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⑤ー4 因業 その4

 近づいてくる集団はどうやら手に刃物を持っているようだ。包丁らしきものから斧、鎌を持っている者までいる。それらの鋭利な輪郭に背筋が冷たくなる。

 相手の意図を確認するまでもない。奴らは俺たちの命を狙っている。ただの威嚇なら姿が見えた時点で声をかけてくるはずだが、不気味なほど静かにこちらに近づいてくるのだ。


 だが、手に持っている凶器を見るに近づいてくる連中は素人だ。人魔3人と異様なスキル持ちの俺を相手にするというのに、数だけ揃えたって勝負にはならない。

 疲弊はしているが、十分返り討ちにできる戦力がこちらには揃っているのだ。


「逃げるぞ、アンゴ」


 ティンテが耳元で囁いてくる。何故だ? ここで倒しておいた方が不意打ちされる危険性は下がるんだが、あえて逃げるなんて……

 よく見るとエーゲルとシャルフも逃げる準備をしている。なんだ? 迫ってきている敵は俺が思っているより強いのか?


「どうして逃げるんだ、ティンテ。お前ならあんな連中すぐに蹴散らして……」


「だからこそ、だよ。そこが奴らの狙いなんだ」


「まさか……」


 奴らの狙いに気づいた俺は、ティンテが走り出すのと同時にその触手にしがみついた。自分の足で走るべきだとわかってはいるのだが、そんな気遣いを忘れるほど今すぐこの場を離れたかったのだ。


 おそらく、近づいてくる奴らは俺たちに負けることこそが目的なのだろう。一度戦いが起これば、奴らは必ず負傷する。そして、傷を受ければもう奴らの「勝ち」なのだ。


 「人魔に傷つけられた」という事実をもって俺たちを加害者に仕立てあげ、世論を人魔排斥に傾ける。

 そのためには死すら厭わない、どころか死者が出た方が奴らにとっては好都合なんだろう。


 徐々に遠ざかっていく、フードをかぶった不気味な集団。その目的がわかると嫌な身震いが起こった。なんでそんなえげつない発想ができるんだろう。人魔よりよっぽど人間離れしてるじゃねえか……


「近寄りたくはないが、逃げるしかできないってのももどかしいな」


「お気持ちはわかりますわ。一人か二人、見せしめに痛めつけてみましょうか」


「やめとけ。それこそ奴らの思うツボだろ」


「やだなあ……おうち帰りたい」


「引きこもってると前みたいなことが起きるよ。あれだって、ヴォルフ様やナギがいなければどうなっていたか……どこにも逃げ場なんて無いって覚悟しておくべきだろう」


 息を切らしつつも冷静な意見を述べるティンテ。戦力的にも人格的にも頼れる彼女だが、さすがに狂人の群れを相手どるだけの名案は思い浮かばないようだ。

 ノープランなのは俺だって同じ。あんなイカれた連中とどうやって戦えというのか。いや、そもそも戦うことすらさせてもらえないのか。

 俺の能力を発動させたとて、「トラウマになった」だの「精神的苦痛が」だの難癖をつけられるに決まっている。

 人戻会……思っていたより数段厄介な組織なのかもしれない。規模も小さくないようだし……





「ふぅ……ここまで逃げれば大丈夫かな。西ニワナの街からはずいぶん離れてしまったが」


「ここは?」


「西ニワナとヒューゴの国境あたりですわね。もう少し歩けば海が見えてくるはずですわ」


 そう言えばヒューゴは港町だと聞いたような。そして、「怒の勇者」トオルが人魔の狂躁を鎮めた街だったか。

 流れ流れて遠くに来たものだ。結局街や村から追い出されてばっかりだな……ラノベで読んだ異世界転生って、異世界に居場所を見つけるストーリーが大半だと思うのだが、なぜこんなことに……


「感慨に耽っている場合じゃないよ、アンゴ。これからの動きを考えないと」


「そうだな……」


 己の不遇を嘆いても仕方ない。ティンテたちと共に歩むと決めたのだ。できる限りは前向きに、俺にできることをやっていくしかない。


「当初の予定通り人戻会を潰しに行きますか? わたくしはいつでも覚悟ができておりますが」


「待ちたまえ。思っていたより奴らは厄介な組織だから、こちらもある程度数を揃えておくべきだろう」


「勇者を仲間に、っていう前の方針で頑張るってこと?」


「いや、それだけじゃ足りない……ティンテはそう思ってるんだろ?」


 厳かな顔でティンテが頷く。おそらく彼女も俺と同じで、人魔の仲間を増やしておきたいと考えているのだろう。

 しかし人魔ってこの世界にどのくらいいるんだろう。転生して数ヶ月の俺には情勢がイマイチわからないのだが……


「折角ですし、この世界の社会構造を改めて確認しても良さそうですわね」


「それがいいね。アンゴはもちろん、エーゲルも勉強しておくべきだろう」


「よろしく頼む」


「わたしは別にいいんだけど……」


「いいから聞いておきたまえ!」


 草を枕に横たわろうとするエーゲルを引き起こしながら、ティンテが語り始める。


 まずこの世界には3つの大陸があるのだそうだ。俺たちがいるのは中央に位置する「ナイキー大陸」、人間と人魔が手を取りあって暮らす、もっとも平和な大陸であるらしい。(そんな平和な地域で焼き打ちに遭った俺っていったい……)


 トオルが転生してきた西の大陸は「ブゼン大陸」。そこでは少数の人魔の支配する国がほとんどであり、弱肉強食がモットーである。

 ただし、人魔自体の数は多くないため、人間であっても能力の高い者はそれなりの地位を与えられるらしい。


 そして東の「バント大陸」は人間のみが居住する大陸となっている。ごくごく平凡な民主主義が採用されており、おおむね平和ではあるのだが、そこでは人魔は徹底的に排斥されるようだ。


 今まで人戻会は「バント大陸」のみで活動しており、他の大陸に直接的な危害を加えたことはなかったらしい。今となってはそれも過去の話だが……


「最終的にはバント大陸に乗り込んで、人戻会の本部をぶっ潰す必要があるのか」


「ですわね。話し合いが通じる相手ではなさそうですし」


「気は進まないけれど、やるしかないんだろうね」


 俺とシャルフ、ティンテはそれぞれ顔を見合わせてため息をついたが、エーゲルだけはまだ視線を斜め下に向けていた。


「どうしたんだいエーゲル? 何か妙案でもあるのかい?」


「そんなんじゃないけど、ちょっと思うところがあって」


「意見があるなら聞かせてくれ」


「うーん、でもねえ……」


 エーゲルがチラチラ俺たちの顔色を窺ってくるので、努めて穏やかな表情を作ってみた。


 しかし気持ち悪い笑い方になっていたのか、エーゲルはちょっと怯えている様子だ。子犬のようにプルプルと震えている。何をやっても裏目に出るのが俺の悪いところだな……


 しばしの沈黙のあと、エーゲルは遠慮がちにぼそりと呟いた。


「人戻会、本当に潰していいのかな……って」


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