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①―1 恐怖の大王、降臨 その1

「ば、化け物じゃあああああああ!」


 異世界に転生して一週間、ようやく人間に出会えた。だというのに、目の前の老人から浴びせられた言葉はひどく怯えたものだった。


「あっ、ああ……あわ……ああ……」


「許してください、許してください……」


「どうか子どもだけは……!」


 古びた農村にたどり着いたのは日も暮れかけた頃。野宿を回避できる喜びで涙すら出てきそうなくらいだった。

 だが、この世界でやっと人に出会えた安心感もつかの間のことでしかなかった。会う人会う人、みんな俺の姿を見るだけでガタガタ震え出すのだ。


 俺の姿を見るなり、男は逃げ出し、女は怯え、子どもは泣き、老人は命乞いを始める。

 転生してからというもの、川の水と木の実と虫しか口にしていない俺は野人そのものに見えるのだろうか。


 しかしだからといって、怖がりすぎではないか?


 逃げ惑う村人たちを呆然と見つめていると、ふいに痩せた老人が俺の前に歩み出てきた。


「こ、こ、この村の村長にございます……ど、どうかお怒りを収め、この村を見逃してはいただけないでしょうか」


 疲れてるだけで怒ってはないのだが……しかもいきなり出禁かよ。まあ力づくで追い出されるよりはマシか。

 出ていけと言うなら仕方ないが、せめて腹を満たしたい。茶碗一杯の米だけでももらえれば万々歳だ。


「えーと、できれば食べ物を……」


「食料だ! ありったけ持ってこい!」


「いや、そんなには……」


 俺の制止も聞かず、村の若衆たちが次々と保存食を運んでくる。

 野菜に干し魚、瓶詰めの味噌や漬物が木造の蔵から次々と姿を見せる。

 現代人の俺からすれば質素に見えるが、この村では貴重な保存食なのだろう。


 ……しかし異世界なのにやけに日本式だな。

 俺が前の世界で死んだのは確実で、ここ一週間でスライムやドラゴンの姿も見たからここが異世界なのは間違いないと思うのだが。


「こんなには食べれないんで、少し分けてもらえれば。あと、できれば宿を貸していただけると助かります」


「宿だ! 宿のおかみはまだおるか!」


 村長がキビキビと指示を出す。俺の前で見せた縮こまった姿とはまるで別人だ。

 こんな有能な人まで怯えさせるなんて、俺は転生してよっぽどひどい顔に変化してしまったのか?

 でも川に反射した俺の顔を見た時は全然変わってなかったように思えたのだが。


 まあいずれにせよ、メシだけじゃなく寝床まで用意してくれるのは有り難い限りだ。


 この世界に転生してからの一週間はサバイバルだったしな……

 せめて鳥や魚でも捕まえられれば良かったのだが、姿すら見えないのには参った。

 唯一エンカウントした大きめのモンスター、スライムはまずくて食えたものじゃなかったし。

 小さな虫や木の実だけで腹が膨れるはずもなく、俺の空腹は限界に達していた。


「宿の調理場、使ってもいいですか?」


「滅相もない! 村の娘をお貸ししますゆえ、お好きに使っていただければ……」


「好きにって……」


 俺を山賊の頭か何かと思っているのだろうか。あるいは、王侯貴族のたぐいとか? あまりにも待遇が良すぎて、こちらが恐縮してしまいそうだ。


 もしかして、異世界転生した時に他人を従えるチート能力をゲットしたのかな、俺。それだったらめちゃくちゃ生きやすそうだ。


 文化も価値観も違う人たちと馴染むのって大変だろうしな。無条件で従わせるのは気が引けるけど、能力をうまくコントロールする方法を学びつつやっていくのが良さそうだな。





 村長に案内されて宿に入ると、すでに村娘たちが炊事場で調理を始めていた。かまどから煮物の良い香りが漂ってくると、思わず「ぐぅ」と腹が鳴る。


「も、申し訳ございません! しばしお待ちを……!」


 俺の腹の音が村長には催促に聞こえたようだ。

 しかしすごい怯えようだな……冷や汗だか何だかわからないが、彼のシワシワな額にすごい汗が滲み出ている。自分が取って食われるわけでもあるまいし。


「食わせてもらえるならいくらでも待ちますよ」


「ありがたき幸せ! ありがたき幸せ!」


 微妙に居心地の悪さを感じながらも用意された座布団に腰を下ろすと、ようやく人心地ついた。

 隣には村長が腰かける。普通は客人の対面とかに座るものじゃないのか? 別にいいんだけど……


「すみません村長、なんで俺の隣に……?」


「客人をもてなすのは村の責任者として当然のことゆえ!」


 隣に座る理由にはなっていないが、妙な気迫を感じてそれ以上ツッコめなかった。


 しばらく経つと、村娘たちの手により食事が運ばれてきた。ご飯に味噌汁、干した魚と煮物。質素ではあるがホッとする献立だ。

 料理はうまそうなのだが、顔面蒼白の村娘たちが気になる。まるで生贄にでも捧げられるかのような絶望感だ。震えすぎて歯がカチカチ言ってる子もいるし……


 とにかく出されたものはありがたくいただこう。

 客人用の小綺麗なお椀に手をつけると、村長と村娘がホッとしたように息を吐いた。


 俺がキレてお椀をぶちまけるのを恐れていたのだろうか。まったく、人を何だと思っているのか。 


 しかし、やはり和食はいいな。少し塩味が強いような気もするが、落ち着く味だ。

 異世界で生きていくにあたり、食文化の違いは恐れていたから余計に安心した。スライムの刺身とか出てきたらどうしようかと悩んでいたところだ。


 その後は風呂に入り、ヒゲを剃るなどしているうち、もう夜もすっかり更けてきた。

 何をするにも村長が着いてくるのには辟易したが、これが村のもてなしの作法なのだろう。異文化にも慣れないとな……


 ちょっと引っかかるところはあったが、この村の人たちはもてなしてくれたし、どうにか生きていけるか。少しだけこの異世界にも希望は持ててきた。

 一人で林をさまよってた時も、結局危ない目には遭わなかったしな。案外気楽にやっていけるか……




 しばらく布団でまどろんでいたが、妙な寝苦しさを感じて目が覚めてしまった。


 なんだか妙に暑い……暑いうえに、臭いような……息も苦しくなってきた。

 待て待て待て。すさまじく嫌な予感がするぞ。


 重いまぶたを上げると、火の手が部屋一面を覆っているのが見えた。


 火事? 嘘だろ!?


 飛び起きて逃げ出そうとするが、手足に異様なしびれを感じる。


 まさか……さっきの料理に一服盛られたか?

 そこでさっきの村娘たちの態度を思い出した。そりゃあの子たちも震えるわな、バレたら俺に何されるかわからねえんだから。


 動かない身体に、燃え盛る部屋。


 ……最悪の状況じゃねえか! このままじゃ焼き殺される!


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