂の温度間違えた茹でガニになりかけたりとか、よくドジしてるよ」


「死に直面してない? それ笑い話なのか?」


 人魔に変わり者が多いのか、ティンテの友達に変わり者が多いのか……俺も一度会ってはみたかったが、そうのんきなことも言ってられない状況ではある。


 仲間を増やすという目的は果たしたいところだが、ちゃんと戦力になる人魔じゃないと巻き込んでもお互い不幸になるだけだしな。


「しかしゼンゼマンは何がしたかったんだろうな。結局ティンテたちはケガもしてないんだろ?」


「おそらく……威嚇だろうね。『お前らごときでは人戻会は潰せないぞ』って脅しだよ。実際、あんな怪物がたくさんいたら勝てるどうか……」


「あの道化さんも全然本気では無かったですわ。その気になれば服だけじゃなく肉も骨も溶かせたでしょうし」


「でも人戻会って人魔の殲滅が目的なんだよね? それならあの場でわたしたちをやっちゃっても良かったんじゃ……」


「何か他にも意図がありそうだな……あの陰湿ジジイが何を企んでるかはわからねえけど」


 




 あれこれと議論しつつ、俺たちはヒューゴの街にたどり着いた。ここはシャルフのいた北ニワナ以上に洋風な門構えが多く、イタリアかどこかの港町にでも着いたような気分になった。

 この世界では人間が和風の暮らしをして、人魔は洋風の暮らしをしているっぽい印象を受ける。もちろん例外はあろうが……


「噂には聞いていたが……ヒューゴはずいぶん人魔に近い生活様式なんだね」


「ブゼン大陸との交易の最前線ですからね。人魔の文化に強い影響を受けているようすですわ」


「ベッド見に行ってもいいかなあ……お布団とはまた違った寝心地って聞いたことあって」


 またしてもエーゲルがフラフラと歩き始める。目を離すといなくなるあたり、マジで子どもっぽいな……


「待てエーゲル。遊んでいる暇は……」


「いえ、悪くない選択ですわ」


「なっ!? シャルフ、キミまで怠惰の魔物に取り憑かれたのか!?」


「いえ、そうではなく。ブゼン大陸と密に貿易している店主の方と話せば向こうの現状もわかろうかと」


 シャルフの意見も一理ある。何の情報もなく向こうの大陸へ渡るより、いくらか現状を聞いておいた方が良いだろう。


 しかし港町にしてはやけに人が少ないな。もっと賑わってるイメージがあったが、俺の勘違いか?

 店もあるにはあるが、開いてるんだか閉まってるんだかわからない状態のところが多い。

 一応看板は掲げられてるし、シャッター街ってわけでもなさそうだが……


 家具店の看板が掲げられた店のドアを開けると、店内は真っ暗であった。

 今日は店は休みなのだろうか。しかしドアは施錠されていなかったし、どこかに店主がいるのだろう。


「すいませーん」


 とりあえず声はかけてみたが、返事は無い。ディスプレイされたベッドや毛布が俺の声を吸収して静かに横たわっているだけ。


「やけに静かだね……出直した方がいいかな」


「でも人の気配は感じますわ。奥に誰かいるのかも」


「返事がないってことは、もしかして……」


「非常事態かもな。あんまり奥に入るのは気が進まないけど、確認に行った方が良さそうだ」


 店の奥に入っていくと、バックヤードへと続くドアを見つけた。店主の居住部分だろうか。ドアノブをガチャガチャと回してみると、こっちはちゃんと施錠されていた。


「ヒィッ……」


 俺がドアノブを試すと同時に、扉の奥から短い悲鳴のようなものが聞こえた。オジサンの声だろうか。怯えた声はティンテたちにも聞こえたようで、彼女らと目を見合わせる。


「すみませーん! 大丈夫ですかー!」


 ドアを強めに叩いてみるが、やはり返事は無い。明らかに中に人がいるんだけどな……

 まさか口を塞がれて声も出せないとか? だとしたら早く助けないとヤバそうだ。


「ティンテ、このドアぶち破れるか?」


「もちろん」


 ティンテが触手が二、三発食らわせるとドアはたやすくひしゃげた。その歪みに触手を突っ込み、畳でも剥がすかのようにティンテはドアを取り去る。


「後で弁償します!」と叫びながら奥へ進んでいくと、店のバックオフィスであろう小部屋に行き着いた。そこにはうずくまるオッサンが一人。ハゲ頭を守るように手で頭を覆い、小さく縮こまっている。


「大丈夫ですか!?」


 シャルフに声をかけられてようやく顔を上げたオッサンは、俺たちを見るなり泣き出しそうな顔で叫んだ。


「く、来るな! 化け物どもが!」

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