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④―4 怒れる王 その4

 近づいてきたチンピラ風の男は、俺たちを一瞥するとシャルフの腕を投げ捨てるように離した。倒れかけたシャルフを、ティンテの触手が慌てて支えに行く。


 このやり取りだけで既にわかった。コイツは俺たちの味方ではない。


「お前も転生者だろ。勇者か? あるいは別の……」


「勇者ぁ? オレがそう見えるか?」


 顔をしかめて俺を睨みつけるその態度は「勇者」というイメージとはかけ離れたものだった。どう考えても悪役、それも相当タチの悪いやつの振る舞いそのものだ。


「ふん。どいつもこいつも勝手に期待かけやがって……『怒の勇者』だ? バカバカしい。なんでオレがザコどもを助けてやらなきゃいけねんだよ」


「それよりお前、シャルフに何を……」


「まあ待てアンゴ。私はスキュラの女王であるティンテと申す者だ。『怒の勇者』とお見受けする」


「見受けんな。死ね」


「そう言わず、少し話を聞いてくれないだろうか。貴方の名前は聞いたことがある。確かトオルだったかな? 今は世界の危機で……」


「そっちの倒れてる女も似たようなこと言いやがったな。ムカつくから軽く遊んでやったらすぐ壊れやがって、つまんねえの」


「お前……」


「ひ、ひどい……」


 俺の怒りのボルテージはすでに最高潮に達していた。目の前のチンピラに、シャルフが受けた屈辱の倍返しをしてやりたい。勇者だろうが何だろうが、すぐぶちのめしてやるからな……!


「なんだぁ、これ……! ふざけてんじゃねえぞオラッ!」


 トオルという名のチンピラは俺の能力をモロに食らってひざまずいた。

 崩れかけた姿勢でなお食ってかかるその姿勢は立派だが、本気でキレた俺には手出しできないようだ。今すぐ吠え面かかせてやるからな、覚悟して……


「危ない! アンゴ!」


 ティンテの叫びとともに身体が突き飛ばされた。何が起こったのかわからないまま顔を上げると、触手の一部が欠損したティンテが苦しそうな顔で立っていた。


 またか。また庇われてしまったのか。


「器用なもんだなぁタコ女。触手で弾を薙ぎ払ったな?」


「何をした……飛び道具、かい?」


 トオルは倒れかけた姿勢のまま武器を構えていた。あの形……まさか、銃か? この世界に来てから初めて見たが、あんなもん反則じゃねえか。いかに肉弾戦が得意なティンテでも避けきれるもんじゃない。


「お次はガキでも狙うかねぇ」


 トオルの構えた銃口がエーゲルの方に向く。的となった彼女はヒッ、と上ずった声をあげた。


「させるか!」


 ティンテの触手がトオルに迫る。直線ではなく不規則な動きで翻弄する構えだ。だが……


「ぐぅっ!?」


「ハッハァー! かわせると思ったか? バカがよ!」


 ティンテのランダムな動きを物ともせず、トオルの凶弾は正確に触手を撃ち抜いた。あんな倒れた姿勢で、素早いティンテの触手を射抜くだなんて……まさかあれが奴の能力なのか?


「オラオラ次行くぞ! へばってんじゃねえ!」


 また銃声。連発はできないようだが、短い間隔を空ければすぐに銃を撃てるようだ。ティンテはギリギリ触手で凌いでいるが、それも時間の問題だろう。あんなに血を流して、体力が持つわけがない。

 早く対処しないと、ティンテが穴だらけになっちまう。


「エーゲル! 俺に血を!」


「う、うん……!」


 血を分けてもらいパワーアップしないと。そう思ってエーゲルに近寄った瞬間、彼女から強く突き飛ばされた。


 一瞬何が起こったかわからなかったが、エーゲルの胸から流れる血で、突き飛ばされた理由がわかった。彼女は俺を庇ったのだ。


「チッ……! キモい男の方を狙ってんのにさっきから邪魔ばっか入りやがる」


 忌々しそうに吐き捨てるトオル。辺りを見渡すと、今にも倒れそうにフラフラするティンテに、ピクリとも動かないエーゲル、シャルフ。地獄のような光景を見て、俺の頭の中で何かがプツンと切れた。


「殺す……お前だけは絶対に殺す」


「あぁ!?」


 トオルの全身が地面に沈む。奴は土に顔を押しつけたまま俺に向かって凄んだが、もはや銃も構えていられないようだ。

 奴の手が開いたまま天を仰いでいる。「恐怖の大王」の効果でもう指一本動かせないのだろう。


 俺は犬歯で自分の親指を強く噛み、流れ出る血をエーゲルの口に注いだ。吸血鬼の回復力なら、これでひとまず命の危機は回避できるはず。


「おいテメェ! このウゼェやつ止めろ!」


「ああ、すぐに止めてやるよ。お前の息の根をな」


 カバンから護身用の短剣を取り出した俺は、大股でトオルの方へ距離を詰めていった。コイツだけは絶対に殺す。ティンテもエーゲルもシャルフも殺されかけてるんだ、因果応報だろう。

 「怒の勇者」だ? 知ったことか。俺の大事な友人たちを痛めつけた奴は神だろうが鬼だろうが殺す。当たり前のことだ。


 地面に這いつくばったトオルを見下ろす。いい姿勢だ。首でも背中でも刺し放題じゃないか。楽には死なさねえぞ。


 短剣を振りかぶり、トオルの背中に両手で突き下ろす……つもりだったのだが。


「アホがよぉ。わざわざ近づいてきやがって」


 アゴに「何か」が命中した痛みで、俺は短剣を取り落としてしまった。突然ショックを受けたせいだけじゃなく、平衡感覚まで失ってしまったような。

 ボクシングとかでも、アゴにクリーンヒットを食らうと脳が揺れて一撃で倒れることがあるらしい。ダメだ……吐き気までしてきた。


「狙いやすかったぜぇ。カスのくせに油断しやがってよ」


 倒れた姿勢のまま、ぼんやり見えるトオルの影が立ち上がるのを見ていることしかできなかった。まさかコイツ、銃無しでも弾を打てたのか……?


 ヤバい。このままじゃ全滅だ。どうする? どう切り抜ける?


「キショい身体の震えも収まったしよぉ、お前もここまでみたいだな」


「ぐっ……うぅ……」


 吐き気を堪えて何とか身体をよじる。仰向けのままじゃまずい。何とか姿勢を変えないと。


「んだぁ? 何するつもり……」


 警戒体勢を取っているトオルを、最早見ることすら叶わなかった。なぜなら、俺の視線はまっすぐ奴の足元、地面だけを見つめていたから。


「ぷっ……ヒャハ! ヒャハハハハハ!」


 土下座の姿勢を取った俺を見て、トオルは腹がよじれんばかりに笑った。


「なんだそりゃ! ここに来て命乞いか!? 虫のいい話だなあオイ!」


 トオルのゴツいブーツが俺の頭を踏みにじる。何とでも笑うがいい。この場を切り抜けるためなら何だってする。


「お、お願いします。ここは俺の命一つで勘弁してください。仲間たちは見逃してやってください」


 踏みつけにされたまま、吐き気を堪えてトオルに懇願する。我ながら情けない姿だが、なりふり構っていられないのだ。


「ハハッ! そりゃあ面白え条件だなぁ」

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