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③―1 血飛沫に舞う花 その1

 ナギとヴォルフと別れた俺たちは、北ニワナを目指すことにした。東西南北に分かれるニワナの中でも、最も人口が多い地域らしい。流行の先端を担う街なのだろう、服飾業が盛んな地域でもあるようだ。


「で、そこに行けば『狂躁』を止める手がかりはありそうなのか?」


「無いかもね。むしろヒューゴへ向かったナギたちの方が何か発見できるんじゃないかな」


「そうなの? わたしたちもそっちに行った方が良かったんじゃ……」


「そうでもないさ。ナギたちは『怒の勇者』に会いに行ったわけだけど、私たちが行っても信用されないだろうしね。それに、戦力を分散した方が良い理由は他にもある」


「そう、だな……」


 ここ東ニワナで起こったことが、北でも起きない保障はどこにもない。一定の制圧能力を誇る俺たちがいれば、また狂躁が起きた時にも対応できるだろうしな。


「まあ、北ニワナは植物族の女王が治めていると聞くから、そこまで心配はしていないんだけどね」


「植物? そんなに強そうに思えないが」


「私も会ったことはないんだけど、女王のドライエード様は樹齢千年は超えるお方だよ。巨大な根を操っての攻撃も得意らしいし、アンゴなら一突きじゃないかな」


「えぇ……」


 一突きでどうなるというのだろう……なんか会うの怖くなってきたんだが。


「怖がる必要はないよう。おかあ様から聞いてたけど、ドライエード様は優しいらしいからねえ」


 ティンテの触手の陰からエーゲルがちょこんと顔を出す。何かに隠れている方が落ち着く性格のようだ。この子の引っ込み思案も直してやった方がいいのかもな……


「ヴォルフも長生きしてるっぽいし、人魔って寿命長いんだな」


「そうでもないよ。スキュラの一族や吸血鬼の一族は人と寿命は変わらないからね。種による、としか言えないな」


「わたしやティンテちゃんの祖先は人と交わることで子孫を残してきたからねえ。それにあんまり長生きしたら、伴侶に取り残されて寂しいもん」


「えっ、じゃあティンテたちの父親は普通の人間だったのか!?」


「普通かどうかはさておき、身体的にはただの人間だったよ」


「やけに含みのある言い方だな……」


「人魔と婚姻する人は変わり者扱いされるからねえ」


 なるほど……街でも何人か人魔を見かけたし、差別みたいなものは無いのかと勝手に思っていたが、一応「線引き」的なものはあるのか。

 人魔と友人になるのは普通のことだが、恋人や結婚までいくと奇異の目で見られる。そんな距離感なんだろう。


 確かにティンテのぶっとい触手群を見て怯まない男は珍しいだろう。エーゲルは見た目こそ愛らしい女の子だが、しょっちゅう血を吸われることを考えると気軽に恋人には立候補しづらいしな。


「アンゴくんは人魔の女の子ってどう思う?」


「えっ!?」


 な、なんだこの質問……まさかエーゲルは俺のことが……? こんな短期間で?


 いや、ありえない話でもないか。共同作業で修羅場を乗り越えた男女には恋愛感情が芽生えるって、なんかの本で読んだことがある。引きこもり系の彼女を理解ってあげられるのは陰キャの俺しかいないわけだし……


「まさかエーゲル、アンゴのことを本気で?」


「本気だよ。わたしにとってアンゴくんは特別な人だもん」


 おいおいおい。「ガチ」じゃねえか。エーゲルの見た目は幼いけど、単に背が低いだけかもしれないし、合法か? いや、そもそも異世界に現世の法を持ち込むのがナンセンスか。お互いの合意があれば! セーフだよなあ! 


「……キミのことだ。アンゴの血の味が忘れられないとかそういう意味だろ」


「もちろん! 結婚したら毎日吸い放題かなって思って」


「キミねえ……今時そんな色気のない結婚は寂しいと思うよ。それに、相手の立場も考えてない。アンゴだって元の世界に奥さんか恋人がいただろう?」


「いないが?」


「えっ」


「いたこともないが?」


「そう……なんか、ごめんね」


 憐れみの視線を向けてくるティンテ。そういう反応が一番痛いのだが。後ろでクスクス笑ってるエーゲルの方がいくらか良心的なくらいだぞ、まったく……





「そういやエーゲル、配下の人たちは連れてこなくて良かったのか?」


「連れてきたかったけどティンテちゃんが許してくれなくて……」


「当たり前だろう。キミの場合は自立と自律を覚えるのが最優先なんだ。それに、いざとなれば『召喚』があるだろうが」


「召喚……カッコいい響きだな。チート能力っぽさもある」


「そう、エーゲルは自分の影から配下の吸血鬼を呼び出せるんだ。アンゴの血を吸った本気状態なら9人同時もいけるんじゃないか?」


「距離が離れると呼び出す時に時間もかかるから、そんな便利でもないよう。何より疲れるからねえ……」


「疲れろ。キミはもっと疲弊した方がいい。何なら今すぐ全身筋肉痛になるまで走らせてやりたいんだがね」


「アンゴくーん……ティンテちゃんがいじめるよう……」


「あー、はいはい」


 寄ってきたエーゲルの頭を撫でてやると、彼女は恨めしそうにティンテの顎あたりを睨んだ。まったく、仲が良いんだか悪いんだか……間に挟まれる俺の身にもなってほしいものだ。


「しかしエーゲルも便利な能力持ってんだなあ」


「そうでもないよ……? 吸血して本気出しても、元の身体能力は変わんないからねえ。みんなが代わりに戦ってくれるだけ」


「だから身体を鍛えろと言っているのに!」


「鍛錬好きの変態に合わせるのは無理だよう」


「誰が変態か! 自分をギリギリまで追い詰めた先にしか見えない景色、その素晴らしさをキミにもわかってもらおうとだな……!」


 うごめく触手でエーゲルを責め立てる様は実際変態じみているのだが、余計なことは言わない方が良さそうだ。

 ティンテのストイックな性格はなあ……俺は好ましいと思っているが苦手な人もいるだろうしな。






 夕方まで歩き続けたものの、北ニワナに着くまでにはもう少し距離があるらしい。さすがに疲れてきたし、今日はここらで宿を取りたい。そこかしこの宿場からうまそうな匂いも漂ってきてるので、なおさら足が止まってしまう。


「疲れたかアンゴ? 北ニワナに行くのはまた明日にしようか」


「ティンテちゃん、アンゴくんには優しくない? なんで?」


「そりゃあアンゴは友達だからね」


「わたしは友達じゃないの?」


「キミはアレだ……妹みたいなものだよ」


「ひどい! 同い年なのにぃ……」


 エーゲルとティンテって同い年だったんだ……見た目も精神年齢もかなり差があるので、まったくわからなかった。


「さて、宿を取るわけだが……アンゴはどのレベルの宿に泊まりたい? 宿代はおごるぞ、エーゲルが」


「あんまり高級なところは勘弁してね……経費は配下のみんなもチェックしてるし」


「そうだな……とりあえず二部屋は必要だろうから……」


「ん? 広ければ一部屋で十分だろう。なあエーゲル」


「そだねー」


「えっ!?」


 ここでまさかのお泊まりイベント。いきなりすぎて心の準備ができていないのだが……

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