⑤ー8 因業 その8
しかしエリスは俺の価値観を揺さぶってどうするつもりなのか。俺を味方につけたいのだろうか。
思い返してみると、ゼンゼマンも最初は俺を味方につけようとしてたな。
結局交渉は決裂したが、俺が死なないことも予想したうえで地下を爆破したとか?
「なんでお前らは俺を味方にしたいんだ?」
「おじさんは勇者の可能性があるからです。勇者は人戻会にとっては英雄なんですよ」
「そりゃ初耳だな……」
「400年前、人魔に滅ぼされかけた人類を救ったのが『季節の勇者』たちなのです。聞いたことありませんか?」
「いや、何も……」
「ハァ……人魔は説明したがらないんでしょうね。自分たちにとって都合の悪い歴史ですから」
エリスは余裕の笑みを崩して、露骨に嫌悪をにじませた。根拠のない憎悪なら呆れているところだが、彼女は人魔によって家族を喪っているのだ。その態度を咎める気にはなれなかった。
家族を亡くす悲しみは俺にだってわかる。うちの場合は事故だったが、それでも運命を恨まずにはいられなかったから。
しかし、ティンテたちが親切だったからあまり意識していなかったが、どうも人魔も無謬の存在ではないらしい。
ここから西のブゼン大陸では人魔が力による支配を行っているらしいし、当然虐げられる人も出てくるわな。
だからといって、人戻会みたいに滅ぼすかどうかは……
「迷ってるみたいですね。今日決めないとダメなことではないので、また会いましょう」
「待て! どこに行くつもりだ!」
「仲間になってくれるなら教えますよ?」
いたずらっぽいウインクを投げつけて、エリスは足取り軽く去っていってしまった。
途中まではその背を眺めていたが、彼女が林の中に消えるにつれ、俺もボーッとしている場合でないことに気がついた。
早くティンテたちのところに戻らないと。
元来た道を走っている間も頭の中はグチャグチャだった。人戻会がただのヤバい宗教じゃなく、シャルフの言っていた通りの「被害者団体」だったとわかった今、俺は何を信じればいいんだろうか。
俺はあまりにもこの世界のことを知らない、歴史も、価値観も、人魔のことも。
それにティンテたちと戦っている多腕の男や酸を吐く男。アイツらは人魔じゃないのか?
人戻会は何か魔法やスキルなようなものを研究していて、それを武器に人魔と戦うつもりとか?
それから、「勇者」という存在も謎が多い。強いスキルを持ってることと、俺と同様に転生者ではあることしかわからない。
誰が何の目的でこの世界に転生をさせてきたんだろうか。勇者が「世界の危機」とやらに対抗するための存在である以上、何者かの作為が働いていることは間違いなさそうだが。
わからない。知りたいことだらけだ。
「人魔」という存在を自分の中でどう扱うべきか決めかねているが、何を調べるにしてもティンテたちの協力は不可欠だ。
まずは彼女たちを助けにいかないと。
元いた場所まで戻ってくると、ヘトヘトになったティンテたちが座り込んでいた。もう夜に近いが、薪を集めて火を焚く余裕もないらしい。
幸い、疲れてはいるようだが、遠巻きに見る限りひどいケガをしているわけではなさそうだ。ひとまず安心、といったところか。
「おーい、ティンテ!」
離れた位置から一声かけてみると、ティンテたちがバッと起き上がってこらちを睨んだ。
しかし声の主が俺だとわかって、ホッと息を吐いた様子だった。
「アンゴ、無事だったんだね。遅いから心配したよ」
「そっちこそ。俺は何ともないけど、みんな疲れてそうだな」
「まあね。恥ずかしながらキミを探しに行く余裕も無かったよ」
「本当に不埒な方々でしたわね……早くヒューゴの街へ行きたいものです」
シャルフの服がボロボロになっていることにはさっきから気づいていたが、触れていいものかわからずあえて見ないフリをしていた。
戦ってた溶解液男にやられたのだろう。正直目のやり場に困る。
「あら、アンゴ様。そんなにチラチラ見ずとも、どうぞ正面からご覧になってください」
「い、いや……! 俺は見てないんだが!」
「アンゴくんはやっぱりスケベだねえ」
「エーゲル!? 起きてたのか!」
横たわったままだったのでてっきりまだ寝ているのかと思った。まあ全員無事なら何よりだが……
「そ、それよりアイツらは結局何だったんだよ。人魔でないとしても、人間とも思えないし」
「それが、わたくしたちにもサッパリわかりませんの。人魔の力を得た人間、としか……」
「人魔よりよっぽど化物じみているよ、まったく。なんで腕が6本もあるんだか」
足が8本、それも異形のタコ足を持つティンテが言うのはジョークのようにも聞こえたが、笑っていいところなのだろうか。
「アンゴくんが相手してたちっちゃい敵は何だったの? 大丈夫だった?」
「そりゃあもう激戦でな……」
「その割には傷一つないが」
「うん、ごめん見栄張った……ゼンゼマンの孫娘だったんだけど、厄介な相手ではあったな」
「その孫娘と話して、何かわかったのかい?」
「まあ、な……」
エリスの語った動機を話すのは少しためらわれたが、隠さない方が良い気もした。もしかしたらエリスの言う「親が人魔に殺された」ってのも嘘かもしれないし、そうであってほしいという願望もあったからだ。
「どう思う? 身内が殺されるなんてフカシだよな?」
「いえ……ありえる話ですわね。もしゼンゼマンが昔から人戻会にいたなら、なおさら」
「えっ……」
シャルフはごく冷静に語った。目の前が暗いのは夜のとばりのせいだけではないだろう。嫌な汗が脇腹をつたう。もしもエリスが本物の被害者遺族だとすれば、俺は……
「人魔と人戻会って、ずっと戦ってるのか?」
「戦ってるという話は聞いたことがない……けど、タチの悪い人魔が憂さ晴らしに人戻会を攻撃する事件は時々起こってるよ」
「そんな……」
ティンテたちと同行している以上、俺はできるだけ人魔の味方でありたかったが、その決意も揺らいでくる。
俺はこれまで人魔が善で人戻会が悪だと思っていた。だがそれは偏った見方でしかなかったのか。
だとすれば俺は、どちら側に立って生きればいいのか……
「ティンテ、俺は……」
「言いたいことはわかるよ」
「わたくしたち人魔にとって人戻会は厄介な存在ですが、アンゴ様は何もしなければ彼らには狙われませんからね」
「私たちは狂躁を止めたいし人戻会と戦うことになるけれど、アンゴに強要するつもりはないよ。ゼンゼマンやエリスに同情して降りるなら、私たちに止める資格は無いからね」
優しく語りかけてくれるティンテの表情は、声色の割にひどく寂しそうで……




