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第五話 人見知りってなんだっけ?


 桐生葵――桐生の妹分が来てから、二日経った。安息のわが部屋――我が家、じゃないぞ? 我が部屋のベッドで寝転がって俺は大きなため息を吐く。今、我が家は安息の地じゃねーからな。

「……東九条君? 起きてる?」

 コンコンコンとドアが三度ノック。部屋の外から聞こえてくる桐生の声に『起きてるよ』と返すと、遠慮がちにドアが開き、そこから桐生が顔を覗かせた。

「えっと……は、入っても?」

「どうぞ。汚――くはしてないと思うけど、まあ入ってくれ」

 俺の言葉にドアを開けたのと同様遠慮がちに桐生は俺の部屋に足を忍ばせ、きょろきょろと辺りを見回す。

「……初めて入ったわね、東九条君の部屋」

「あー……まあ、逢うのは大体リビングだしな」

「そうね」

 そう言って唇を引き結ぶ桐生。後、がばっと大きく頭を下げた。

「ちょ、桐生!? 急にどうしたよ?」

「その……本当に御免なさい。葵が失礼な事ばかり言って……もう、なんていうか……本当に申し訳ないわ……」

「あ、あはは……」

 心底申し訳なさそうにそう言ってちらりと上目遣いでこちらに視線をやる桐生。そんな桐生に何とも言えない笑い声が俺の喉から出た。

「あー……ま、まあ……その、なんだ。色々と言いたいことが無いわけじゃないけど……」

 言いたいことが無いわけじゃない。無いわけじゃないけど……

「……基本的に俺が悪いしな~」

 そう。

 なんていうか……始まった葵ちゃんの『査定』は苛烈を極めた。いや、別に苛烈を極めたって程じゃないんだけど……例えば。


『勉学は然程得意では無いと聞きましたが……桐生家の跡取り娘と婚儀を結ぶのです。トップレベルの成績を取れ、とまでは言いませんがある程度の成績は取れるのでしょう? 此処に聖ヘレナの中間試験の問題があります。さあ、解いて見てください……東九条浩之? 一問目から違いますよ? そこはマイナス2です。中学校の問題ですよ、これ?』


 とか、


『……四角い部屋を丸く掃く、という言葉を知っていますか、東九条浩之? その様な掃除方法で本当に部屋が綺麗になったとでも言うつもりですか? お姉様も掃除は決して得意な方ではありませんが……それにしても酷いものですよ? それに比べてお姉様は掃除の仕方が堂に入ってますね。桐生の本家ではその様な事をしていなかったと存じますが?』


 とか。


『……なんですか、これは? お菓子? 良いですか? 間食が駄目とまでは言いません。言いませんが、こんな健康を害しそうなお菓子を摘まむのは如何なものかと。食事は体を作る資本、貴方の健康如何で桐生家の業績が傾きかねないことを自覚しておられますか?』


 とか、とか。


「……指摘自体はあながち間違ってないんだよな」

 指摘自体はあながち間違ってないんだよな、これが。ただ……なんだろう、こう、ぐいぐい来るというか……一々指摘が心を抉るというか……

「……そうね。お菓子はまあ……言いすぎな気もするけど……勉強に関しては……貴方、数学苦手って言ってたのは知ってるけど、流石にあれは……」

「……すみません」

 穴があったら入りたいレベル。中二の数学で一問目から躓いてるし……結局、六割程度しか取れなかったし。

「……よくウチの高校に入れたわね?」

「……あの時は結構ガチで勉強したからな~」

 それこそ涼子に付きっ切りで教えて貰ったしな、中三の時。有難い話だよ、マジで。

「……つうかお前、掃除滅茶苦茶巧くなったよな? 俺、お前が茶殻使ってシンク磨きだした時ちょっとびっくりしたんだけど」

「家で教えて貰ったのよ。茶殻には除菌や消臭の効果があるから、フローリングも茶殻を要らなくなったタオルとかで包んで拭けばいいって」

「……そうなん?」

「カテキンがなんとか、とは言ってたわね。正直、効果の方は分からないのが本音なのだけど……良いって言われてるのならしないよりした方が良いでしょ?」

「……まあな。にしても本当にびっくりしたぞ? お前、『掃除なんか毎日しなくても良いでしょ』とかなんとか言ってなかった?」

「……言ったけど」

 そう言って少しだけ気まずそうに視線を逸らす桐生。

「その……こないだ賀茂さんのお弁当のご相伴に預かったでしょ?」

「ああ」

「そ、それで……賀茂さんって料理もだけど家事全般完璧なんでしょ?」

「あー……まあ、そうだな。あいつ、主婦力高いし」

 涼子のお母さんは仕事の都合で海外出張の多い人だからってのもあるが……今すぐ家庭も預かっても一通りの家事は出来るだろう。しかも、かなり高いレベルで。

「そ、そんな人があなたの幼馴染でいるのよ? 私は許嫁だけど……そ、その……」

 言い難そうに、もじもじと。


「……く、比べられたら……か、勝てないじゃない。それで貴方が私から離れて行っちゃったら……そんなの……嫌だもん……」


 頬を赤く染め、上目遣いでチラチラとこちらを伺う桐生。

「……くそ可愛いかよ」

「え? な、なに? 何か言ったかしら?」

「なんでも。あー……にしても、そっか。それならやっぱり俺が反省する所が多いな、こりゃ」

 だって、桐生は……その、なんだ? 俺に気に入られる……って言うと何様だって感じだけど、ともかく側に居たいと思ってくれて、色々努力してくれたんだろ?

「……本当に反省が必要だな、こりゃ」

 対して俺は何をしてたんだって話だよな。桐生に釣り合うような、そんな努力をしてきたかって言うと……まあ、何にもしてないし。

「……良いわよ」

「桐生?」

「べ、別に貴方が反省する必要なんて無いわよ。あ、貴方には……その、勉強とか、家事とかじゃない……もっと素晴らしいものがあるんだから」

「……」

「……貴方の『良さ』はその……一目見ただけで分かる様なものじゃないかも知れない。でも、貴方の持つその『優しさ』に私は随分、救われたんですもの。だから」


 ――貴方が素敵な人だって事くらい、私が分かってる、と。


「……さんきゅ。でもまあ、それに甘んじちゃダメだしな。だからまあ……俺も頑張るかな」

 そう言って貰うのは有難いけど、その言葉に甘えちゃダメだろ。

「そう考えれば葵ちゃんのしてることも良かったかも知れないな。自分のダメな所をしっかり再確認して成長して……桐生の隣に並べるようにな」

 ……まあ、心を抉られる様な指摘は正直勘弁なのだが……でも、それぐらいしないと俺は成長できないかも知れないし。

「だからまあ……そんなに気にするなよ、桐生。後三日だし、その間に精々頑張ってみるさ」

 俺の言葉に、嬉しそうな表情を浮かべる桐生。が、それも一瞬、思案顔を浮かべて見せる。

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。まだまだ頑張れる――」

「でも……そろそろ葵、手加減しないと思うわよ? 本当に大丈夫なの?」

 ……。

 ………。

 …………――は、はい?

「て、手加減? あれ、手加減してたの? 初対面で初っ端から喧嘩売られたんですけど!?」

「手加減って言うか……ああ見えて葵、結構人見知りするから。流石にウチに来て直ぐは本調子じゃ無かったみたいだけど……そろそろ慣れて来た頃だし……」

「……あれで人見知りと申すか」

 ちょ、ちょっと待て! おま、アレだけ初対面の人間を散々に罵倒しておいて今更、『実は人見知りなんです』って信じられるか! アレで人見知りなら関西人だって全員人見知りなレベルだぞ!

「……マジか」

「……遺憾ながら……マジよ」

「……流石、桐生の従姉妹だな」

 ……ごめん、桐生。流石に無理かもしれないです、はい。


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