第三話 襲来! 桐生さんの妹分!
メンテナンスがあるのに今気付きました。明日の七時の分を前倒しで投稿します。すみません···
「……憂鬱ね」
それから一週間後の水曜日。水、木、金と祝日が続き、土日も含んで五連休の初日の今日、桐生が珍しく――でもないか。最近、感情表現増えた気がするし。まあともかく、憂鬱な表情を浮かべてため息を吐く。
「……そんなにイヤか?」
「いえ……ええ、『いえ』ね。別にそこまで嫌な訳ではないのよ? そうはいっても可愛い妹分だし、私が聖ヘレナを卒業して天英館高校に通ってからは逢ってないから……一年ぶりとかだし。だから、楽しみは楽しみ、なんだけど……」
そういってちょい、ちょいと前髪を弄る桐生。
「そ、その……あの子、自分にも他人にも厳しい子だから……ちょっと憂鬱なのよね」
「……まあ、俺もその辺は少しばかり危惧している所ではある」
大丈夫なのか、マジで俺。
「……そこは大丈夫だと思うんだけど……思い込んだら『こう』な所もある子なのよね」
そういって、ため息。あー……なんか、俺も憂鬱になってきたな。
「……俺、右の頬を殴られる感じかな? 『桐生家の婿に相応しくない!』って」
「そ、そんな事は無いわよ! そ、そもそもあ、貴方だって、そ、その……じゅ、十分……す、素敵だもん」
真っ赤な顔をしてそっぽを向く桐生。だからお前、やめて? それ、可愛いからさ。
「贔屓の引き倒しって言葉、知ってる?」
「……そんなんじゃないわよ。貴方が立派な人なのは知ってるって話。ともかく、そろそろ葵が――」
ぴんぽーん、と。
「――丁度、来たようね。私が出るわ」
「いや、俺も行くよ」
「……そう?」
うん、まあ……なんだろう? 別に『それ』でポイント稼ごうなんて思っちゃいねーんだけどね? こう……折角桐生の妹分が訪ねてきてるのにリビングで『よっ』みたいな事は出来かねると言いますか……なんか感じ悪くない?
「……はーい。今開けます」
スリッパをパタパタと鳴らしながら歩く桐生の後ろをついて歩く。玄関のドアを開ける桐生の後姿を見ながら俺は少しでもまともに見える様にちょいちょいと前髪を直して。
「――ご無沙汰しております、彩音お姉様」
第一印象は『幼い桐生彩音』といった感じ。
目鼻立ちも、顔のパーツの配置も桐生によく似ている。中学生という年齢考えれば桐生程完成された美少女ではないが、それでもあどけなさを感じさせるそれは将来の美女を十分に約束されたものだろう。服装も『流石お嬢様』と言わんばかり、清楚なワンピースが良く似合ってる。桐生との相違点と言えば……同じくらいの長さの綺麗な黒髪をサイドテールに結っている、という点か。
「ご無沙汰ね、葵」
「本当にご無沙汰しています、お姉様。折角、私が聖ヘレナの中等部に入学し、これでお姉様と一緒の学校に行けると思ったのに、高校は天英館に行かれてしまってからですので……一年ぶりですかね?」
淡々と、無表情でそんなことを言う桐生従姉妹。ええっと……怒ってるの?
「……悪かったわよ」
桐生従姉妹……ええっと、葵ちゃん? 葵ちゃんの言葉に桐生が両手を挙げて降参の意を示す。そんな桐生に、葵ちゃんは相変わらずの無表情のままで嘆息して見せる。
「冗談です。いえ、正直に言えば冗談ではないし、本当に残念だったのですが……豪之介おじ様が決定され、お姉様が受け入れた以上、それは仕方のない事でしょうし。その代わりという訳ではないですが、今日はよろしくお願いします」
「……ええ。自分の家だと思って寛いで頂戴」
「はい。ありがとうございます、お姉様」
そういって頭を下げる葵ちゃん。そんな葵ちゃんの姿に桐生も微笑みを浮かべ――そして、何かに気付いたかの様にはっと視線をこちらに向ける。
「ご、ごめんなさい、東九条君! その、しょ、紹介するわ! こちらが桐生葵! 私の従姉妹で……まあ、妹みたいな子よ。葵? こちらが、そ、その……わ、私の、い、許嫁の……ひ、東九条浩之……さん、です。東九条君、ごめんね? その、勝手に自分の家だと思って寛いでなんて言って。貴方の家でもあるのに」
「構やしねーよ」
本当に。そもそも、気を使って貰うのは俺も嫌だしな。
「ええっと……初めまして、東九条浩之です。その……桐生彩音さんの許嫁です。ええっと……」
……何言おう? でもまあ、友好的な感じが良いよな、やっぱ。
「――桐生の妹分、だよね? 俺とも仲良くしてくれたら嬉しいな。ええっと……葵ちゃん? って呼んでも良いのかな?」
俺の言葉に、葵ちゃんが無表情ながら友好的な仕草でこちらを――
……あれ? ゆ、友好的だよな? いや、なんか無表情の中にもこう、怒りっつうか値踏みつうか、なんかそんな感じの――
「――貴方が東九条浩之、ですか」
「そ、そうだけど……あ、葵ちゃん?」
「……『葵ちゃん』?」
「あ、あれ? そう呼んだら不味かった? 桐生さんとか、従姉妹さんとかの方が良いならそうするけど……」
あ、あれ? 凄い冷たい視線なんですけど……
「……まあ、良いでしょう。お姉様もいますし、混乱しますので『葵ちゃん』で構いません。よろしくお願いします、東九条浩之」
そういって右手を差し出す葵ちゃん。あ、あれ? やっぱり勘違いか? わざわざ右手出してくれるって事はやっぱりゆうこうて――
「――っ!!」
「どうかしましたか、東九条浩之?」
み、右手が!! 右手が万力で締め上げられたみたいに痛いんですがぁ!? な、なにこの力!? え? この子の何処にこんな力があんの!? つうかなに? なんで俺、この子に右手握り潰されそうになってるの!?
「……ちょ、葵!? 何してるの、貴方!!」
俺の顔色を見て何かに気づいたのか桐生が慌てて俺と葵ちゃんの手をぺちんと叩き離させる。い、痛い! 折れたんじゃないか、これ!!
「……なるほど。握力は女子中学生にも負ける、と」
そう言って背負っていたリュックサックから黒革の手帳を取り出すと何やらメモをしていく葵ちゃん。え? な、なにそれ?
「……なにそれ、葵?」
「査定帳です」
「さ、査定帳!? な、なによそれ!?」
「査定帳とは文字通り、査定したものをメモする為の帳面です。給与、昇格、賞与などは査定を元に行っているのはお姉様もご存じでは?」
「い、いや、それは知ってるけど! え? でも、じゃあその査定は何のための査定なのよっ!!」
桐生の声に相変わらずの無表情のままで葵ちゃんは視線をこちらに向けて。
「無論――『東九条浩之』の査定ですよ。彩音お姉様の伴侶として相応しいかどうかの、ですね」
……そんなことを言いやがりました。っていうか……え?