④―1 怒れる王 その1
シャルフの家に戻ると、不機嫌な表情のティンテが出迎えてくれた。表情こそ険しいが、台所から漂う味噌汁のいい匂いに彼女の本音が隠れているようにも思えた。
「ずいぶん遅かったじゃないか。心配する方の身にもなってくれ」
「悪いな。でも有力な情報は見つかったぞ」
「ちょっと死にかけたりはしたけどねえ」
「ティンテ様がご不在の間に色々なことがありまして、お二人とはずいぶん仲良くなれましたわ」
クスクス笑うシャルフを見て、ティンテは触手で床を軽く叩きながら顔をしかめた。どうやら自分だけのけ者にされていたことがご不満らしい。
「意地悪するなよシャルフ。ティンテもそう苛立たずにな。ほら、ちゃんと説明するから……」
なんで俺が睨み合う二人の仲裁をしてるんだろう……とは思いつつ地下通路での出来事をティンテに話すことにした。
「『人戻会』……意外な組織が出てきたね」
「シャルフにも少し話は聞いたけど、『人戻会』ってどんな組織なんだ?」
「『被害者団体』とでも言えばいいのかな。人魔に何かしらの被害を受けた経験のある人間が集まって立ち上げた、人魔排斥組織だよ」
「それだけ聞くとテロ集団っぽいし、犯人なのは意外でもないんじゃ……」
「いや。彼らは元々小さな団体で、せいぜい人魔に嫌がらせをするくらいの力しかないはずなんだ。それが大物の暗殺ってなると……どんな手段を使ったのか不思議で仕方ないね」
ティンテは触手の一本をアゴにあてがって考え込むポーズを取った。
「人戻会」が陰湿ながらも比較的無害な団体であるとの説明はシャルフからも聞いており、そのことはどうやら人魔の共通認識であるようだ。
「しかし被害者団体ってなるとなかなか厄介な相手だな。純然たる悪とも言いづらいし」
「そうでもないよ。自分から人魔にケンカを売って、反撃されたことを『被害』と言い募る者もいるみたいだから」
「ええ……当たり屋じゃねえか……」
まあ、考えてみれば俺がいた元の世界でも似たような連中はいたか……どこの世界にもクレーマーみたいな奴はいるもんだな。
「他にも、被害に遭ったことない人を誑かして人魔排斥の道に引きずり込んだりしてるみたいだねえ。わたしの配下の子も、会員に難癖つけられたことあるって嘆いてたなあ」
「皆さん似たような認識をお持ちですのね。植物族もあの方たちだけはどうも苦手で……」
三人の呆れた口調からも『人戻会』がとにかくハタ迷惑な団体であることは伝わってくる。あの爆弾ジジイの様子から察するに、タチの悪いカルト宗教みたいなものなのかもしれない。
「とりあえず……人戻会に殴り込みに行くかい?」
「まあ野蛮ですこと。証拠も無しに迫ったらこちらが加害者扱いされてしまいますわ」
「ふん。冗談で言ってみただけだよ。本気にしなくても……」
触手が焦れたようにうごめいているのを見る限り、ティンテの発言はまんざらジョークでもなかったようだが……気高いキャラに見えて意外と好戦的なんだよなこの子。
「まずはドライエード様暗殺の証拠を掴まなければいけませんわね。おそらくあのお爺さんとは別の方が実行犯なのでしょうが……」
「しかし迂闊に動くのもためらわれるな。地下通路のこととか、俺たちの素性とか掴まれてたし、どこまでこっちの動きが把握されてるのか……」
「少なくともシャルフちゃんはマークされてるだろうしねえ」
「それを言うならここの居所も危ないんじゃないかい?」
「そこは大丈夫ですわ。この住処はドライエード様とわたくししか知らない場所ですから。地下通路は植物族の重臣や工作員も知っていたので、誰かが捕まって拷問のすえ吐かされたのでしょうね」
そら恐ろしいことをサラッとこぼすシャルフ。一度激しく泣いた時を除けばずっと冷静な彼女には、どうも重い過去がありそうだ。
気にならないと言えば嘘だが、本人にストレートに訊くのもためらわられるし……
「ところでシャルフはドライエード様とどうして懇意なんだい? 失礼だけれど、こんな辺鄙な場所に貴族が住んでいるとは思えないし」
「アンゴ様やエーゲル様はお気づきかと思いますが、わたくし身分は植物族の特殊工作員ですの。貴族に憧れがあるのでこんな口調ですが、ご指摘のとおり卑しい生まれでございます」
「そ、そんな卑下しなくても……」
シャルフと相性の悪いティンテも、へりくだった態度を取られるとさすがにバツが悪そうだ。目を伏せたシャルフの顔を覗き込むように首を曲げている。
「卑しいとか卑しくないとかあるの? 植物族はみんなお花から生まれるって聞いたんだけどねえ」
「もちろんです。『人実』……人魔の生まれそうな実のついた花は大抵誰かが世話をするのですが、わたくしの宿っていたサボテンの花は森に打ち捨てられておりました」
「ひどい話だね。まるで捨て子じゃないか」
「仕方ありませんわ。サボテンですもの」
「なんでサボテンってだけでそんな酷い扱いを……俺の元いた世界だと観葉植物として結構人気なんだけどな」
「うふふ、冗談でも嬉しいお言葉ですわ」
寂しそうに微笑むシャルフ。彼女が笑みを絶やさないのは「そうしたい」からではなく「そうせざるを得なかった」のだろう。
どれだけ辛くても笑っていなければ、人はますます離れてゆく。同情するのも失礼かもしれないが、率直な感想としては悲しい処世術に思えた。
「でもドライエード様が拾ってくれたんだよね?」
「ええ。あの方はわたくしを魔物から人魔に引き上げてくださりました。ドライエード様はわたくしの母親同然なのです。植物族は生みの親という概念がありませんから、なおさら」
「そういや植物族ってどうやって子どもができるんだ? 人間とはかなり仕組みが違いそうだが……」
「まあ!」
シャルフは目を見開いて俺を見つめた。なぜだかほんのり顔が赤くなっている。
「アンゴ様、いけませんわそんな……」
「おいおいアンゴ、キミはなかなか肝のすわった変態だね」
「アンゴくんがスケベなのは知ってたけど、ここまでなんてビックリしたなあ……」
一同ドン引きの様子である。そんな聞いちゃダメなやつだったのか今の。
「違う違う! ただの好奇心で! 俺は生物学的な興味でな……」
「いえいえ。アンゴ様も男性ですから、そういう日もありますよね」
「欲求不満というのも大変なものだね……」
「やめろ! 変に納得するんじゃない!」
あらぬ誤解を受けてしまったようだ……しかし隠されると余計に気になるな、植物族の生殖。俺はスケベではないが……




