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③―2 血飛沫に舞う花 その2

 宿で食事を済ませた俺たちは、それぞれ風呂に入った。もちろん男女別である。


 色々と和風なこの世界だが、江戸時代よろしく混浴とはいかなかったようだ。残念なような、ホッとしたような。


 そして、問題の寝床なのだが……


「おやすみアンゴ、エーゲル」


「おやすみぃー」


「……」


 まさか同じベッドに!? などとアホな期待をしていた俺だが、この世界にベッドなんてあるはずがなかった。畳の間によく似合う布団が三枚並べられて、殺風景な雑魚寝の様相だ。


 眠る時の並びは俺の隣にティンテ、その奥にエーゲル。ティンテの触手がゴツいぶん、エーゲルの距離がかなり離れて見える。


 男として見られてない、というか男と見られたうえで取るに足りない雑魚と思われてる節があるな。

 まあ、実際ティンテに夜這いを仕掛けたところで絞め殺されて終わるんだろうけど……


 うん……ちょっとドキッとした俺がただ考え足らずだっただけだな。今は心に落ち着きを取り戻し、ティンテに合うサイズの布団があるなんて驚きだなあ、などとくだらないことを考える余裕すらある。


 とりあえず眠ってしまおう。明日もかなり歩くだろうし、疲れは取っておいた方がいい。

 朝食はどんなだろうな。久しぶりに卵料理とか食べたいけど、近くに鶏小屋とかあったっけな……







 真夜中。身体の上に乗った妙な重みで目が覚めた。視界が暗くてぼんやりとしか見えない。人影……? 誰かが乗っかってきているのか?


 まさか、敵襲とかじゃ……!


「んぐっ……!?」


 叫ぼうと口を開いた瞬間、手のひらで塞がれてしまった。俺の上に乗る相手の顔が近づいてくる。


 見覚えのある、いたいけなその顔は……


「しーっ、ティンテちゃん起きちゃうでしょ」


 片手で俺の口を塞いだエーゲルは、空いた方の手指を自らの唇に当てていた。


 まさか自分が夜這いされる側だったとは……想定もしていなかったな。まあ、色気のある話じゃなくて俺の血を吸いたいだけなんだろうけど。


「明日も朝早いんだろ? 勘弁してくれ」


「ちょっとだけならいいでしょ……先っぽだけ、ね? 先っぽだけ」


「何の先っぽだよ」


「牙だよう」


「痛そうだからやだ」


 乗っかったエーゲルを無視して横向きになると、彼女は俺の身体から落っこちた。しかし諦める気はないらしく、つんつんと俺の方をつついてくる。


「痛くなかったらいいの?」


「まあな。あとは明日だるくならない量なら」


「優しいねえアンゴくんは。じゃあとびきり気持ちよくしてあげるね」


 気持ちよく、だって? エーゲルの真意を問おうとした瞬間、もう彼女の牙が俺の首筋に刺さっていた。


 チクリと注射のような痛み……痛み? いや、なんだこれ……身体から力が抜けて、ふわふわする感覚。全身がポカポカとあったまってきた。


 頭から足の先まで、くすぐったいような快感が走る。身体中を優しく撫でさすられているような……背中にもエーゲルの優しい体温を感じる。吸血鬼って、意外と柔らかくてあったかいんだな……


 甘い痺れが血管を伝って全身に伝播していく。頭がとろけて、ドロドロになって……


 全身がふやけていくような、ねっとりした快楽が数分続いた後、ようやくエーゲルの牙が離れた。眠気も相まってすぐにでも気絶してしまいそうだ。


「はい、おしまい。気持ちよかったかなあ?」


「ん、んぉ……」


「ふふっ、声も出せなくなってるねえ。ごちそうさま。ふふふっ」


 視界が閉じていく寸前、暗闇の中で赤く輝いたエーゲルの目が映る。彼女の妖艶な笑みを眺め、俺は意識の泥濘に沈んでいった……






「おはようアンゴ、よく眠れたかい」


 目を覚ますと、ティンテの顔が目の前にあった。寝起きでも目がパッチリと大きく、彼女が美形であることを思い知らされる。ティンテの下半身が巨大なタコでなければ結構ドキドキするシチュエーションなんだが……


「お、おう。まあまあ眠れたかな」


「まあまあだよねえ、ふふふ」


 ティンテで遮られて見えないが、エーゲルの蠱惑的な声が奥から聞こえてくる。いや、普段と変わらない声色なのかもしれないが、俺の耳には色めいて聞こえるのだ。


 昨日の真夜中のことが夢のように思い返される。エーゲルの態度を見る限り、あながち夢でもなさそうなのだが……


「なんだキミたち、まさか不埒なことをしていたわけではあるまいね」


「すっごく健全だよう。ね、アンゴくん」


「うーん……どうだろ」


「ふぅん……睦まじいのは勝手だが、ほどほどにしたまえよ。こんな時勢なんだ、緊張感を持ってだな……」


「ティンテちゃん、耳赤くない?」


「なっ!?」


 平静を装ってはいるものの、ティンテも結構動揺していたのだろう。根が真面目な彼女のことだ、恋だの愛だのにはウブなのかもしれない。

 なんだかエーゲルとの関係を誤解されている気もするが、これはこれで面白いから放っておくか……





 北ニワナに着いたのは夕方ごろ。歩けないと駄々をこね始めたエーゲルをティンテが担いできたのが良かったのだろう。なんとか夜を迎えるまでに着くことができた。


「今度は門番がいるな」


「そりゃあね。しかし問題は無いだろう」


「女王格が二人もいれば通してくれるよう」


 堂々と門へ向かうティンテ。エーゲルもさすがに触手から降り、彼女の後をついていった。俺もティンテの従者ってことにして通してもらえるかな。


「門番さんご苦労さま。通してもらってもいいかな? 怪しいものではないんだが……」


「スキュラの女王様に……そちらは吸血鬼の女王様ですか? 申し訳ございません。緊急事態につき、頭巾の方についてもお顔を拝見したく……」


「えっ」


 二人いる門番のうち、髭ヅラのオッサンが前に出て俺たちを静止した。


 まずいまずい。顔を見られると俺の能力が発動してしまう。東ニワナでは何も言われなかったのに、ここに来てどうして……


「すまない、彼は酷い顔をしていてね。極力人前では頭巾を脱ぎたくないんだが……」


「詳しくは言えませんが緊急なのです。何か隠したい事情でもあるのですか?」


「無いよう。わたしたち悪者じゃないもん。怪しいところなんて一寸たりとも無いんだけど、その、あの……」


「ますます怪しいですね。ちょっと失礼」


 止める暇もなく、若い方の門番が俺の頭巾を剥ぎ取る。


 まずい! 目が合ってしまった!


「あ……あ……」


 尻もちをつき、驚愕の表情で俺を見上げる門番たち。大の大人が揃ってガタガタ震えている姿は滑稽だったが、今は笑えるタイミングじゃない。


「敵襲ー! 敵襲だー!」

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