⑤ー7 因業 その7
「こうしてわたしは、お役目を果たすことができましたから」
役目? 何の話だろうか。エリスの無邪気な笑顔に嫌な想像が浮かんでくる。でもまさか、こんな子どもが……? いや、しかし……
「エリス、一つ質問いいか?」
「何でしょう?」
「俺は、どう見える……?」
エリスはしげしげと俺の全身の眺め回したあと、再び満面の笑みで口を開いた。
「とっても優しい人に見えますよ!」
やはり、か。この子はぶっ壊れている。脳みそか、精神か、あるいはその両方か。
俺の「恐怖の大王」を目の前にしてニッコリ笑える子どもが、並の人間であるはずがない。
「お前、何者だ?」
「どこにでもいるただの子どもですよ」
「人戻会所属のガキだろ」
「そんなに珍しいですか? バント大陸にはそんな子いっぱいいますけど」
いわゆる宗教二世……いや三世か。生まれた時からドップリ浸かってやがるな。澄み切った目がそら恐ろしい。
「答えろ。誰の命令でここに来た?」
「さあー? わたし子どもだから、むずかしいことわかんなくて」
「これは推理でもなんでもないただの勘なんだが……お前、ゼンゼマンの孫だろ」
返答は無い。静かな風のそよぎが草を撫でる音だけが聞こえてくる。当のエリスはニッコリと微笑んだまま、上目づかいで俺を見あげていた。
穏やかな表情ながら、人を食ったような態度。見れば見るほどあの厄介ジジイそっくりだ。
「俺たちを分断するのが目的か?」
「どうでしょうねえ」
「大人として言っておくがな、嘘は必ずお前の足元を掬うぞ」
「嘘なんて言いましたっけ? わたしがあなたを誘導しないと酷い目に遭うのは事実ですよ。おじいちゃんの折檻、本当に怖いんですから」
クスクス笑うエリス。間抜けなオッサンを首尾よく騙せてよっぽど上機嫌らしい。見た目こそ素朴な村娘のくせに、その内奥にはドス黒いものが渦巻いているのだろう。
「それで、わたしをどうします? 拷問します? それとも一思いに殺しちゃいますか?」
「俺にできねえってわかってて言ってんだろ」
「はい。あなたは優しい人だとおじいちゃんから聞いてますから。人魔なんて化物に肩入れしちゃうくらい、優しくて奇特な人だって」
彼女の瞳には憐れみとも蔑みとも取れる感情が浮かんでいる。ガキのくせにいっちょ前に人を見下しやがる。
俺もたいがい生意気なガキだったけど、ここまでねじくれてはなかったな……
何にしても、こんなガキと遊んでいる暇は無い。エーゲルの強化が切れた俺じゃ戦場にはすぐ戻れそうにないが、走れば間に合うだろうか?
現場に着きさえすれば、こんな俺でもまだ役に立てることがあるはず。
「じゃあ俺は行くから。ゼンゼマンのクソジジイによろしくな」
「どちらへ?」
「戻るんだよ。まだ仲間が戦ってんだから」
「行かせませんよっ」
脚にしがみついてくるエリス。そのガキくさい振る舞いにイラッとは来たが、本気で怒る気にはなれなかった。
祖父から歪んだ価値観を押しつけられて育ってきた彼女だって被害者なのだ。まだ10歳にも満たないであろう彼女の行く末を考えると、どうしても同情してしまう。
エリスを振り解きつつ、彼女の方へ向き直る。説教なんてしてる場合じゃあないんだが……
「なあエリス。人戻会辞めろよ」
「なんでですか?」
「なんで、って……人魔にも心ってもんがあるだろ。差別は良くねえよ」
「あー。アンゴさんは知らないですもんね、人魔の正体とか」
正体? 何を言い出すんだこの子は。そりゃ俺だって人魔の出自とかは気になるけど、人間と同じように生活してる以上、差別していい理由には……
「あのねアンゴさん、人魔というのは人間の『なり損ない』なんですよ。言うなれば魔物や動物に近いものなんです。カトーセーブツだって、おじいちゃんも言ってましたよ」
エリスは怪獣のようなポーズを取りながら語りかけてくる。魔物を表しているのだろうか。ティンテから聞く限り、この世界では純然な魔物の知性は低く、「獣」同然らしいが……
しかし人魔は魔物とは違うだろう。ちゃんと社会性もあるし、見た目や能力以外は人間と変わらないじゃないか。
「何を根拠に……」
「歴史書に書いてあるんです。人魔は二千年前にどこかから湧いてきたって」
「どこかって?」
「たぶん、昔のバカな人が魔物と交尾でもしたんじゃないですかね。そんな気持ち悪い人、想像したくないですけど」
なるほど……人魔は獣姦が起源だと思われているわけか。それも人戻会がやたら人魔を忌み嫌う理由の一つなのだろう。
「いや、でも……突然変異とかさ」
「突然タコ人間が生まれると思いますか? 子どものわたしでもわかりますよ、そんなのありえないって」
人をバカにしたような薄笑いを浮かべるエリス。とことん生意気なガキだな。大人を舐めるなよ。
エリスの前にしゃがみこみ、その勢いのままヤツを担ぎ上げた。
「どうしました? やっぱりわたしを殺しますか?」
動揺すら見せず、エリスは俺の耳元で囁いた。俺の半分も生きてないガキのくせに、ずいぶん度胸が据わってやがる。
「お前を人質にしてゼンゼマンをおびき出すんだよ。このまま連れていくからな」
「別にいいんですけど、たぶんおじいちゃんは来ないですよ? 仮に来たところで、おじいちゃんに攻撃は通らないですし」
「それでも人質には意味があるんだよ! ジジイが来なくてもお前の親とか兄弟とか……」
「親も兄弟も死にましたよ? 人魔に殺されました」
「えっ……」
あまりの驚きに担ぎ上げたエリスを落っことしてしまったが、彼女はふわりと地面に着地した。
そんなあっさり打ち明けることじゃねえだろ、クソ……
「そ、そんな……お前……」
「同情しなくて大丈夫ですよ。別に珍しいことじゃないので」
「いや、しかし……」
「言ったでしょう、人戻会にはわたしみたいな子かいっぱいいるって」
胃から苦い液体が込み上げてくる。胸が締め付けられるような気分だ。
俺はゼンゼマンやエリスを一方的な加害者としてしか見ていなかった。しかしそんな事実を開陳されると話は別だ。家族が殺されて、人魔を憎むなって方が無理な話だろう。
「わかってもらえましたか? 人魔はわたしたち人間にとって有害な存在なんです。だから、駆除しないと」
「でも、人魔にも良い奴はいるから……」
「そう思いますか? 心から、本気で、そう言いきれますか?」
「どういう意味だよ……」
「あなたも人魔に殺されかけたことがあるのでは?」
この世界に来てからの日々を思い返す。そういや初めてあった人魔のティンテには殺されかけたな……
エーゲルだって気まぐれで俺を吸い殺すこともできるだろうし、シャルフも何かと物騒だ。
エリスの言うことを鵜呑みにするわけじゃないが、確かに人魔ってのは結構危ない存在なのかも……




