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③―6 血飛沫に舞う花 その6

 翌日、街へ向かう準備を済ませた俺たちは小屋を出ようとしていた。

 触手を縮めて小さくなるティンテには同情はするが、適材適所というやつなので仕方ない。


「では行ってまいりますね。ティンテ様、お留守番よろしくお願いいたします」


「早く行ってくれ……待つのもつらいんだ」


「代わろうかティンテちゃん? わたし、引きこもるの得意だし」


「キミは行きなさい」


「だよねえ……」


 名残惜しそうなエーゲルの背中を、ティンテの触手がぐいぐい押していく。続いてシャルフも小屋から出ていく。


 二人の背中を見送ったティンテは俺に近づき、そっと耳打ちをした。


「シャルフのことは信用しない方がいいよ、あの女は我々に何か隠してるから。感情論で言ってるわけじゃないってアンゴならわかってくれるだろう?」


「ああ、いざとなれば『裏技』を使って何とかするよ。そうならないことを祈るが」


「エーゲルのことも頼んだよ。これは私の気持ちだけど……」


「もちろんだ。ティンテも街の外で怪しいものが無いか探ってみてくれ」


 思えばティンテと出会ってから、彼女と離れ離れになるのは初めてだ。精神的にも頼りになる彼女が近くにいないのは不安だったが、俺は俺でやれることをやるしかない。


 ハズレスキルとはいえ役に立てることはあるはずだ。色々試してみたいこともあるしな。ティンテの触手じゃない方の手とハイタッチを交わし、シャルフの小屋を出る。

 外ではよくしゃべるシャルフとそれにビビって縮こまるエーゲルが待っていた。熟練の引きこもりだけあって、やっぱ人見知りなんだよなあ……


「あらアンゴ様、睦言はもう結構ですの?」


「そんな関係じゃねえよ」


「そう思っておられるのはアンゴ様だけでは?」


「意味深なこと言うなよ。こっちは筋金入りの非モテなんだから勘違いするぞ」


「うふふ、初々しくて愛らしいですわあ。引っかき回してやりたくなります」


「静観するのが一番楽しいんだけどねえ」


 シャルフとエーゲルに謎のイジりを受けながら森の中を進む。朝の陽光がところどころに射し込んでおり、穏やかな朝だ。

 街はきっと騒ぎが収まっていないだろうから、気を引き締めないといけないのだが……


「ところで俺はどうやって門を突破すればいいんだ? フードを被ってたらまた止められると思うんだが」


「門を通るだけが街への入り方ではありませんわ。わたくし、色々な抜け道を存じておりますの」


「シャルフちゃんはすごいんだねえ。普段もよく街に行くの?」


 疑う素振りのない純粋な好奇心でエーゲルはシャルフの顔を見上げた。


「秘密ですわ。女には隠し事が付き物ですから」


 小柄なエーゲルの頭を撫でながらシャルフは微笑む。


 ティンテの言うとおりやっぱり怪しいのは怪しいんだよな。ただ、だからこそ俺はなんとなくシャルフを疑えないでいる。


 彼女は怪しまれるのを承知のうえで俺たちの前に姿を見せたのではないか、とさえ思えるのだ。

 あえて見知った街の人ではなく俺たちを頼ったのも、シャルフなりの切実な動機があったのではないか。

 ちなみに決して彼女が美人で色っぽいから肩を持っているとかではない。そういう気持ちもゼロではないが、そこは根幹ではなくてだな……


「着きましたわよ。さあ、参りましょう」


 誰に言い訳するでもなくゴチャゴチャ考えていたところ、シャルフの声でハッと正気に戻った。

 彼女が指しているのは……地面?


「着いたって……? まさか『ここが貴様らの墓場だ』ってこと!?」


「うふふ、エーゲル様は想像力が豊かで可愛らしいですわね。でも現実はもっと退屈なものですわ」


「隠し通路か……」


 シャルフが地面に敷かれていたシーツを剥がすと、そこにはマンホールのような蓋が拵えられていた。この穴から入って街へ潜入するわけか。それにしても……


「シャルフ、お前はいったい何者なんだ?」


「気になりますか? もっと深くお知り合いになれば答えることもできますが……」


 甘えるように擦り寄ってくるシャルフ。媚びた態度になんとなく違和感を覚え、俺は思わず彼女から距離を取ってしまう。


「あら、つれないお方ですこと」


「あのさ……シャルフ、無理してないか?」


「どういう意味でしょう?」


「いや……別にいいんだ。とりあえず穴に入ろうぜ」


 マンホールの蓋を外すと、金属のハシゴが壁にくっついていた。この辺りは元の世界のマンホールと同じなんだな。


 シャルフを先頭に、俺たちは暗い穴を降りていく。下の方に明かりはうっすらと見えるが、目が慣れないと危ないなこれ……


「エーゲル、ちゃんと降りれそうか?」


「大丈夫だよう。吸血鬼は暗いとこ好きだからねえ」


 上からエーゲルの楽しそうな声が聞こえる。彼女からすれば外よりこういう暗闇の方が落ち着くのかもしれない。むしろエーゲルに先に降りてもらった方が安心だったかもな。


 ハシゴをおそるおそる降りていくうち、ようやく地下通路へとたどり着いた。壁にかけられた弱々しい電灯がかろうじて通路を照らしている。


「皆様ご無事ですね。むさくるしい場所で恐縮ですから、早く街まで参りましょう」


「そう? わたしは結構好きだけどねえ」


「そりゃエーゲルだけだろ。しかしこんな狭い道だとティンテは通れないだろうな……」


 俺たちが降りたった場所は広場になっていたが、その先の通路は人が一人かうろじて通れるくらいの幅で、一列に並ばないと前に進むこともできないほどだった。

 俺の頭がぶつかりそうなほど天井も低く、通行するだけの用途しか果たせないような道だ。


「5分も歩けば街へは出られますわ。それまではご辛抱くださいませ」


「わかった。酸素も薄そうだし早く出たいもんだな」


「いいなあこれ……ウチの屋敷にも作ろうかなあ……」


 エーゲルは機嫌よく壁をペタペタと触っているが、吸血鬼の感性というのはよくわからない。吸血鬼と言えば棺桶とかで寝てるイメージだったが、あれもあながち偏見でもないのかもな……


「ちなみにこの通路は街のどこへ繋がってるんだ?」


「裏路地ですわ。人に見られてはまずいので、出る時も慎重に出なければなりませんの」


「ふーん。ここまでコソコソしてるとなんか悪いことしてるみたいただな」


「悪いことをしていなくとも隠れねばならないこともありますわ。人生とはそういうものです」


 どこか諦めたような口調でシャルフはそう呟いた。のんきな性格を自称している割には、妙に世間擦れしてるんだよなこの人……

 何か尋ねたところでまたはぐらかされるだけだろうし、詳しく訊く気つもりはないが。





 トンネルをしばらく進むと、ようやく開けた場所に行き着いた。ここからまた上に上がれるのか? 息も詰まってきていたので早く外に出たいものだ。


「この上が出口でいいんだよな、シャルフ」


「ええ。お疲れ様でござい……」


 シャルフが振り向いた途端、ゴォン! とにぶい音が天井から聞こえてきて、俺たちの立つ床まで少し揺れた。


 なんだろう……妙に嫌な予感がする。


 血相を変えたシャルフが大急ぎでハシゴを駆け登る。


 シャルフの登った先を見つめるが、上からはガン、ガン、とにぶい音が聞こえてくるだけで、一向に陽が差し込まない。


「どうしたシャルフ! 大丈夫か!?」


「まずいです……これはまずいですわ」


「おい、まさか……」


「蓋が開きませんの……閉じ込められましたわ」

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