第四話 友好的な関係を築くのは難しいっぽいね、うん。
「さ、査定? ひ、東九条君を?」
「はい」
「はい、じゃないわよ! 何考えてるのよ、葵!! し、失礼でしょう!!」
気まずそうにこちらを見てそういう桐生。そんな桐生の視線を追うように俺を見て――おお……まるで汚物を見る様な目なんですが。
「お姉様。お姉様は何か考え違いをしているのではありませんか?」
「か、考え違い?」
「はい。お姉様は桐生家の一人娘。ゆくゆくはお姉様とその配偶者の肩に千人の従業員とその家族の生活が懸かってきます。違いますか?」
「ち、違わない……ケド……」
「で、あるのであれば、です。お姉様の婚約者となる様な方はお姉様を支える方で無いといけません。違いますか?」
「ち、違わない……けど! それで、なんで東九条君を査定なんて話になるのよ! そ、そもそも葵に東九条君の何が分かるって言うのよ!!」
「何を言っているのですか、お姉様。何も分からないから、『査定』を行うのでしょう?」
そう言って桐生に戻していた視線を再びこちらに向ける。
……汚物を見る目で。消毒とかされないよね、俺?
「桐生の家の跡取り娘であるお姉様には、その両肩に従業員とその家族の生活を守る義務が乗ります。無論、その配偶者にもその覚悟が必要です」
「……まあ」
そりゃ、確かにそうかも知れないけどさ。
「桐生の家も味方ばかりではありません――というより、敵ばかりですね。敵ばかりです。桐生の家を守るため、しかるべき血筋の方と婚儀をし、子孫を後世に残す事も務めの一つです」
「まあ……そうだろうな」
「百歩譲って、血筋や家柄等には目を瞑っても構いません。『王候将相いずくんぞ種あらんや』ではありませんが、才覚のある人間であれば桐生家の後援の下、表舞台に出る事もありましょう」
「……そうかもな」
「千歩譲って、仮に家柄も才覚も無くても、それはそれで構いません。人付き合いが巧いとは言えないお姉様が本当に慕う殿方であれば、恐らく心根の優しい、真っ直ぐした方でしょう。自身の才覚に絶対の自信を持つお姉様が、その才以外で信を置く人間ならば、私も義理の兄として慕う事も出来ましょう」
「……」
「しかるに……東九条浩之は」
「……呼び捨ての上にフルネームかよ」
そんな俺を、相変わらずの無表情で見やり。
「確かに東九条のお家は旧華族に連なる名家でしょう。ですが、貴方は分家の出身でしょう? しかも社交界での噂も全く聞きません」
「……殆ど出たことないから、パーティーとか」
「そうでしょうね。普通、ああいうパーティーに参加すれば良しにつけ悪しきにつけ、何らかの話題が出ますから。それが全くないということは、パーティーに参加していないと……まあ、そういう事でしょう?」
「……そうだけど……」
「パーティーはお嫌いで?」
「……堅苦しいのはあんまりではあるよ、うん」
そんな俺の言葉に、ふんっと鼻を鳴らす。
「そんな貴方がどうやってお姉様を――桐生家を守って下さるのですか? 社交界が嫌い? 私だって好きではありませんよ、あんなもの。ですが、それも『家』の義務です」
「……」
いや……そりゃ、そうかも知れないけど……ごめん、知らなかったんだってば。
「お聞きしますが、勉強は得意なのですか?」
「……そんなに」
「運動は?」
「バスケはちょっと出来るけど……」
「容姿は……まあ、二目と見れない酷い顔をしているとは言いませんが……いいとこ、中の中でしょう?」
「……」
もうやめて! 浩之のライフはゼロよっ!!
「……葵。今の貴方の言葉、本当に失礼よ。幾ら可愛い妹分といえど、それ以上私の許嫁の悪口を言うのは許さないわよ」
そう言って桐生が俺と葵ちゃんの間に入ってくる。肩を怒らせて葵ちゃんを見やる桐生に葵ちゃんが小さくため息を吐いた。
「……そこまで庇う必要があるのですか、お姉様?」
「あるわよ。だって私の許嫁よ?」
「それだって豪之介おじ様が勝手に決めた事でしょう? お姉様が望むのであれば、お父様がもっと良い縁談を見つけてきますよ? おじ様、お父様にこのお話をしていないようですし……正直、あまりお父様も良い顔はしていませんし」
「う……」
言葉に詰まる桐生。それでも、詰まった言葉を吐き出すように、俺に対する援護射撃を始める。
「た、確かに……ひ、東九条君は毎回張り出される順位表に乗るほど勉強は得意じゃないかも知れないし、みんながびっくりするほど運動が出来る訳じゃないかも知れないし、か、顔だって……その、一般的には格好いい部類じゃないかも知れないけど!!」
……援護射撃だよね? 止め、刺しに来てないよね? 絶望に染まる俺の視線を意に介さず、桐生は大きく息を吸って。
「で、でも!! それでも! わ、私は東九条君が許嫁で……ほ、本当に良かったと思ってるんだから!! 葵に反対されても、絶対に認めないんだから!」
……嬉しいじゃん。ありがと、桐生。
「……ふむ」
そんな桐生の声に、葵ちゃんは相変わらずの無表情で頷き、こちらに視線を向けて。
「……東九条浩之、気持ちの悪い顔は止めなさい」
「気持ちの悪い顔って! 酷いだろ、それは!」
「酷くありません。実際、今の貴方の顔は気持ち悪かったです。ニヤニヤ、ニヤニヤと……締まりのない」
そう言って、ツンとそっぽを向く葵ちゃん。こ、こいつは……
「……しかし、お姉様の言葉も一理あります」
「……へ? ど、どういう事?」
「何も話題がないからと言って、東九条浩之を否定するのはどうか、という話です」
「あ、葵!!」
葵ちゃんの言葉に、桐生の顔にも喜びの色が浮かぶ。お、おお! 何か知らんが良かった!
「ですから……この五日間で、それを考査させて頂きます」
成程、考査ね。英語で言う『テスト』の事だな。一週間、葵ちゃんはテストを――
……。
………。
…………ん?
「……へ?」
桐生の頭にはてなマークが浮かぶ。て、テスト? テストって……何の?
「お姉様の言う通り、東九条浩之に私も認める『良い所』があるのならば、お姉様にとって彼と過ごす時間は有意義なものとなるのでしょう。それすなわち、お姉様の技量や器量を伸ばすのにも一役買っていると、そう判断させて頂きます。それは桐生家の為にもなりますし」
「ちょ……葵?」
「ですが……東九条浩之と過ごす事により、お姉様に取って得るモノが無いと判断した場合は……お父様に報告させて頂きます。許嫁の破棄も視野に入れるべきと、そう進言させて頂きます」
「あ、葵!? あ、貴方、何勝手な事言ってるのよ!」
「ご心配なさらず、お姉様? 所詮は小娘の戯言、お父様も私の一言で許嫁を破棄する等とは言わないでしょう。ですが……」
そう言って手の中の手帳をひらひらと振って。
「――まあ? 『桐生家に利なし』と判断したお父様がどうするかは……お姉様にもお判りでしょう?」
「っぐ!」
悔しそうに唸る桐生から視線を切って。
「……そう言う事です、東九条浩之。予定を変更してこれから五日間、よろしく――」
違いますね、と。
「――覚悟して下さい」
相変わらずの無表情のまま、葵ちゃんは俺にそう告げた。
……普通、こういう時に『覚悟して下さい』って言わないよな?