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⑤ー1 因業 その1

 トオルを放置してきた俺たちは、無事西ニワナの街までたどり着いた。途中トオルが追いかけてこないか不安でチラチラ後ろを振り返ってはみたが、ヤツが追ってくる気配は無かった。

 「そんなに不安なら止めを刺せば良かったのでは?」とはシャルフの談だが、流石にそこまで覚悟はキマってないので勘弁してほしい。


 こっちもケガしたとはいえ街まで歩ける程度だったし、まあ痛み分けということで……


「それにしてもティンテの触手はすげえな。ほとんど傷ふさがってんじゃねえか」


「まあね。でもここまでケガするとずいぶんお腹が空くから、早くご飯どころに行きたいものだよ」


「ティンテちゃん、ほんとはもっと食べたいのに道中は我慢してたもんね。えらいえらい」


「いや、そんな我慢ってほどは……」


 言いかけた瞬間、ティンテの腹からきゅるると可愛らしい音が聞こえてきた。女心はよくわからんが、こういう時は聞こえないふりをした方がいいのだろうか……


「……お腹は正直でございますね」


「うるさいうるさい、からかわないでくれ」


 欠損した触手を振り回すティンテ。照れ隠しだろうが、当たったらなかなか痛そうだ。


 しかし食欲に沸き立つティンテの気持ちもわからんではない。西ニワナは美食の街と呼ばれるだけあってそこかしこから香ばしい匂いが漂ってくるのだ。豚汁やら焼き餅の屋台とかも出てるし、今すぐにでも食べ歩きをしたいくらいだ。


「アンゴ様も焦ってはいけませんわよ。人の集まる食堂で情報収集しなければなりませんから」


「わかってるよ……あれ、そういやエーゲルは?」


「姿は見えませんが……いえ、ちょうど戻ってこられましたね」


 少し目を離した隙にエーゲルはイカ焼きを両手に抱えてこちらに戻ってきていた。さながら得意満面の笑みだ。


「お前、話聞いてた?」


「ティンテちゃんのお腹の話? バッチリだよう!」


「そうではなく……はあ。まあ良いでしょう、こういうのも」


 ちゃんと人数分イカ焼きを揃えてくるエーゲルの律儀さにシャルフも怒る気をなくしたらしい。俺も醤油のしみたイカをほうばっていると細かいことがどうでもよくなってきた。


 たまには息抜きも必要、か。そういやブラック企業で働いてた時も根詰めすぎて毎日鼻血出してたしな……異世界でくらい時々ゆっくりしても罰は当たらないか?


 しかし軽食を取ると逆に腹が減るんだよな、不思議なことに。もうすぐ店に着くらしいが、果たしてどんなところだろうか。


「着きましたわ。こちらが評判のお店です」


 シャルフが案内してくれたその店は、レンガ造りの瀟洒な外観をしており、和風な店構えが多いこの通りではやけに目立っていた。

 なんかカフェっぽいけど……外国人の転生者でもいたのか? 元の世界で言えば神戸とかにありそうな洒落たお店だ。


「へえ……変わった建物だね」


「でしょう。お品書きも一風変わっておりまして、パンをトーストにしてくださるお店なのです」


「ぱん……とーすと……食べたことがないんだけれど、それはお米ではできてないんだよね?」


「小麦でできておりますわ。ティンテ様もきっと気に入ってくださると思います」


「美味しいよう。香ばしくって、お味噌とか乗せても美味しいんだよ」


「ほう……想像はできないけどキミたちが言うなら……」


 ティンテは期待と緊張が入り交じった顔でソワソワ店の周りをうろついている。真面目なティンテのことだ、あの辺鄙な村を毎日警備して、あまり遊びに出ることはなかったのだろう。


 非常時とはいえ、彼女にも色んな経験をしてもらえたら俺も嬉しい。友人として、お節介ながらそう思う。


「しかしエーゲルは引きこもりの割に色々知ってんだな」


「配下の子たちが色々教えてくれるし、昔はお母さんにあちこち連れていかれたからねえ」


「その反動で引きこもりになったのは痛ましいことだけどね。厳しい教育というのも考えものだよ」


 ティンテは額に触手をあてて嘆いてみせだが、彼女もたいがいエーゲルに対してスパルタなような……

 まあエーゲルに好きなだけ引きこもらせるのもリスクはありそうなので、仕方ないけど……


「そろそろ入りませんか? 店の前でたむろするのはあまり上品ではありませんので」


「そうだな、じゃあ……」


 店のドアを開いた瞬間、中にいた客たちの視線が一斉に俺たちに集まった。

 すわ敵の待ち伏せかとも考えたが、よく考えたら俺たち一行が目立ちすぎなだけか。そりゃ個性的な人魔3人とフードをかぶった怪しい男の組み合わせだもんな。一瞬ギョッとするくらいはありえるか。


 客の視線も一瞬で離れ、俺たちは手前のテーブルに腰掛けた。幸いティンテが座れるだけのスペースもあり、ゆっくり過ごせそうでありがたい。情報収集も忘れてはいけないが、まずは腹ごしらえだろう。


「おっ、メニュー表は日本語なんだな。助かる」


「なんだ、アンゴがいた世界も『大和言葉』が使われてたんだね。口頭だけではなく書き文字まで一緒とは……不思議な一致だね」


「むしろ偶然ではなく作為を感じますわ。アンゴ様のいた世界とわたくしたちの世界は、鏡の裏表のように繋がっているのかもしれません」


「難しい話は後にしてごはん食べよ?」


 待ちくたびれたエーゲルがメニュー表をつんつんとつつく。確かに話は注文してからでもできるか。


「じゃあ日替わり定食にすっかね……って言いたいけど、俺この世界の金持ってねえんだよな。今さらだけど」


「ふむ……ならキミは私に雇われた私兵ってことでどうだい? 前の宿代も今回の食事代も、給料の現物支給ということで」


「悪いなティンテ、ご好意痛み入るよ」


 俺の住む場所を探してくれるだけでなく、職業まで与えてくれるとは……俺はもうティンテに足を向けて寝れないな。せめてもらった分は返せるよう、頑張っていきたいが。


「ティンテちゃん、ごちそうさま!」


「ご相伴にあずかりますわ」


「待て待てキミらは知らんぞ!」


 わたわたとじゃれあっているうちに日替わり定食が四人分配膳されてきた。ティンテは追加でから揚げやら天ぷらの盛り合わせやらを頼んでいたが、そちらはもう少し時間がかかりそうだ。


「いただきまーす」


「待ちたまえエーゲル。こういうのはみんなで手を合わせてからだな……」


「ですがティンテ様、我慢のできなかった御仁もいらっしゃるようですわ」


 そう、俺はすでにメシに手をつけてしまったいたのだ。気が緩んでいたとはいえ、シャルフにもクスクスと笑われて恥ずかしい限りだ。


「うっ……悪い。一人暮らしが長かったもんでな」


「しょうがないなあアンゴは……キミもエーゲルと同じで教育が必要だな」


 気を取り直して、みんなで手を合わせる。なんだか子どもの頃の給食を思い出して懐かしい。


 改めて、楽しい食事の時間が始まる……はずだった。


 しかし驚いたことに、料理を1口食べて、ティンテとシャルフはすぐに吐き出してしまった。二人ともひどく険しい顔をしている。


 まさか、毒か? 俺ふつうに食べちゃったんだけど……

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