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③―10 血飛沫に舞う花 その10

 全身が焼けるように痛い。頭もガンガン響いて血やらヘドやら色々吐きそうだ。自分の叫び声が耳に痛いが、叫ばないと正気を保っていられない。


「あああぁぐああぐぎぎぎぎあああああ!」


「アンゴ様! アンゴ様しっかりしてください!」


「痛えええええ死ぬうううう!」


「どうしましょ、どうしましょう……」


 ひたすら狼狽えるシャルフ。その声を捉えられる程度には意識が戻ってきたが、それでも転げ回らないと気が狂いそうだった。


「アンゴ様……いま、楽にして差し上げますからね」


「痛ええええええ! ……え?」


 痛みに朦朧とする意識の中、シャルフの手に鋭い針が握られているのがぼんやり見えた。


 針? 待て待て待て、コイツ。もしかして、俺を安楽死させようとしてるのか?


「痛ええええ! けどちょっと収まってきた! 多少は! 死ぬほどではない!」


「あら、そうでしたか……」


 少し残念そうな顔のシャルフ。死に直結する恐怖のお陰か、かえって俺の痛みもだいぶ収まってきた。静かに針を胸元にしまうシャルフの姿が視界の端に映る。とんでもないサイコパスだなコイツ……





 それから10分ほど経って、ようやく一箇所に座っていられるぐらいには痛みが収まってきた。しかしとんでもない苦痛だったな。できればもう二度と経験したくない。


 試しにエーゲルの血を少量もらった時は筋肉痛が起きたくらいでここまでひどくならなかったのだが、あの時は重い岩(100kgぐらいか?)を持ち上げるのがやっとだったしな。

 今回みたいな緊急時に使うなら相応の代償は伴うわけか。エーゲルはまだ目を覚まさないし、つくづく使い勝手の悪い能力だ。


「落ち着かれましたか、アンゴ様」


「なんとかな。一時は死ぬかと思ったし、寿命が縮むわコレ」


「あらあら、大変でしたわね……」


 死を覚悟したのはシャルフのせいでもあるのだが、当人はその自覚はなさそうだ。なんかニコニコとしているし、本当に悪気なかったんだな、アレ……


「ありがとうございますアンゴ様。お陰様で助かりました」


「あのままだとみんな道連れだったしな。シャルフだけ見捨てる選択肢なんてなかったし、成り行きってことで」


「それでも、お礼を言わせてください。私だけ何のお役にも立てませんでしたから」


「気にすんなって。今度助けてくれればそれでチャラにしようぜ」


「アンゴ様……」


 シャルフの瞳が潤む。会ってからずっと胡散くさい表情の彼女だったが、この涙だけはなんとなく本物のように思えた。


 それはそうと、大事なことを忘れてるような……


「そうだ! あの爆弾ジジイは!?」


 座ったまま辺りを見回すが、俺たち以外の姿は無い。さっき無理やりこじ開けた穴も、今では崩れて塞がっている。


「わかりません……地下通路はすっかり塞がれてしまいましたから、一緒に埋もれたのではないでしょうか。普通に考えれば、ですが」


「明らかに普通じゃなかったもんな、あのジジイ……」


 あの老人が爆弾のスイッチを押した瞬間のおぞましい笑みを思い出すと、背中に嫌な寒気が襲ってきた。どれだけの悪意があれば、あれほど汚れきった笑顔を浮かべることができるのだろう。


 自分が被害に巻き込まれた恐怖もあるが、それ以上にヤツの抱えていた理外の狂気に身の毛がよだつ。


 あの老人は何の目的があって俺たちを閉じ込め、あまつさえ生き埋めにしようとしたのか。

 己の身を守るために理解すべきなのだろうが、なぜか考えることすら恐ろしくなってくる。触れてはいけない世界、というか……


 ただ、俺の予想が正しければ、あの老人や奴の背後にいる組織とはまたぶつかることになるだろう。


「なあシャルフ、あのジジイってやっぱ……」


「ええ、十中八九ドライエード様の暗殺に関わっているでしょうね。厄介な組織が暗躍しているようです」


「組織って?」


「『人戻会』ですわ。強烈な人魔排斥団体ですの。今までニワナに踏み込んでくることは無かったですし、そもそも規模も小さいはずなので注視だけに留めていたのですが……」


「そう……かっ?」


 ぐるん、と視界がひっくり返る。いや、ひっくり返ったのは俺の身体か。朝焼けで白み始めた空が見える。そういや長いことメシ食ってねえなあ……


「大丈夫ですかアンゴ様!?」


「あー、心配すんな。腹減ってるせいかもしれん」


「あらあら……空腹はいけませんわね、身体にも心にも障りますわ」


 シャルフが俺の顔を覗き込みながら微笑む。気のせいか、その笑みは地下通路に入る前より柔らかく見えた。


「まあ、ジジイはどっか行ったし、ひとまず急場は凌いだかね」


「いえ、そうでもありません」


「へえっ?」


 俺が頓狂な声を上げると同時に、粗末な服装の男たちが近くの林からゾロゾロと現れた。どいつこいつも嫌味な顔つきをしているが、それ以上に最悪なのが、全員刀を携えていることだ。

 一、二、三、ざっと十人はいるだろうか。暴漢風の男たちは大股で近づいてくると、あっという間に俺たち三人を囲った。


「野盗……ではなさそうですね」


「勘がいいねえ、植物族の嬢ちゃん。俺たちは雇われの兵隊さ」


「誰に雇われたのでしょう。わたくし気になって夜も眠れませんわ」


「知る必要はねえさ。どうせお前らはここで死ぬんだからよお!」


 野盗の下っ端と思しき男は、挨拶もそこそこに刀を抜く。どうもせっかちな性格らしい。その切っ先をシャルフに向けると、すぐに切り込んできた。


「危ないシャルフ!」


 シャルフを庇うためどうにか起き上がろうとするが、指一本すら動かない。かろうじて叫ぶことだけはできたが、この場においてはまったく無意味な発声だった。

 危ないことなんて彼女自身が一番わかってるだろう。まずい、ヘチマの人魔なんて絶対戦闘力ないだろうし……


「オラァ!」


 振り下ろされた刀はまっすぐシャルフの頭に……は届かなかった。


 彼女は紙一重のところでひらりと身をかわすと、横から野盗に抱きついた。


「なんだあ嬢ちゃん、媚びてもムダ……ぐあぁっ!?」


 突如野盗の身体から赤い血が噴き出す。まるでシャワーのような血しぶきだ。

 それを全身に浴びたシャルフは、凄惨な笑みを浮かべていた。彼女の薄緑色の肌が真っ赤に染まり、絵画のごとき異様な美しさを放っている。


「野郎……! 全員でかかれ!」 


 リーダーの号令とともに野盗たちが一斉に飛びかかってくる。


 シャルフは襲い来る野盗の隙間を縫ったかと思うと、彼らの間を一周してはひらりと舞い戻った。


 途端に噴き出す血、血、血。地面が真っ赤に染まると同時に野盗たちの絶叫が辺りに鳴り響いた。


 ……目の前の光景に頭が追いつかない。ヘチマって太い実がなるあの植物だよな。いくらなんでも強すぎないか?


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