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⑤ー2 因業 その2

 ティンテの触手がエーゲルの箸を薙ぎ払っており、俺以外は全員料理を飲み込まずに済んだようだ。

 しかし安心してはいられない。ちょっと変なスキルを持ってる以外はただの人間である俺が毒らしきものを飲んでしまったのだ。すぐに然るべき処置をしないと……


 などと考えているうちにだんだん頭がボーッとしてきた。それに、何というか、全身が熱い……

 なんだかクラクラしてきた。意識がおぼろげになっていく。酒に悪酔いした時のように、視界がグラグラ揺れて……


「アンゴ、大丈夫かい!?」


「いっ、いや……れ……」


 舌が痺れてうまく話せない。熱い、暑い、あつい……何だこれ。俺、こんなワケわからんタイミングで死ぬのか? ちくしょう。無性に腹が立ってきた……!


「があああああああ!」


 喉の奥底から吠えるような声が湧き上がってきた。叫ばずにはいられない。周りから悲鳴のような声が聞こえてくるが、自分の叫び声でかき消してしまっている。


「アンゴ様!」


 声が聞こえる。誰だ、誰が俺を呼んでいる? わからない。うるさい、うるさい。


「アンゴくん!」


 うるさいうるさいうるさい。俺を呼ぶ声に混じって誰かの絶叫が頭に響く。頭が割れそうだ。

 気分が悪い……全部めちゃくちゃにぶっ壊してしまいたい。視界が真っ赤だ。目も耳も鼻もイカレてやがる。確かに感じるのは腹の中から沸き上がるドス黒い感情だけ。


 嫌だ、違う、俺は、俺は……ああぁあああぁああぁぁぁぁ!!


「戻ってこい」


 グチャグチャになった感覚の中で、声がハッキリ聞こえた。知らない男の声。やけに冷徹で、それでいて透き通った声色。

 水面に垂らした雫のように、その声が頭の隅々まで染み渡っていく。







 「声」が頭の中で響いてから、視界はだんだん色を取り戻していた。空? 黒と紫の中間みたいに濃く暗い、夜の空が見える。


 ああ俺、仰向けに寝てんだな。柔らかい枕……ティンテの触手だろうか。少しひんやりして心地いい。


 それはともかく、身体の節々がやけに痛い。起き上がるのも億劫だな……


「アンゴ! 気がついたんだね!?」


 にわかに空が遮られ、ティンテの美しい顔が月のように現れる。結局俺はどうなっていたんだろう。何かロクでもないことが起きたことだけはわかるが……


「ティン……おれ……」


「無理にしゃべらなくて大丈夫だよ。とにかくキミが無事ならいいんだ。幸い直接の死者までは出てないようだし……」


「ししゃ……?」


 ティンテは「しまった」と言わんばかりに触手で口を覆った。死者ってあの死者だよな? そんな非常事態が起こってたのか? ティンテの反応を見る限り、俺が原因でやべーことになってたようだが……


「シャルフと、エーゲルは……?」


「キミの料理に一服持った人間を尋問していたんだが、その……」


 ティンテはまたしてもバツの悪そうな表情を浮かべている。悔やんでいるような、嘆いているような、とにかく幸福とは程遠い顔だ。俺の頭がバグってる間にいったい何が……


 ティンテの差し出してくれた水筒からお茶を飲む。それでほんの少しだけ落ち着いてきた。


「何か大変なことが起きたのはわかった。おそらく……人戻会の仕業だろ?」


「ご明察の通りさ」


「俺はさっきまでどうなってたんだ? なんか気づいたら夜になってたんだが」


「狂躁、だよ」


「え?」


 ティンテの口から零れたのは意外な言葉だった。「狂躁」って、人魔が暴走するアレだよな。俺が意識を失ってる間に、別の事件でも起こったのか?


「いつ人魔が暴れたんだ? まさかシャルフとエーゲルのどっちかが……」


「違うんだ。狂躁の状態に陥っていたのは、アンゴ。他でもないキミなんだ」


「そ……それって、どういう……」


 狂躁というのは人魔だけがかかる病気みたいなものだよな。なんで、俺が……まさか、普通の人間にもかかるものなのか? だとしたら相当厄介だが……


「ワケわかんねえな……ってことは、俺はさっきまで暴走してたってことか?」


「さっき、というよりしばらく経ってはいるんだけどね。色々あって」


「その『色々』を聞きたいんだけどな。たぶん俺、すげえ迷惑かけただろうし」


「気にするな。私たちは仲間だろう? 強いて残念なことを述べるなら、街から追い出されてしまったことぐらいかな」


「そうか、すまん……」


「謝らないでくれ! むしろキミが暴走してくれて私たちは助かったぐらいで……」


 ティンテ曰く、俺たちが入った店には人戻会の仕掛けた爆弾が積まれていたらしい。

 おそらく人戻会は俺たちを狂躁に陥られせ、そのまま誘爆させるつもりだったのだろう。


 奴らの計算外は直接戦闘の苦手な俺だけが狂躁に陥ったこと。「恐怖の大王」は無機物には作用しないので、誘爆させる試みは失敗に終わった。

 そのうえ奴らは俺のスキルの影響をモロに受けて動けなくなってしまい、自爆することもできなかった、と。


 結果だけ見れば無事で済んで良かったが、かなり危なかったらしい。俺以外の仲間が狂躁状態にされていたら一巻の終わりだった。

 ティンテやシャルフが暴走していたらすぐに誘爆が起きていただろうし、エーゲルが仲間を呼んだりしたら犠牲者が増えてそれこそ大惨事になったはず。

 俺がヘタレただけで済んだのは、かなり幸運なケースなのだろう。


 しかし食料でも狂躁を引き起こせるのは厄介だな……吸血鬼事件の時は、空に光を見た後で狂躁に陥ったとか言ってたっけ。狂躁を引き起こすトリガーは色々あるのだろうか。一種類だけでも面倒なのに、まったく……


 それはそうと、さっきから気になっていることがあるのだ。

 倒れた姿勢のままティンテの心配そうな表情を見上げる。


「なんか全身が痛いんだけど、狂躁の影響かな……打撲痕みたいなのまでできてるし」


「あっ……いやそれは、私がアンゴを止めるために文字通りタコ殴りにしたからで」


「お前のせいかよ!」


「アンゴの能力で私も手加減する余裕が無かったんだ……かなりギリギリの戦闘だったから、許してほしい」


 まさか本当に物理的なダメージだったとは……まあ、まんまと罠に引っかかった俺がティンテを責める資格は無いか。むしろケガ程度で済ませてくれて感謝するべきなのかもしれない。


「しかし狂躁って人間もかかるんだな……てっきり人魔特有の現象かと」


「アンゴは特別だからね。キミの持つ『恐怖の大王』はもしかすると人魔の能力に近い性質を持っているのかもしれないよ」


「なるほど、俺だから罹った可能性もあるのか……」


 それにしても俺の能力の暴走って我ながらかなり厄介だったろうな……ショックでイカれちまった人とか出てないよな? 


 さて、他にもティンテに訊きたいことは山ほどあるのだ。彼女の触手を枕として使わせてもらいながら、話を続ける。


「で、人戻会の連中は捕まえたんだよな? 尋問で何かわかったのか?」


「それが、その……」


 うつむいたまま目を逸らすティンテ。何だ? 厄介な事実でも判明したというのだろうか。あるいは……


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