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④―6 怒れる王 その6

 俺の真摯な呼びかけに対し、帰ってきたのは勢いのついたツバだった。目隠しされてるのに狙いが正確で、呆れるよりも先に感心してしまう。


 ざあまみろ、と言わんばかりにトオルは身体を揺さぶった。


「ハッ! 協力ぅ?」


 歪んだ笑みを浮かべるトオル。予想はしていたが、一筋縄じゃいかないか。とりあえず目隠しは取ってやろう。拘束を解くわけにはいかないが、いくらか歩み寄らないと信頼もしてもらえないしな。


「頼むよ。人戻会が暗躍してて、このままじゃ人魔がヤバいんだ。世界の危機ってやつも迫ってるらしいし」


「知ったことかよ。人戻会のボケどもはウゼェけど、人魔の方がもっとウゼェんだ。勝手に滅びてろ」


「なんでそんなに人魔が嫌いなんだよ……」


「こっちの世界に来てすぐ襲いかかってきやがったからな、クソ狼どもが……銃で返り討ちにしてやったがな」


「狼? キミはどこに転生してきたんだい?」


「あぁ? ずっと西の方だよ。なんか文句あっか」


「アキノ国か? あるいはキーヴィか……いずれにしても……」


 またしてもティンテはブツブツと独り言を唱えながら考え込んでいる。困惑した俺に気づいたのか、シャルフがそっと耳打ちしてきた。


「ヒューゴより西の大陸にある国は、人魔の支配する地がほとんどですわ。多くの人間が奴隷に近い扱いをされているとか」


「へえ……怖い場所もあるもんだ」


「むしろニワナやヒューゴのように、人魔と人間が仲良く暮らせている地域の方が特殊なのです。アンゴ様はわたくしたちのように温厚な人魔しか知らないので、勘違いされるのもやむを得ないですが、実は危険度の高い人魔も多いのですよ」


 お前はそんなに温厚じゃないだろ、とツッコミたくなったが今はふざけている場合じゃない。

 しかしティンテのように、強い力を持っていながらもそれを抑制しているのは特殊事例ってことか。まあ、有り余る武力を支配に使うってのはむしろ人間社会らしいが……

 それで「人戻会」みたいな過激な反対派組織も生まれたってことか? この世界、思ってたよりも複雑なのかも。


 それにトオルが俺たちを襲ってきたのも、あながち過剰反応じゃなかったってことか? 俺とは違った意味で苦労した転生ライフを送ってきたのかな、コイツ……


「なに同情くれてんだテメェ。殺すぞ」


「いや、そんなつもりは……」


「狂犬、といったところですわね。アンゴ様。この方に協力を仰ぐのは無理ですわ。諦めて別の勇者様を探しましょう」


「なんか怖いしねえ……わたしも苦手かも」


「それでも強いのは間違いないし、できれば味方にしたいんだけどな……」






 トオルを勧誘したり内輪で議論しあったりしているうちに、夜もすっかり更けてきた。できればすぐ食事にしたいところだ。今日はずいぶん疲れたし、みんな傷だらけだから早く休みたいよな……


「そう思って野うさぎを仕留めてあるよ。今日は肉団子にでもしようか」


「さすがティンテ、仕事が早いな」


 彼女の触手は異様に再生が早く、もう傷が塞がってきている。本当に戦闘向きの身体なんだな……ひどいケガしてたはずなのに仲間の中で一番元気なくらいだ。


「食べられる野草なら準備してありますわ」


 負けじと手際の良さを見せるシャルフ。あっという間に鍋の準備が整った。すぐに火を起こし準備を始めると、思ったよりも早く食事にはありつけそうな気配だ。


 それにしても、この世界にも味噌があって良かった。そう思わずにはいられないほど落ち着く香りだ。


「いい感じに煮えてきたねえ」


「二人とも助かる。じゃあそろそろ食事にしようか」


 4人で鍋を囲い、おごそかに手を合わせる。「いただきます」の作法は異世界でも共通のものらしい。

 深呼吸で鍋の香気を吸い込む。あったかいものを食うと心も休まるというものだ……


「オイオイオイ待てテメェらコラァ!」


 少し離れた位置に転がったままのトオルが叫ぶ。なんだろう。ずいぶん怒っているようだが。


「なにオレを差し置いてメシ食おうとしてんだよ! ここはオメェ、一緒にメシ食う流れだろうが!」


「えっ、でもトオル協力してくれないっぽいし」


「そうは言ったがお前、人情ってもんがあんだろうが!」


「でも縛めを解いたらまたわたくしたちを襲いますよね? もう怖くて怖くて」


「人を縛ったまま平然とメシ食おうとしてるお前らの方が怖いわボケ!」


 ギャーギャー叫ぶトオルをよそにティンテとエーゲルはすでに箸を伸ばしていた。待つ理由もないか。俺も腹減ってるし、これ以上は我慢できそうにない。


「殺すぞテメェらぁ!」


「鍋つつき罪で殺されるっぽいな」


「最期の晩餐としては悪くないんじゃないかな?」


「ずっと叫んでる……こわ~」


「今からわたくしたちに謝罪してくだされば、骨の一本くらいはお譲りしてあげても良いかもしれませんね」


 叫び続けるトオルをよそに、鍋をつつき続ける俺たち。

 かつおぶしで取った出汁と優しい味噌の香りが舌に馴染む。日本人らしい味覚は人魔にも共通のものらしく、それぞれ満足そうな表情で汁をすすっている。


 しかしトオルも損な性格だよなあ。もうちょっと可愛げがあれば生きやすいだろうに。







「結局朝まで縛ったまんまかよ! お前ら頭おかしいんじゃねえか!?」


「だって寝込みを襲われたら困るし……」


「ハァ!? 夜のうちに俺がモンスターに襲われたらどう落とし前つけてくれんだよ!」


「墓を立てる、とか……」


「みすみす死なせてんじゃねえよ!」


 朝から元気に叫び続けるトオル。食事も取らず、(おそらく)ロクに睡眠もせず、それでも吠え続ける体力には感嘆した。よく見ると彼の周りの雑草だけが不自然に短くなっており、草を食べて飢えを凌いだようにも見える。


 あれだけの根性があればどこでも生きていけるんじゃないだろうか。もう関わることはなかろうが、これからも強く生き続けてほしい。


「さて……そろそろ行こうか。あては外れたけどこのまま西ニワナへ向かうのが良さそうだね」


「ああ。狂躁の裏に人戻会の影がなかったかとか、知りたいことは色々あるしな」


「長旅だねえ……」


「お疲れですねエーゲル様。全部解決したら、きっとゆっくりお休みになれますよ」


 荷物をまとめ、俺たちは進路を西へにわかに進み出した。忘れ物はないはずだ。今日中には西ニワナにたどり着けるといいな。


「待て! マジでこのまま置いてく気なのか!? テメェら今度会ったらマジ殺すからな! 顔覚えたぞコラ!」


 なんか後ろから声が聞こえてくるが、聞こえなかったことにしておこう……

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