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③―9 血飛沫に舞う花 その9

 目の前の老人は俺の言葉を受けて一瞬真顔になったが、また穏やかな表情を取り戻してカラカラと笑った。


「いやあ、一本取られましたな」


 参った参った、と額を叩きながら笑い続ける老人。その大げさな仕草が妙に癪に障る。言葉では誉められているはずなのにどこか馬鹿にされているような、気味の悪い違和感がある。


「お察しのとおり私は貴方の素性を知っております。実のところ、私どもの活動を手助けいただきたいのですよ」


「誰が閉じ込めてきた奴に協力するかよ」


「まあまあそう逸らずに。この薄汚い地下からは脱出したいでしょう?」


「それはそうだが……」


「ではこうしましょう。貴方に協力は求めません。ただ外に出ていただければ結構です。如何ですかな?」


「なんでそこまでして俺を外に出したいんだ?」


 老人はニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべるだけで答えない。食えないジジイだ。俺の能力の都合上、のらりくらり躱してくる相手はやりづらいのだが……

 まさかそこまで見越してふざけた態度を取ってやがるのか。


「答える気はない、か。じゃあ質問を変えよう」


「何なりと」


「どうしてエーゲルとシャルフを外に出したくないんだ?」


 ようやく老人の眉根がピクリと動いた。やはりここが「肝」か。


 さっきから老人は俺だけを見つめて話しているのだ。それも不自然なくらいに。寝ているエーゲルやシャルフの方には一瞥もくれない。まるで視界に入れることすら不愉快であるかのように、だ。


「先ほども説明いたしましたでしょう。我々の居所は人魔には知られたくないのです」


「その理由を聞いてんだよ。俺が知る限り、人魔ってのは悪い連中じゃない。なんでそこまで毛嫌いするんだ?」


「他所様にはわからないでしょうねえ、この世界の事情は」


 呆れたようにため息をつく老人、その態度で確信した。このジジイは俺のことを明らかに見下している。


「では、貴方様の聡明さを評して直接的にご提案しましょう。人魔を見捨てて助かるか、人魔とともに地下で干からびるか。二つに一つですぞ」


 老人は一歩あゆみ出てくると、ギラついた目で俺の鼻先を睨んだ。こっちがコイツの本性か。


「舐めくさりやがって……」


 ようやく俺の心にもエンジンがかかってきた。煮えたぎるような怒りが脾臓の奥から湧き出してくる。俺を閉じ込めようってんならお前も道連れにしてやるからな……!


「くっ……これは強烈」


 俺のスキルをモロに食らった老人は、ぐらつきながらも壁を支えにして倒れないよう姿勢を保持した。狭い空間が幸いしたか。すぐにその余裕を潰してやるからな、クソがよ……!


「俺たちを全員外に出すか、俺たちと一緒に心中するか! 二つに一つだ!」


 俺の叫び声が地下空間にこだまするとともに、老人の身体が静かに崩れ落ちた。やっと気絶しやがったか。よし、コイツを縛り上げて……


「な、なんだよ……!」


 倒れた老人の表情を見た俺は、思わず後ずさってしまった。

 なんだ、コイツ……なんでこの状況で、まだ笑ってやがるんだ……! それも、背筋が凍りつくような不気味な笑みだ。この世の悪意を凝縮したかのような、底意地の悪い表情。人間にこんな醜悪な顔ができるのか、と驚かずにはいられない。


「わ、笑うな! 頭おかしいのか!?」


「いやいや、私はいたって正常ですぞ。勘定をしていただけです。私一人の命で吸血鬼の女王と『凶針』を討ち取れるなら安いものです」


 何を言ってやがるんだコイツ……吸血鬼はエーゲルのことだとして、「キョーシン」? シャルフのこと、だよな?


「アンゴくん、この人は……?」


「味方……ではなさそうですわね」


 声だけとはいえ老人とやり合っていたからか、ついにエーゲルとシャルフも起き出した。場の空気ですぐにわかったのだろう、二人とも臨戦態勢で構えている。


「ふぅむ……潮時、ですな」


 敵に囲まれたこの状況で、老人はなおも笑みを崩さない。横たわった姿勢のまま懐にゴソゴソと手をやったかと思えば、にわかに動きが止まった。


「ではまた。地獄でお会いしましょう」


 老人が再び歪んだ笑みを浮かべた瞬間、地下中に轟音が鳴り響いた。それと同時に地面が揺れ、視界すらも歪む。


 地震!? いや、爆発音か!?


 天井からバラバラと砂が落ちてくる。どこからともなく地響きも聞こえてくる。地下において最も警戒すべき事情が今まさに起こっているようだ。


「危ない、崩れますわ!」


「エーゲル、やるぞ!」


「うん!」


 エーゲルは即座に俺に抱きつくと、首筋に思い切り牙を立てた。

 瞬間、身体中が沸騰したかのうよに熱くなってくる。濃いエナジーが全身を駆け巡る。頭で火花が散っている気分だ。それでいて、思考は静かに冴えている。


 いける。今なら何だってやれる。


 エーゲルを背中に、シャルフを左肩に抱え、俺は天井を睨んだ。入ってきた穴は崩れかかっており、このままだと俺たちは下敷きだ。

 などと考えている間に、コンクリートの塊が頭の上まで迫っていた。こんなもんまともに食らった死んじまう。


 だが、今の俺なら。


「うおおらああああ!!」


 岩壁のごとき破片に思い切り掌底突きを食らわせると、まるで豆腐のように破片は砕け散った。正直ちょっと手のひらは痛かったが、これなら十分いける。


「エーゲル! シャルフ! しっかり掴まってろよ!」


 両の太ももに思い切り力を込めると、筋肉がバネのごとくギリギリと軋んだ。そして溜めた勢いを一気に解き放つ!


 右手を天高く挙げたままジャンプすると、たやすくマンホールの蓋まで拳が届き、そのまま外へと飛び出すことができた。

 素晴らしいパワーだ。やっとチートっぽい活躍ができたのも妙に達成感があった。


「うおおお! ざまあみろ生きてんぞ俺ら!」


「夢のようですわ……アンゴ様、素晴らしい膂力をお持ちですのね」


「いや、実際はエーゲルの力なんだけどな……」


「当のエーゲル様はお眠りのようですが……」


「これな、めちゃくちゃ消耗するらしいんだ。なんせエーゲルのパワーを丸ごと借りてるわけだし」


 そう。俺が突然凄まじいパワーを発揮できたのは牙越しにエーゲルの力が注がれたからなのである。

 これが「眷属召喚(けんぞくしょうかん)」に継ぐエーゲルの第二の能力「隷属創成(れいぞくそうせい)」なのである。


 「『吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる』なんて俗説があるけど、あれは半分正解で半分間違いなんだよねえ。噛むだけじゃなくてわたしの血を送り込まないと、吸血鬼にはなれないよお」


 なんて話をエーゲルから聞いたことを思い出す。ちなみに力を借りられるのは一時的で、本当に俺が吸血鬼になるわけでもないらしい。


 もちろんノーリスクで超人的な力を得られるわけもなく、それなりの代償もあるわけだが……


「あ゛あぁああ! 身体が! 身体が痛ええええ!」


「アンゴ様!?」



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