③―5 血飛沫に舞う花 その5
「ようこそ皆様。こちらがわたくしのお家ですわ」
シャルフが手のひらで示した先には、異様な存在感を放つメルヘンな小屋が建っていた。外壁からドア、屋根にいたるまでピンクと白で塗りこめられており、真緑の森の中だと余計にケバケバしい。童話の世界に紛れ込んだような気分だ。
「ずいぶんといい趣味をしてるね」
「でしょう? 自分で言うのも何ですが、わたくしデザインには自信がありますの」
ティンテの引きつった口元を見る限り彼女は皮肉で言ったつもりなんだろうが、シャルフには全然通じていない様子だ。それか、皮肉だとわかったうえで軽く受け流しているのか。今まで話している印象ではしたたかなタイプっぽいしな。
シャルフに招かれて中に入ると、外観と同様メルヘンな世界が広がっていた。洋風の家具類にヒラヒラしたレースのカバーがかけられており、幼女の遊ぶミニチュアハウスをそのまま大きくしたようなインテリアだ。
調和が取れている、という意味では確かにデザインセンスも良いのだろうが、ちょっと少女趣味すぎるような。
それにしても、この異世界でフランス風の家具類とかどうやって手に入れたんだろうな……日本からの転生者がもたらした文化とは思えないので、この世界で洋風な意匠が独自に発展したのかもしれない。
まあ、「スキュラ」のようなカタカナ語が普及してる時点で純和風な世界でもないんだろうが……近代日本にファンタジー文化が入り交じったような、独特の文化圏として発達してるわけか。
「紅茶、苦手な方はいらっしゃいませんか?」
「わたしは好きだよう。りんごの紅茶とかいいよねえ」
「さすが吸血鬼様、お洒落な趣味をしておられます」
「えへへ」
シャルフがティーポットの底を直火にかける。ポットの複雑な柄といい、細部まで洋風なんだよなあ。こういうの「ロココ調」とかって言うんだっけ?
数分後、陶器でできたティーカップに紅茶が注がれた。フレーバーティーというやつだろうか。華やかで甘い香りが鼻をくすぐり、心までほぐされていくような気分だ。
クッキーまで用意されており、まさに至れり尽くせり。この世界で洋菓子が食べられるとは思っていなかったので、なんだか妙に嬉しくもなる。
「いただきまーす」
真っ先に手をつけたエーゲルに引き続き、俺も紅茶を一口いただいてみた。香りから予想していた甘ったるい味ではなく、適度で優しい甘味が疲れた身体に染み渡る。
ホッとした顔のエーゲルと俺を見て、シャルフも柔らかく微笑んでいた。
ただ一人、ティンテだけは紅茶にもクッキーにも手をつけずじっと机を睨んでいる。
「ティンテ、飲まなくていいのか?」
「そりゃあね。エーゲルはともかく、アンゴまで不用心すぎないかい?」
「言いたいことはわかるけど、シャルフは俺たちを害する気は無いんじゃねえか? さっきだって不意打ちもできただろうしな。俺たちの中に毒を判定できるスキルを持ってる人間がいたらシャルフは不利になるし、そんなリスクを犯すかね」
「しかし……」
「それに、仮だけど協力関係になったんだ。こっちから歩み寄るのも大事だろ」
「わたしは美味しそうだから飲みたいなって!」
「うん……エーゲルはちょっと黙っててくれないか」
「なんでー? 直感も大事だよう」
「またキミはそういう……」
空気を読まないエーゲルのお陰で、ティンテの眉間の皺も少し緩んだような気がした。ティンテの真面目なところは嫌いじゃないが、もう少し柔軟に生きた方が本人的には楽なんじゃないだろうか。
「うふふ。やはり面白い殿方ですね、アンゴ様は」
シャルフが静かに左手を上げ、俺の手に重ねてくる。驚いて思わず手を引っ込めてしまったが、彼女は別に気分を害した風でもない。
「毒なんて無粋なものは入れておりませんから、ティンテ様もどうぞお召し上がりください」
「そこまで言うなら……」
ティンテは触手じゃない手でおそるおそるティーカップを持ち上げると、ゆっくりと口をつけた。そんな彼女を様子をシャルフはニヤニヤしながら眺めている。
「飲みました? 飲みましたね? うふふ、残念でした」
「な!? やっぱり毒が!?」
「いいえ、これを飲んだからにはわたくしたちはお友達だと言いたかっただけです。仲良くしましょうねえ」
「いちいち紛らわしい……!」
「うふふふふ」
ティンテが手玉に取られている……頭脳の問題というより、たぶん相性の問題なんだろうな、これ。
「それで、明日からの動きはどうするんだね。今日だって本来ならのんきにお茶してる場合じゃないんだが」
「まあまあ、『急いては事を仕損じる』ですわ。わたくしはドライエード様を信じております。事情はどうあれ、あの方はきっと生きておられますから」
「好きなんだねえ、ドライエード様のこと」
「もちろんです。あのお方にはずいぶんとお世話になりましたから」
そう言いながらも、シャルフは少し物憂げな顔でうつむいた。彼女の表情の真意はわからないが、なんとなくその陰りを晴らしてやらねばならないように思えた。
「とにかく街に潜入してみましょう。王城の者に聞き込みをすれば、有力な情報を得られるかも」
「俺もそれには賛成だ。放火魔なんかは現場に戻ってくるって言うしな。ただ、どうやって街に入るが問題だな……」
「それでしたらわたくしにお任せください。少し条件はございますが……」
「条件?」
「ティンテ様はお連れできませんわ。アンゴ様、エーゲル様のみご一緒しましょう」
「なっ!?」
ティンテは周囲の家具を蹴散らす勢いで立ち上がった。彼女の大きな触手からすればこの家は手狭で、避けきれなかったのだろう。
「なぜ私はダメなんだ!? やっぱり何か企んで……!」
興奮したティンテの触手が食器類をなぎ払う。慌ててエーゲルがカップとソーサーを受け止めるが、いくつか拾いきれず落ちて割れてしまった。
「それ。そういうところですわ」
「私の態度が悪かったなら謝るから、訳を説明してくれないか」
「いえ、態度とかではなく。貴女は大きすぎるのです、身体が」
「身体が……」
ティンテはしげしげと自分の身体(主に触手)を眺め回した。落ち着きすましたシャルフの態度を見る限り、意地悪で言っているわけではなさそうだ。
「どうにか街に入ることはできても、潜入には不向きでしょう。目立ちすぎるのですわ、ティンテ様は」
「いや、でも、私の戦闘力があれば曲者が出てきても……」
「せっかく犯人がわかっても、貴女の触手を警戒して隠れられたら意味が無いでしょう。強すぎるというのも困りものですわね」
「うぅ……アンゴぉ……」
「すまんティンテ、これはさすがにシャルフが一理あるわ」
結局、その晩は半ベソのティンテを慰めているうちに終わってしまった。明日の潜入任務は昼から始めるか、眠いし……




