⑤ー3 因業 その3
じっとティンテの瞳を見つめ、彼女の次の言葉を待つ。
しかし返事がかえってくるより前に、シャルフとエーゲルの二人が疲弊した面持ちで戻ってくる姿を見つけた。
「まったく、無体な方たちでしたわね。もっと命は大切にしませんと」
「嫌なの見ちゃったなあ……夢に出てきそう」
ボソボソと愚痴をこぼしながら二人が歩いてくる。今夜は月が明るいお陰で暗がりでも二人の姿がぼんやり見えるのだ。
「アンゴ様! ご無事でしたのね。もうわたくし心配で心配で……」
「良かったよう!」
俺の目が開いていることに気づいたシャルフとエーゲルは、近づくなり飛びついてきた。可愛い女の子二人にハグされた記憶なんて今まで無いので、こんな時ではあるが妙に照れる。
「こらキミたち。アンゴは万全じゃないんだから安静にしてやらないと」
「膝枕で独り占めとはいきませんわよ。わたくしたちにもアンゴ様を愛でる権利はあるはずです」
「いや、私はそういうつもりじゃ……!」
照れて体ごと頭を振るティンテ。お陰で触手から落っこちそうになったが、ギリギリのところでしがみつくことができた。
「だいたいキミはなんでそんなにアンゴに執心なんだい?」
「わたくしのために命を張ってくださった殿方ですから。きっとこの方ならわたくしのトゲも身体で受け止めてくださると思いまして」
「えー、アンゴくんはわたしのなんだけどな」
「エーゲル……お前は俺の血にしか興味ないだろうが」
えへへ、と無邪気に笑うエーゲル。暗闇で光る彼女の牙は美しくきらめいていた。
あとシャルフのトゲに刺されて平気な自信は無いのだが、みんな好き勝手言いやがるな……
そんなことより、今は真面目な話をしないと。聞いておきたいことがあるのだ。
「人戻会の連中はどうだったんだ? 何か目ぼしい話でも……」
「それがねえ、アンゴくん……なんて言えばいいのか」
「自ら口封じをされまして、拷問の準備さえさせてもらえませんでしたわ」
「自ら、って…… 」
最悪の想像が頭をよぎる。スパイ映画なんかじゃよくあるやつだけど、まさか現実でそんなことがあるなんて……自爆したゼンゼマンといい、人戻会は思想が極まりすぎだろ。思ってた以上に危険組織なのかもしれない。
「どこに隠していたのか、一斉に毒の小瓶を取り出して、こう……グイッと。陸に上げられたエビのようにビチビチと跳ね回っておりましたわ」
「やめてよシャルフちゃん……思い出したくないのに」
「生き残りがいないか二人で確かめてきたのですが、見事に皆様息がありませんでした。お気の毒なことです」
特段気の毒でも無さそうに微笑みながら、シャルフは俺の隣に腰かけた。反対側にはエーゲルも座る。触手をイスにされたティンテは気分を害するでもなく、ぼんやり遠くを見ていた。
「じゃあ結局、アイツらの狙いはわからず仕舞いか……」
「そうでもありませんわよ。人戻会に脅されていた食堂の店主に話を聞くと、どうもわたくしたちは待ち伏せされていたようです。なぜわたくしたちがあの店に入るか知っていたのかは不思議ですが」
「ティンテが入れる大きめの店舗に張ってたのかもな。露天で買ったイカ焼きには細工されてなかったし、俺たちの行動すべてを読めてたわけじゃなさそうだ」
「何組かにバラけて、それぞれ待ち伏せしていたのかもね。そこまで執拗に我々を狙う理由がわからないんだが……」
「わたしたちだけじゃ、ないのかも……」
エーゲルの小さな呟きで、ティンテがサッと顔色を変えた。先ほどまでの思案に耽る面持ちではなく、もっと切迫した表情だ。彼女が急に立ち上がったせいで、俺たち三人は地面へ滑り落ちた。
「まずい! 今から街へ戻らないと……!」
「落ち着いてください。夜に動くと人戻会の思うツボですわ」
「そうだね……夜目が利くわたし以外は危ないかも」
「しかし……!」
じれったそうにティンテは焚き火の周りをウロウロと歩き始める。止めないと一人でも街の方へ走っていきそうだ。いくら彼女が強いとはいえ、無敵でも不死身でもないことはこれまでの戦いでよくわかっている。
なんとか説得して引き留めたいところだが……
「どうしたんだティンテ。心配事でもあるみたいだが……」
「友人が心配でね。西ニワナを警護しているんだが……」
「クラッべちゃん?」
「そう、エーゲルも知ってるよね。彼女は強いけど人が良いから、罠にハメられてないか心配で……あれだけ街に人戻会が蔓延ってたことを考えると……ああ、いてもたってもいられない!」
街への進行方向を俺たち三人が塞いでいなければ、ティンテはとっくに走り去ってしまっていただろう。何なら俺たちを押しのけつつあるぐらいだし……
「シャルフ、知ってるか?」
「クラッべ様は『人蟹』の女王ですわね。呼び名のとおり蟹の下半身を持つ人魔ですわ。西ニワナは彼女の管轄なのです」
「そうか、確かに心配ではあるが……」
かといって暗闇を無理に進んでは自分たちの身が危ない。人戻会が街の近くに潜んでいる可能性は高いし……ウロウロし続けるティンテをどうにか落ち着かせないと。
「もし女王の身に何かあったら、シャルフのいた北ニワナの時みたいに騒ぎになってたんじゃないか?」
「そうですわ。飲食店に人戻会が潜んでいた以外は異常は無かったですもの」
「しかし……」
「お気持ちは痛いほどわかります。わたくしもドライエード様の身をずっと気にかけておりますもの。しかしですねティンテ様、同じように貴女を気にかける人もいるのですよ」
シャルフが手のひらで俺とエーゲルを指し示すと、ティンテはハッとした顔で立ち止まった。論理的な説得では通じなかったが、気持ちは伝わるものだ。
エーゲルの心配そうな顔を見るに、きっと俺も同じような表情を浮かべていたのだろう。
「すまない……取り乱してしまった」
「いや、気持ちはわかるよ。明日の朝イチで街まで戻ろう。それで友達の安否はわかるだろうし」
「そうだね……今は彼女の無事を祈るとしよう」
ティンテが地面にぺたりと座り込んだ瞬間、シャルフがものすごい勢いで後ろを振り返った。緊急事態かと思い俺も身体ごと振り向くが、元の暗闇があるばかり。
「来てるね……いっぱい」
「見えますか、エーゲル様。わたくしは音でしか判別できませんでしたが」
「アンゴくんみたいに頭巾をかぶってるから、顔はハッキリわからないんだけど、たくさんの人が……」
怪しい連中が近づいてきやがるのか。こんな夜中に、何者だ……?




