第八話 本当にあれ、可愛いか?
宣言通り右手一本プレイをした涼子だったが……まあ、結果は推して知るべし。四周レースなのに一周目の時点で物凄い大差を付けられた俺と智美は三周目で周回遅れにされながら熾烈な二位争いのデッドヒートを繰り広げたのだが。
「……っく!」
「わーい! やった、やったよ、涼子!! 私、二位だ!!」
「やったね、智美ちゃん!! おめでとう! そしてありがとう!!」
車の運転席型の筐体の中で項垂れる俺に対して、智美と涼子がハイタッチを決めてやがる。くそ……最後のあれ、あんな所でスリップさえしなければ……!
「さて、それじゃ浩之ちゃん?」
にっこり笑う涼子。その姿になんだか背筋に寒いものが走り、俺は筐体の中で思わず仰け反る。
「ま、待て涼子! ほら、思い出してみろ! 『ドベがトップの言う事を一つ聞く』だろ? ほら、俺、三位だし!! 八台のレースだったからドベは俺じゃなくてコンピューター――」
「浩之ちゃん」
「――はい」
「往生際が悪い」
「…………はい」
……まあ、この言い訳が通じるとは思って無かったが。
「……わかったよ。その代わり、あんまり無茶なお願いは無理だぞ?」
「そんな無理なお願いはしないって。私をなんだと思ってるの?」
「……信じるぞ?」
「任せてよ!」
そう言って涼子はにっこりと笑って。
「――浩之ちゃん、今お金幾ら持ってる?」
「…………予想の斜め下の発言なんだが!?」
古き悪しきゲームセンターかよ、此処。令和じゃねーの、今? え? ここだけ昭和? カツアゲ? カツアゲされんの、俺?
「そんなわけないでしょ! 余裕なお金、ちょっとは持ってるかな~って」
「……まあ」
五連休もあったし、どっか行くかもと思ってお金を降ろしていたから――結局、葵ちゃんにボコボコにされたんで全然使う暇は無かったが――ともかく、財布の中には多少の余裕はある。
「それじゃさ! あれ! あれ取ってくれない?」
そう言って涼子が指さした先は……クレーンゲーム? にしてはなんか筐体がえらく小さい気がするけど……
「あれって……」
「あれ、子供用で取りやすいクレーンゲームなんだ! ほら、あそこのキーホルダーのひよこ、あるじゃん?」
「……あるな。なんか山盛り入ってる上に、色とりどりな所になんだか既視感があるんだが」
主に、お祭りの屋台とかで。いや、実物は見た事ないんだけど。
「そう! あれ、あれ取ってよ!」
「……」
涼子にそう言われ、俺はクレーンゲームの筐体まで近づく。そこには赤、青、緑、紫、黄、白、黒と色とりどりの『ひよこ』達が所狭しと堆く積まれていた。
「……欲しいのか、これ」
「うん! 可愛くない? これならペンケースとかにも付けられるしさ! ねぇ、浩之ちゃん! 取ってよ~。百円で二回出来るしさ! おねがーい!!」
そう言って俺の服の袖をちょいちょいと引っ張る涼子。いや、まあ……
「挑戦するのは構わんが……いや、本当に要るのか、これ? っていうか、これ、可愛いか? なんか微妙に顔つきとかリアルだし……なんか一山幾らで売られたりしてそうで哀愁が漂う感じがするんだが……」
俺の言葉にさっきまではしゃいでいた涼子が『すん』っとした顔をして見せる。
「……まあ、どうしても欲しいかって言われると……でもさ? あそこにある一回二百円のでっかいクマのぬいぐるみが欲しい! って言われても困るでしょ、浩之ちゃん?」
涼子の指さす方に視線を向けると、そこにはゲームセンターの主みたいな顔ででーんと鎮座しているクマのぬいぐるみの姿があった。
「……流石にあれは。っていうかあのクマ、子供くらいないか、サイズ?」
取れんの、あれ? 明らかにアームに収まりきらない感じなんだけど……
「流石にあんな大物とか……そうじゃなくても普通のぬいぐるみは厳しいでしょ? 浩之ちゃん、クレーンゲーム得意ってわけじゃないし」
「まあな」
正直、ゲーセンに寄ってもクレーンゲームには目もくれんし。景品自体に魅力を感じない――ぬいぐるみなんて要らんし、フィギアとかも専門外だしな。そもそも、なんか金を無駄にした気がして好きじゃないんだよ、クレーンゲーム。
「だから、挑戦するにはいい感じじゃない? サイズ的にも値段的にも。取りやすいって評判だし……ね、今日の記念に!!」
「今日の記念って……まあ、罰ゲームだし、これくらいなら良いけど」
罰ゲームだしな。これで満足してくれるなら、ちょっとやるぐらいは良いか。そう思い、俺はクレーンゲームの筐体まで歩みを進める。
「ええっと……百円玉は」
財布の中から百円玉を取り出して筐体に吞ませると、カウンターが『30』の数字をカウントし始めた。
「三十秒以内って事か。ええっと……」
前から横からクレーンゲームを覗き、位置をセット。そのまま降下ボタンを押す。
「……ああ!」
巧く掴んだと思ったが……残念、一度掴んだひよこは頭より胴体の方が重いのだろう、アームからこぼれ落ちる。空のアームがひよこの山から持ち上がり、虚しく取り出し口の上でアームを開いた。
「……残念だったね、浩之ちゃん」
「まあ、今のは練習だ、練習。多分あれ、重心が胴体の方にあるから胴体を巧く掴めば……」
先ほどよりも慎重にアームを動かし、俺はひよこの山を物色。頭かくして尻隠さずバリに胴体がこちらに出ているひよこを発見。
「……色までは指定するなよ?」
「そこまでは言わないよ」
涼子の言葉に頷き、アームを降下させる。狙い通り、ひよこの胴体を掴んだそれはゆっくりと上空に持ち上がって。
「……うし、ラッキー!」
「凄い! 凄いよ、浩之ちゃん!!」
「凄いじゃん、ヒロユキ! 二個いっぺんだよ!!」
狙い通り、一体の青いひよこの胴体を掴んだアームの端に、リングの部分が引っかかった赤いひよこが付いてきた。
「――ああ!!」
と、赤いひよこのリングがアームからずり落ちそうになり思わず智美が声を上げる。ぷらん、ぷらん、と頼りない赤いひよこのキーホルダー、何時落ちてもおかしくないそれは頼りないそのまま、取り出し口の上まで何とかやってきて……ひよこ二体、ゲットだぜ!
「凄いよ、浩之ちゃん!! 二個も取っちゃった!!」
「いや、びっくりしたよ。まさか百円で二個も取っちゃうなんて……ヒロユキ、アンタ、才能あるんじゃないの?」
「百円つっても実質二百円みたいなもんだしな。それじゃ……よいしょ」
取り出し口から二体のひよこを取り出し、両手を出してキラキラと目を光らせる涼子に苦笑を一つ。その手の平にひよこを置く。
「ほれ。戦利品だ」
「ありがと、浩之ちゃん! 大事にするね!!」
嬉しそうに頬を緩ませる涼子。と、その視線がそっと何処かに向く。その視線を追うと……
「……いいな~、涼子。ヒロユキからのプレゼント……」
心なしか羨ましそうな視線を向ける智美にぶつかった。そんな智美に苦笑を一つ、涼子は俺に視線を向ける。
「青と赤だったら、どっちが私『らしい』?」
「……青、かな~」
「それじゃ活動的な智美ちゃんは赤だね。情熱の赤! って感じだし、智美ちゃん。いい、浩之ちゃん?」
「涼子のものだしな。好きにしろ」
「うん!」
嬉しそうに笑って、涼子は二つのひよこの一体、赤のひよこを智美に手渡す。
「はい、智美ちゃん」
「……え? い、いいの?」
「いいよ、いいよ。二個あるし……浩之ちゃんが良いって言ったんだから!」
「……ありがと、涼子。その……ヒロユキも」
「原価百円だけどな」
「ね、値段じゃないもん! ね、涼子!!」
「そうだよ! 値段じゃないの!!」
『ねー』と笑い合う二人に肩を竦めて見せる。さいですか。喜んで頂けて幸いですよ。