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④―5 怒れる王 その5

「いいじゃねえか。その根性に免じてお仲間は見逃してやるよ」


 トオルの靴裏が俺の頭からにわかに離れる。髪に残った砂がうっとうしかったが、ここはもう少し我慢だ。


 コイツの良心に賭けてみて良かった。直接話した限りはクソ野郎にしか思えなかったが、それでもコイツはヒューゴの街を救ったという噂があるのだ。

 傷ついたシャルフを見てこちらも頭に血が昇っていた面は否定できない。


 話し合いが通じるなら、最初からこうしていれば……


「とでも言うと思ったかぁ?」


 ガツン、と鼻に向かって衝撃。トオルに向かって上げた顔をそのまま踏まれたようだ。

 痛い! 鼻の骨が折れたかと思うような痛みが襲ってくる。


 悶絶して地面を転がっていると、真上からトオルの高笑いが響いてきた。


「クハハハハ! マヌケもマヌケ、大マヌケだなテメェは! 軽ぃ頭下げたくらいで見逃してもらえると思ったかぁ?」

 

 ガッ、ガッ、とトオルの踏みつけが俺の後頭部、首裏、背中を順に襲ってくる。痛くて痛くて呼吸が苦しくなってくる。悔しいがヤツの言う通りだ。間抜けにも油断したせいで、無防備のままボコられている。


「俺をナメやがった奴はなぁ! 二度と逆らえないくらいボコボコにしてやらねぇとなぁ!」


「ぐっ……うぅ……」


 苦痛のあまり背中が丸くなるが、とても逃げ出せるほどの体力は残っていなかった。体勢を少し変えたところで痛みはちっとも弱くならないのだが。





 痛みと絶望感で意識が遠のきかけた瞬間、ふいにトオルのストンピング攻撃が緩んだ。おそるおそる顔を上げると、トオルは不快そうなツラで右横を睨んでいた。


 そこに立っていたのは。


「そ、そこまでだ……」


「死に損ないがよぉ……!」


 ボロボロに負傷したティンテと、息も絶え絶えなエーゲルが俺たちの間に割り込もうとしてきた。 


 当然トオルは二人は突き飛ばし、俺と並ばせるように地面に叩きつけた。


「うっぜぇ……もういいか。テメェらまとめて死んどくか?」


 トオルの銃が俺の眉間を狙う。もうダメだ。負傷した俺たちでは逃げることは到底できない。となれば、いま取れる策は一つだけ。


「俺は殺してくれていい。だからティンテとエーゲルは見逃してくれ。お前に危害を加えたのは俺だけだろう、だから……」


「待てアンゴ! ここは私の首一つで見逃してくれないか。これでもスキュラの女王なんだ。安い首じゃないはずさ」


「それなら、わたしの方がいいよぅ……どうせわたし、大して役に立たないし……ティンテちゃんとアンゴくんの方が、きっと世界を良くしてくれるって……」


 肩を寄せ合う俺たちを見て、トオルは舌打ちをしてみせた。ヤツの足首はピクピクと痙攣しており、異様な落ち着きなさを見せている。


「つまんねぇ芝居やめろや。どいつもこいつも、本当は自分の命が惜しいんだろが。お涙頂戴で誤魔化そうって魂胆が気にくわねぇ」


「俺は本気だ。二人のためなら命だって賭けるさ」


「アンゴに同じく。私たちの絆を舐めないでもらいたいね」


「うん……わたしも信じてるんだあ……」


「あーあー、仲良しこよしでご苦労なこった。なら死ぬ順番くらいは決めさせてやるよ。最初に死なせたい奴のこと指させ」


 ティンテとエーゲル、そして俺。三人そろって顔を見合わせる。

 誰が最初に死ぬべきか……互いに目配せをしあったら、すぐにでも答えは出せた。


 そして俺たち小さく頷き、一斉に指をさす。寄り集まった三本の指、それらが示す先は……


「な……!?」


 指さされたトオルは、俺たちの奇行に気を取られた瞬間膝から崩れ落ちた。


 その背後にはシャルフ。トオルも彼女の存在はすっかり忘れていたのだろう。ヤツがワープの能力のことを知らなかったためか、完全な不意打ちが決まった。


「身体の機能が鈍るツボを刺しました。10分ほどは指先一つ動かないはずですわ」


「クソ、どもが……」


 捨て台詞とともにトオルの身体が地面に沈む。ヤツが完全に動かなくなったのを見て、ようやく俺たちは息を吐いた。今度こそはマジで死ぬかと思った……







「ほどけカスども! ナメやがってよぉ!」


 地面に転がったままの姿勢でトオルは叫び声を上げた。両手両足縛られて、目隠しまでされてるのに吠え続ける胆力はすごいと思う。見習いたくはないが。


「コイツどうするよ。一応勇者だし、殺したらまずいよな?」


「うむ……しかし和解も難しそうだね」


「とりあえず。なぜわたくしたちを狙ったのか、拷問して吐かせましょうか」


「目が怖いよシャルフちゃん……」


 もぞもぞと暴れ続けるトオルを囲んで、俺たちは地べたに座っていた。もう日が暮れてきたし、今日はまた野宿かな……


 メシの支度もそろそろしないとだし、早く尋問を済ませたいところなのだが。


「なあトオル、なんで俺たちを襲ってきたんだ?」


「ハッ。答える義理ねぇな」


「アンゴ様。時間の無駄ですし、やはり拷問しませんか?」


「どんだけ拷問したいんだ。気持ちはわからんでもないけどさ……」


 いきなり攻撃されたことがよほど癇に障ったのだろう。シャルフはいつものにこやかな表情を湛えているものの、口元がかすかに歪んでいた。端々から怒りの形相が滲んでいてちょっと怖い。


「お前が襲ってきたのは『人戻会』の指示か?」


「アァ? あんな偽善者どもに従うわけねえだろ」


「そうか……まあ人の指示に従うタイプじゃねえもんな」


 でも人戻会が無関係ってなると、なんで俺たちを襲ってきたのかますます理解できない。見るからにチンピラだし、シャルフと目が合っただけで因縁つけてきた可能性もあろうが……


「トオル殿。もし我々が先に無礼を働いていたとしたら謝ろう。同族が貴方に不躾なことをしたか、あるいは……」


「礼もクソもあるかよ。人魔がつるんでたら殺す、それだけだ」


「なるほど……」


 トオルのトチ狂った返答を受け、シャルフの顔つきが険しくなった。触手をもてあそんでは地面にクルクルと円を描いている。何やら深く考え込んでいるポーズだ。


「貴方がこの世界で会った人魔はみな攻撃的だったのかな。だとしたら人魔を代表して謝らせてほしい。申し訳なかった」


「謝んじゃねえよキショいな……元々はそっちのサボテン女が殺意むき出しだったせいだろうが」


「あら、あら、あら……」


 キョトンとした顔のシャルフ。指先で撫でていた針を胸元にしまうと、彼女は静かにため息をついた。


「殺気を悟られるとは……わたくしも修行が足りませんね」


「なあシャルフ、お前まさか初対面の相手には殺意を秘めて声かけてんのか?」


「え? 普通はそうしませんこと?」


 ……まったく罪悪感なくそう返されると責める気にもなれなかった。


 今回のトオルとのエンカウントはとにかく不幸な事故だったのだろう。シャルフじゃなくティンテやエーゲルが最初にトオルと会っていたら、もしかしたら戦闘にすらならなかったのかも。


「まあ殺意以前にキショいオーラが漂ってて、ピリついてたんだよ。今もウザってぇ感覚はあるがな」


「それは……アンゴくんのせいだろうねえ」


「間違いないね」


 ええ……やっぱ俺のせいなのか。


 いや、俺自身は悪くない。俺のクソスキルが悪いのだ。そう思わないとやってられない。


 それより、そろそろ本題に入らないと。トオルが完全な敵ではないとわかった以上、本来の目的を果たしたい。


「こんな形で悪いんだが……トオル、俺たちに協力してくれないか?」


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