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第二話 悪役令嬢の従姉妹、聖女様って呼ばれてるってよ


「……桐生葵? だれ、それ?」

「私の従姉妹よ。私達より三つ下の中学二年生で、聖ヘレナ女子学園の中等部に通っているわ。私の父、桐生豪之介の弟である桐生柳之介おじ様の一人娘で……私の妹、みたいなものかしらね?」

「……妹」

「従姉妹だけどね。小さいころから『お姉様、お姉様』って懐いてくれた、かわいい子よ」

 そう言って少しだけ微笑みを浮かべる桐生。その姿は昔を懐かしむ様で、なんだかほっこりする。するんだけど……

「……さっき、面倒な事になったって言って無かった?」

「……あの子のお父様、柳之介おじ様は桐生の事業の専務を務めているのよ。まあ、それで専管事項……担当みたいなものね。担当が営業、経営企画と……監査なのよね。もちろん、それぞれに部長がいるから柳之介おじ様のお仕事はそれの取りまとめみたいな感じで実務をする訳じゃないけど」

「監査?」

 営業と経営企画はなんとなく分かるんだけど……監査ってなに?

「会社には守るべき規定や法律があるのよ。コンプライアンスは今、どこの会社でも煩いし、そういうコンプライアンスに違反してないかとかを調べる部署というか……まあ、そんな部署ね。大きい会社なら法務は専門の部署があるんだけど……うちはそこまで大手じゃないし。従業員も千人には届かないしね」

「……充分、大きい会社だと思うんですが……」

 なんだよ、千人って。うちの実家、十数名なんですけど。

「まあ、私の功績じゃないしね。お父様と柳之介おじ様の功績よ。それでまあ……葵もいずれは桐生の会社に勤める事になる予定なのよ」

「うん」

「それで……さっき、柳之介おじ様のお仕事が監査って言ったでしょ? それでまあ葵もその方面に進むつもりというか……なんというか……」

 言い難そうに、口をもにょもにょとさせて。


「……簡単に言うと、風紀委員みたいな子なのよ、葵って」


「……ああ」

 渋面を作って見せる桐生。なるほどね。

「そのうえ、なんていうか……こう、私に対して過剰な期待を持っているというか……『お姉様は桐生家の跡取り娘です。偉大なるおじ様と我が父の築いた会社を継ぐべきお方なのですから』みたいな感じで……こう……」

「……やりにくいわな、それ」

 はぁ、とため息を吐く桐生に同情して見せる。そんな俺の視線に、桐生が気まずそうな視線を向けた。

「……その……それでまあ、葵はなんて言うか……昔からね? 『お姉様は優秀な方です。そんなお姉様の婿となるべき人間は優秀な人間で無ければつり合いません』って……『桐生家の発展の為にも良縁が必要です』って……」

「……あれ? 俺、もしかしなくてもピンチ?」

 ……成績優秀、運動神経抜群、眉目秀麗。性格はちょっときついけど――俺にはそうでもないけど、ともかくそんな桐生の許嫁である俺といえば……

「……成績低空飛行、運動神経別に良くない、容姿は……普通だと思いたい」

 ……あ、あれ? これ、俺、もしかして相応しくないとか言われちゃうやつ?

「そ、そんなこと無いわよ! さ、最初の出会いはともかく……い、今は……あ、貴方が許嫁でよかったって……って、何言わせるのよ、貴方!!」

 真っ赤な顔をしてそういう桐生。いや、嬉しいけど……自爆じゃない、それ?

「……つうか『お姉様は優秀な方です』って言って『良縁が必要です』って……そこまで言うのか、その……『葵ちゃん』? なんていうか……本当に憧れているって言うか……」

 むしろ、殆ど崇拝レベルじゃね? 俺の言葉に桐生が渋い顔をして見せる。

「……聖ヘレナは小学部からあるのよ。それで、私もそこに通っていたのだけど……葵、小学部の試験、落ちちゃって」

「……そりゃ……」

「一応、葵の名誉の為に言っておくけど、あの子、普通に賢いのよ? 中等部ではトップクラスの成績だし、一年の頃から生徒会の執行部に入っているらしいし。ただ……葵、入試の時に貰っちゃって」

「貰った?」

「インフルエンザ。当日は何とか試験には行けたんだけど……」

「……なんつうか、運が悪いというか……」

「葵曰く『自己管理の悪さに起因するものですので、仕方ありません』って言ってたけどね。それから特に……こう、ちょっと私のこと『凄い』って思ってる節があって。『私は体調万全でも受かったかどうかは分かりません。やはりお姉様は凄いです』って……」

「自己管理って。幼稚園児の言葉じゃねーな」

 マジで。桐生もストイックだと思うけど妹分もストイックなのか。

「……っていうか、聖ヘレナなのな、桐生の従姉妹。それじゃ……なかなか暮らしにくいんじゃないか?」

 桐生だって大概やり難かったって言ってたしな。そんな俺の言葉に、桐生が微妙な表情を浮かべて見せる。なんだよ?

「聖ヘレナはこう一応、宗教系の学校なのよね」

「まあ、『聖』とか付いてるし……一応?」

 一応ってなに?

「……日本で宗教系っていうとキリスト教系の学校とか、仏教系の学校が多いでしょ? それで……聖ヘレナはその、ファストリア教会系なの」

「ファストリア教会?」

 なにそれ?

「一応、アブラハムの宗教の一つだしキリスト教と完全に関りが無い訳じゃないし、教義的には似ているところはあるんだけど……ほら、あるでしょ? よく聞く『右の頬を打たれたら』って言葉」

「あるな」

 あれだろ? 逆側の頬を出せ、ってやつだろ? そんな俺に桐生は頷いて。


「――聖ヘレナではこう、言われてるわ。『右の頬を打たれる前に、相手の左頬を打ちなさい』」


「……それ、クロスカウンターの教えじゃない?」

 怖すぎるんですけど。

「……イメージ変わるんだけど、聖ヘレナの」

 お嬢様学校ってこう、アレなんじゃないの? 『ごきげんよう』とか言う感じじゃないの? なんなの、その学校? 本当に日本の学校なのか? なに? 戦場なの、聖ヘレナって。

「もちろん、学校側が教えている訳じゃないわよ? でもまあこの言葉が表す通り、良くも悪くも『我』が強い子の多い学校ではあるのよ、聖ヘレナって。だから今言ったように右の頬を打たれて素直に泣いたり、左の頬を差し出すような子は居なかったのよね」

「……なんというか……」

 いや、まあ……その、なんだ。

「……お前もしっかり聖ヘレナの教育受けて来たんだな」

 そら、桐生の渾名が『悪役令嬢』にもなるわな。そんな俺の感想が伝わったのか、すこしばかりむっとした表情を浮かべる桐生。

「……その話は止めましょう。ともかく……東九条君の言う様に、私にはちょっと暮らしにくかった学校なのよね」

 ……今の話を聞いた感じじゃ、まあ、そうだろうなって思うな。だってアレだろ? 学校全体が桐生みたいなやつらばっかりって事だろ? なにそれ、怖すぎねーか、その学校。

「でも……葵にはそうでも無いのよね」

「……そうなの?」

「さっきも言ったでしょ? 生徒会執行部なのよ? 人望無いと無理でしょう? だから……まあ、その……」

「言い淀むなよ」

 俺の言葉に、ふぅっと一息。



「…………私よりも百倍、人付き合いが上手よ」



「……」

「……」

「……」

「……何か言ってくれない?」

「……その……ゼロに何掛けてもゼロじゃね?」

「ゼロじゃないわよ!? 失礼ね!!」

 まあ、それは冗談だが。

「そうなの?」

「詳細は分からないけど……でも、さっきも言ったけど人望無いと執行部なんて無理でしょう? 無論、誰かに忖度したりする子でもないし……一体、どういう手管を使ったのか……」

「手管って」

 でもまあ、大体想像が付くけどな。

「桐生の従姉妹はアレだろ? 成績優秀で容姿端麗だろ?」

「……なんで容姿端麗って分かるの? まあ、まだ中学生だからあどけない感じはあるけど……きっと、将来は美人になると思うわ」

「やっぱり。そりゃ、桐生の従姉妹だもんな。容姿端麗に決まってるか」

 俺の言葉に顔を真っ赤に染める桐生。どうした?

「どうした?」

「い、いえ……そ、その……それって、その、東九条君が……私の事、容姿端麗って思ってるって……そ、そういう……」

 ……あ。

「…………きゃ、客観的に桐生が容姿が整っているのは事実だろ!?」

「そ、そうかしら? で、でも……あ、ありがと。あ、あのね、あのね? その……す、すごく……うれしい、です」

 ……悪かった。俺が悪かったからそんな真っ赤な顔で上目遣いはやめて! 理性が! 俺の理性が過労死するから!

「と、ともかく! えっと……」

 これ、言っても良いのか?

「桐生ってさ? こう……自分に自信があるよな? ウチの高校じゃ抜群に成績も良いし、運動神経も良いし、綺麗だろ? 学校で負けているとか思った事ねーんじゃねーの? あ、悪口じゃねーぞ?」

「……まあ、そうね。過信するつもりは無いけど、自信は常々持とうと思っているわ。でも!」

「分かってる。それが悪いって話じゃないんだ。ないんだけど……」

 その葵ちゃんとやらは桐生を持ち上げている様だし……なんだろう? 桐生よりもうちょっと性格が温和っつうか……負けを知っているだけ、謙虚とか言うか……

「……そんな子がストイックに勉強に取り組んでいる姿は好感持てるだろ?」

「……そうかしら? 私だってストイックに取り組んで来たつもりだけど……誰からも好感を抱かれる事はなかったわよ? 『あら? 桐生さん、また勉強してらっしゃいますわ。まあ、あのお家柄では仕方無いですわね。それしか取り柄が無いのですから』って」

「……桐生、それ言われたらどうするよ?」

「叩き潰すわね」

「……多分だけど、桐生の従姉妹はそんなことしないんじゃないか?」

 まあ想像に過ぎないんだけど、きっとそこが違うんじゃないかな~。っていうか、叩き潰すって。

「……まあ、そうね。きっと葵はそんなことしないと思うわよ。他人にも厳しいけど、基本的に見捨てたりする子じゃないし……」

「だろうな~」

「……私や葵が入ることが出来たので分かると思うけど、聖ヘレナって別に『名家』ばっかりじゃないのよね。それでまあ、私たちみたいな境遇の子もいるのよ、少数だけど」

「うん、まあいるだろうな」

「それで……葵、そんな子と名家の子との橋渡しというか……ともかく、どちら側にも顔が利くから……人気らしいのよ」

「……顔も良くて、成績も良くて、人望もあるって……学園のアイドルじゃね?」

 そんな俺に、桐生は『ははは』とらしくない笑みを浮かべて。



「惜しいわね。葵の渾名、『聖女』らしいわ」



「……悪役令嬢の従姉妹っぽいと言えば従姉妹っぽい渾名だな、それ」

 ……よく無いか、そういう漫画とかラノベ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 悪役令嬢系の作品で聖女と呼ばれるキャラはなんとなく腹黒なイメージがある。世渡り上手というか
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