③―11 血飛沫に舞う花 その11
「み、見逃してくれえ!」
シャルフの容赦ない手管により野盗は全滅したかと思ったが、どうやら一人だけ生き残っていたようだ。腰を抜かしているのか、四つん這いになったままシャルフから逃げようとしている。
シャルフは血の水溜まりを悠然と歩き、生き残った野盗の前に立ちはだかった。
「ひ、ひいぃ……!」
「そんなに怖がらなくて構いませんよ。いくつか質問に答えていただければ、助けて差し上げますから」
「何でも答える! 答えるから勘弁してくれえ!」
「ではまず……貴方たちは誰に雇われたのですか?」
「『ゼンゼマン』ってジイさんだ……! アンタらも地下で会ったろう!」
「あのお爺さんの目的は?」
「知るかよ! 俺たちは金が欲しかっただけで……ギャッ!」
シャルフが野盗の顔を撫でた瞬間、鋭利な針が男の耳を貫いた。野盗は息を荒くしながら痛みに悶えている。
「ピアス、よくお似合いですよ♪ もう一本をご所望ですか?」
「話す! 話すからやめてくれ!」
「知っていることはぜーんぶ教えてくださいね。わたくしたち、あのお爺さんにはずいぶんお世話になりましたから」
「く、詳しいことは本当に知らねんだ! 『人戻会』のジジイってことは知ってるが、アンタらを追い込んだ理由は知らねえ!」
「なぜわたくしたちがこちらの穴から出てくると知っていたのでしょう? そもそも隠し通路があること自体、知られていたのが不思議なのですが」
「逆側の出口にも俺たちみてえなゴロツキが構えてるはずだ! なあ、もういいだろ! 血が、血が止まんねえんだよ!」
「そのくらいでは死にませんからご心配なく。お仲間はもっと派手な噴水を見せてくださったでしょう?」
恐怖のあまりガタガタと震え出す野盗。なんだか敵の方が気の毒に思えてきた。シャルフは血のプールをパシャパシャと踏んで遊んでいるし、これじゃどっちが悪党だかわからない。
「ドライエード様の暗殺は誰が行ったのですか?」
「し、知らねえ! 俺たちはただ、この穴から人魔と恐ろしい男が出てきたら殺せって言われただけで……ぐぁっ!」
今度は男の右耳に派手な「ピアス」が二本もぶっ刺さった。ひゅー、ひゅー、と男の荒い息遣いが少し離れた俺にまでよく聞こえてくる。
本当に死なねえのかなアレ……結構な量の血が溢れてるぞ。
「次は3本いきましょうね♪ 耳がいいですか? それとも鼻? 舌なんかもオシャレでわたくし好みですが……」
「ドライエードをやったのはあの爺さんの仲間だって噂で聞いた! これ以上は何も知らねえ! 俺たちみてえなチンピラが重要なこと知ってるわけねえだろ!」
「それもそうですね。ご苦労様でした、では……」
シャルフが道を譲ると、野盗は這っているのか転んでいるのかわからないほど不格好な姿勢で走り出そうとした。
しかしそこで素早く足を引っ掛けるのがシャルフ。ただでさえ覚束ない足取りを邪魔された野盗は、顔から地面に突っ込んでいった。倒れた姿勢のまま首だけをシャルフに向け、涙目を見せる。
「な、なんで……見逃してくれるって……」
「『助ける』とは言いましたが『見逃す』とは言ってません。貴方は正直な方ですから、他の方と違って苦しまずに逝かせてあげますね」
「や、やめ……許し……」
命乞いなど聞こえていないかのように、シャルフは鋭利な長い針を野盗の鼻の穴に突き刺した。あの長さならおそらく脳に達しているだろう。想像するとこちらの心臓までギュッと苦しくなる。
「ふぅ……ご無事ですか、アンゴ様」
「身体は無事だがメンタルが無事じゃないな……」
「お粗末様でした。余裕が無かったもので、優雅でない点はご容赦ください」
うふふふ、と穏やかに笑うシャルフを見て彼女だけは怒らせないようにしようと胸に誓った。
「ところでシャルフ、お前絶対ヘチマじゃないよな? もっと別の植物か……あるいは棘皮動物とか」
「ちゃんと植物ですよお。可愛らしいお花が咲くあの植物です。ちょっとトゲトゲしてますけど」
「サボテン、か?」
シャルフは答えるでもなく静かに微笑んだ。肯定のサインと受け取った方が良さそうだ。
サボテン。全身に針を身につける多肉植物。日本では「仙人掌」や「覇王樹」とも呼ばれているが、植物らしからぬ強そうなイメージによるものだろう。
まさか実際にサボテン人間の戦闘力が高いとは思ってみなかったが……
「長時間地下にいたのにへこたれてないのはサボテンだからか?」
「おっしゃる通りでございます。貯水性、耐乾性ともに折り紙つきですわ」
「ふぅん……便利なもんだな」
「そう、ですかね……」
何気なく口をついて出た言葉だったが、シャルフは思いのほか複雑な表情をしていた。サボテンの人魔であることを隠していたし、何か思うところがあるのだろうか。
「……それにしても疑って悪かったな、シャルフ。お前はやっぱり敵じゃなかったのに」
「こちらこそ、隠していてごめんなさい。初めからお二人を信用していた方が良かったのかもしれませんわ」
「そこはお互い様だ。シャルフはどんな手段を使ってもドライエード様暗殺の犯人を捕まえたかったんだろ? だから正体を偽って怪しい俺たちに近づいたわけだ」
「結果的に犯人は『人戻会』であるとわかりましたので、無用な疑いでしたが……」
申し訳なさそうに眉根をひそめるシャルフ。俺は別に怒ってもいないので、平身低頭で謝られると恐縮してしまう。
「シャルフはドライエード様の部下だったのか? さっきの雇われ盗賊にも容赦なかったし、思い入れは強そうに見えるが……」
「部下、というより娘のようなものですわ。わたくしはあの方に育てていただいたも同然なのです」
「そうか……そりゃドライエード様が襲撃されたって聞いてショックだったよな……」
「いえいえ。命あるものいつか滅びますから。それに、あの方なら生きておられると、わたくし信じております」
「シャルフ、余計なことを言ってもいいか?」
「なんでしょう?」
「つらい時は泣いたっていいんだぞ」
キョトンとした表情で俺の顔を見つめるシャルフ。そのまま彼女の目をじっと眺めていると、やがて彼女は静かに膝をついた。
そして。
「うっ、うう……うあああああああ!」
出会ってからほとんどずっと余裕の笑みを浮かべていたシャルフ。それとは同一人物のものとは思えないほど激しい慟哭だった。
泣き、喚き、嗚咽し続ける彼女の肩をそっと抱いてやると、声のボリュームが少しだけ収まった。
「アンゴ様……怖くないんですの? わたくしに近づくとトゲが……」
「刺さるかもな。でもそんな痛みは、シャルフの抱えてるものに比べりゃ些細なもんだろ」
「アンゴ様……」
それからシャルフは、エーゲルが目を覚ますまでずっと泣き続けた。そばにいることしかできない俺だったが、だからこそ、そばにいなきゃダメだと強く感じたものだった。
なお、後から目覚めたエーゲルの第一声が「痴話ゲンカ? 痴話ゲンカなのかな?」だったせいで良い雰囲気もぶち壊しになったが……
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