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⑤ー5 因業 その5

「あらあら、エーゲル様は平和主義者ですのね」


「そういうのじゃなくて……」


「それならどういう意味だい? 人戻会を庇っているように聞こえたが」


「ち、違うの……! 人戻会は止めなきゃだと思うよ。でもね、組織を壊してもまた新しく作られちゃ意味ないかなあ、って」


 エーゲルは申し訳なさそうにもごもごと述べる。堂々と言っていい意見だと思ったが。

 実際、エーゲルの主張も一理ある。人戻会を潰したところで別の名前の組織が立ち上がっては元の木阿弥だ。

 なんなら組織を潰したことでさらに恨みが募り、より活動が過激になっていくかも。しかし……


「だからって野放しにはできないよな? 融和する方法だって思いつかないし」


「うぅ……わかってるよう。だからあんまり言いたくなかったのに」


 エーゲルは持ち歩いている寝袋を被って小さく縮こまった。責めるつもりはなかったのだが、そう聞こえてしまったのだろう。


「まあ、エーゲルの言いたいこともわかるよ。いずれ根本的な解決策も必要だろう」


「何十年、あるいは何百年かかるでしょうけどね。まずは人戻会を弱体化させないと、その未来さえ危うくなりますから……」


「そうだね。だから私たちはまず……」


 そうティンテが言いかけたところで、三人の視線が一斉に俺に向けられた。なんだ? 俺は失言どころかほとんどしゃべってなかったが……


 違う……俺に視線が集まっていたのではない。正確に言えば俺の後ろ。突如現れた嫌な気配に目が奪われていたのだ。


「ほっほ、ご健勝のようで何よりです」


 しわがれた声。わざとらしいほどに落ち着き払ったその話し方がうさんくさい。振り返るまでもなく、俺の後ろに立つ人間が何者かわかった。


 まさか生きてやがったとは。


「ゼンゼマン……!」


 地下通路で俺たちを襲った老人が再び姿を現しやがった。自爆で道連れを狙ったのかと思っていたが、ちゃっかり抜け道を作ってたわけか。つくづく食えないジジイだ。


「何しにきやがった、クソジジイ!」


 俺が振り返って怒鳴ると同時に奴は膝をついたが、まだ余裕の笑みは崩さない。人魔の実力者たちを前にしても不遜な態度を取り続けるところが妙に癪に障る。 


「おお怖い怖い。左様に鋭い殺気を向けられますと、腰が抜けてしまいそうですわい」


 ヘラヘラと笑うゼンゼマン。この余裕はどこから生まれてくるのだろう。前回と違って今いる場所は広く開けた平原。地形的な罠なんて仕掛けようもないのだが。

 なんだか妙に不気味だ。ここは先手を取るべきだろう。


「ティンテ、拘束しちまえ!」


「もちろんだ!」


 ティンテの触手が老人に迫る。とてもかわしきれないスピードだ。


 しかし結論を言えば、触手はゼンゼマンに触れることすらできなかった。二撃、三撃と打ち込んでも奴の身体ギリギリをかすめるだけで、なぜか直撃する気配がない。


「くっ……何をした!」


「まったく人魔という生き物は凶暴で困りますのう」


 ニヤニヤと薄笑いを浮かべるゼンゼマン。ティンテの連撃をいなす様はまるで手品だ。紙のようにヒラヒラと、手応えすら感じさせない。


「エーゲル! やるぞ!」


「うん!」


 こちらも手をこまねいていられない。奴の手札が何であれ、戦闘態勢を取らないと。エーゲルが俺の首筋に噛みつくと、全身に力がみなぎってきた。


「おお怖い怖い。集団でワシを屠ろうというのですか。いやはや何とも恐ろしい……」


「うるせえ! 一人でノコノコ現れやがったお前が悪いだろうが!」


「おっしゃる通り。戦いに卑怯も味噌もありません。ですので」


 ゼンゼマンが指を鳴らすと、後方から3人の人物が走り込んできた。


「こちらも数を揃えさせていただきました」


 3人ともフードをかぶっていて顔は見えないが、やけに背が高い者、一般男性くらいの背丈の者、やたら背が低い者というチグハグな取り合わせだ。

 エーゲルが戦えない以上、こちらも頭数は3人。わざと数を揃えに来たとしか思えない。


「では、か弱い老骨は退散いたしますかな。ごゆっくりお楽しみくだされ」


 そのまま後ろを向いて立ち去ろうとするゼンゼマン。老人らしい緩慢な動作で一歩一歩を踏みしめていく。


「逃がしませんわよ」


 素早い身のこなしで切り込んだのはシャルフ。フードの3人をかわし、鋭い針をゼンゼマンの背中へ打ち込もうとする。しかし……


「あら……?」


 俺の見間違えだろうか。シャルフの身体はまるでゼンゼマンの背中を通り抜けたように転がっていった。

 柔術とかそういうやつか? 俺には見えないスピードで突っ込んでくるシャルフをいなしたとか……


「もう一度……!」


 今度はゼンゼマンの正面からシャルフが身体ごと突進を仕掛ける。

 全身から針を出して飛び込む美女にハグされれば、二重の意味で天国行きは免れない。至近距離であのスピード、今度こそかわせないはず……


「きゃっ!? な、なんで……」


 再びシャルフは勢いあまって地面に転がっていった。おかしい。かわした素振りもないのにシャルフの攻撃が当たらないなんて。

 手品なんてレベルじゃない。魔法か何かを使っているとしか……


「おそろしやおそろしや……刺されたらひとたまりもありませんな」


「そうやってわたくしを嘲っているのでしょう……!」


 歯噛みするシャルフ。しかし攻撃が通じない以上迂闊に手は出せない。動いた隙に他の敵から攻撃されるおそれがあるからだ。


「今度こそ退散させていただきますかな」


「待て!」


 今度はティンテが走って触手を叩きつけようとする。しかし、太い触手はフードをかぶった大柄な奴に受け止められ、ゼンゼマンに届きすらしなかった。


「くっ、私の触手を受け止めるとは……! ただの人間じゃないな!」


「オレハ……オレハ人間ダ!」


 叫び声とともに男のフードが吹っ飛び、その異形の身体が姿を現した。2mはゆうに超えているであろう大柄な体躯に、胴体から生えた6本の腕。

 カタコトの話し方といい、血管が浮き上がった顔といい、明らかに人間ではなさそうだが。


「6本腕か。私の脚の方が2本多いな!」


「ソレガドウシタ。オ前、オレ二、勝テナイ」


「結構な意気込みだね。お互い巻き添えは食わせたくないだろうし、場所を変えようか」


 ティンテと6本腕の大男は離れた位置まで走り去っていった。二人とも大柄だから遠目でも見えるが、肉体と肉体でぶつかりあっているようだ。


「呆けている場合ではありませんよアンゴ様! ゼンゼマンを追いかけましょう!」


「お、おう!」


 今の俺はエーゲルのお陰でパワーアップしているのだ。脚力だって段違いに向上している。まっすぐ行って、ジジイの首根っこを掴んでやらないと。


「危ない、アンゴ様!」


「えっ?」


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