エピローグ
「……行ったな」
「……うん」
マンションの一階、手を振って別れた葵ちゃんの背中が、地平線の彼方に見えなくなるまで見送って。
「……俺達も帰るか」
「…………うん」
ほんの少し、眼の紅い桐生にそう言って、二人でエントランスに向けて歩く。
「……何か色々あったけど……まあ、楽しかったよ」
「……ホント?」
「……ああ」
罵倒されたり、罵倒されたり、罵倒されたり……あれ? 罵倒しかされてない?
「と、とにかく! まあ……なんだ」
普段見れない様な、桐生の『姉』としての一面も見れたし。
……なにより……ああ、くそ! こう、『大事』と思える桐生の事を、俺と同じか、それ以上に大事に思ってくれる子が居るんだって、そう思えたし。
「……『妹』が帰って、寂しげに眼を潤ませる桐生も見れたし?」
「な、泣いて無いわよ! ちょ、ちょっと寂しいと思っただけで……な、泣いてないんだからね!!」
顔を真っ赤に染め、そう怒って見せる桐生の、その姿が、何だか。
「そんな寂しがるなよ、桐生。お土産を取りにまた遊びに来てくれるって」
「……うん。ま、まあ……そ、そうね。あの子、忙しいとか言ってたけど……せ、折角『姉』が用意したんだから、何時までも放置しておくのは失礼よね!」
そう言ってそっぽを向く桐生に、俺の頬にも苦笑が浮かぶ。
……なあ、葵ちゃん?
「だ、大体! 電車で帰るって何よ!」
やっぱり、似た者姉妹だな?
「何だったら、私がタクシー代くらい出してあげるのに! それをあの子、電車で帰るなんて……妹は黙って、姉の世話になっておけば良いのよ!」
素直じゃ無くて、意地っ張りで、可愛げが無くて。
「いくらまだ日が高いって言っても……あの子の家に帰るころには暗くもなってるだろうし! 葵、可愛い顔してるんだから、夜道の一人歩きは危ないじゃない! ねえ、東九条君? 東九条君もそう思うでしょ!!」
……姉妹の事が、心配で心配でしょうがない、シスコンな所なんか……ホント、そっくりだぞ?
「な、なによ! なんでそんな『やれやれ』みたいな顔を浮かべているのよっ!」
気付けばこっちをむーっと睨みつける桐生の顔があった。そんな顔に苦笑を浮かべながら俺は肩を竦めて見せる。そんな俺にむっとした後、桐生はしおらしく頭を下げた。
「ねえ、東九条君」
「ん?」
「その……色々、ありがとう」
「……ん」
気まずそうに、でも嬉しそうに。
頬を染め、横を向く桐生に、笑顔で返し。
「……今日、貴方なにか予定ある?」
「予定? ないけど……なんだ?」
「……色々お世話になったから……お昼、奢ってあげるわ。何が食べたい?」
「……」
「……なによ?」
「……珍しい。桐生の奢りって」
「し、失礼な事言わないでよね! その言い方だと、まるで私がケチみたいじゃない!」
「いや、別にそうは言って無いけど……」
「良いの! お礼何だから、何も言わずにさっさと選びなさいよ! 何でも良いわよ!」
……ふむ。何でもと来ましたか。
「それじゃ……」
「あ、あ、あ! ちょ、ちょっと待って! 何でもって言ったけど、手持ちがお土産買い過ぎてあんまり無いから、高い物なら一度、お部屋に帰ってキャッシュカードを――」
「……炒飯」
「――ないと……って、は?」
「桐生の作った、炒飯が食べたい」
「炒飯って……そんなので良いの? 折角私が奢ってあげるって言ってるのに」
「ああ。炒飯が良いよ」
だって、桐生の炒飯は。
「……別に、遠慮なんてしないで良いのよ?」
「遠慮なんかしてないさ」
お前の事が大事で大事で仕方ない、『妹』が大好きな食べ物だろう?
「昨日、食べそこなったしな。俺も手伝うから一緒に作ろうぜ?」
そう言う俺に……嬉しそうに顔を綻ばし。
「しょ、しょうがないわね! この桐生彩音が、腕によりをかけて作って上げるわ! じゃ、じゃあ、買い物しにいきましょ! もう材料がないから!」
そう言って足早に駆けていこうとする桐生の背中を苦笑で見やり。
「……今度は、皆で食おうな?」
地平線の向こうに消えた背中に、届かない声を向ける。
「東九条君! 何してるの! 早く、早く!」
「ああ、悪い悪い! 今行く!」
いつか……三人で、ワイワイ言いながら食材を買って、料理して、食卓を囲む日を楽しみにしながら。
俺は足早に、桐生の背中を追いかけた。
◇◆◇
「おはようございます、浩之さん」
頭上からかかる声に、眼を覚ますと。
「……へ?」
その印象は、『幼い桐生彩音』といった感じ。
目鼻立ちも、顔のパーツの配置も桐生によく似ている。中学生という年齢考えれば桐生程完成された美少女ではないが、それでもあどけなさを感じさせるそれは将来の美女を十分に約束されたものだろう。服装も『流石お嬢様』と言わんばかり、清楚なワンピースが良く似合ってる。桐生との相違点と言えば……同じくらいの長さの綺麗な黒髪をサイドテールに結っている……もういい、これ?
「……葵ちゃん?」
「はい、浩之さん。それより浩之さん。何時までも寝ておられず。折角の休日ですよ? 早く起きて有意義な一日としましょう」
「あ、ああ、わる……じゃなくて!」
……なんで葵ちゃんが居るの?
「ああ。此処に私が居ると着替えにくいですか? わかりました、私は眼をこの様に両手で隠しますので、気にせず着替えて下さい」
「両手で隠す前に部屋を出ろとか、せめて後ろを向くぐらいしろとか、両手で隠すと言いながら実は指の間からこっそり覗くんじゃねえとか言いたい事は腐るほどあるけど!」
「下着を見たのはお互い様じゃないですか」
うぐ……そ、それは……って、そんなことより!
「なんで此処に葵ちゃんが居るの!? 先週、帰ったよねぇ!」
先週、涙の別れをしてませんでしたか、貴方!?
「……貴方が言ったんですよ、浩之さん。『なるだけ早く来い』と。ですから、全ての予定を切り上げ、早々にこちらに赴いたのですが」
「いや、早々にって!」
帰った翌週に、すぐさま来るってどんだけ早いんだよ!
「……なるほど。つまり浩之さん、貴方は『社交辞令で言っただけなのに、こんなに早く来るなんて……これだから成り上がり者は』と、そう思っている訳ですね?」
「そんな事は思って無いよ! 失礼な事を言うな!」
「それでは問題ありませんね。それでは浩之さん、行きましょうか。私、遊園地に行ってみたいです」
「行きましょうかって、おい! 俺、まだ着替えて無いから! ちょ、待て! 待ってーーー!」
「ひ、東九条君! さっき柳之介おじ様から電話があって、『葵がそっちに行くって言ってたから』って言われ――あ、葵!? なんで貴方、東九条君の部屋に居るのよ!! っていうか、鍵は!?」
……まあ、そんなこんなで。
それから二か月に渡って毎週毎週土日の度に遊びに来た葵ちゃんと遊園地に行ったり、猫カフェに行ったり、温泉旅行に行ったり、いつの間にか葵ちゃんの実家に拉致されて柳之介さんに葵ちゃんなんて目じゃないくらいの尋問を受けたり、それを知った桐生が拗ねて怒ってもう大変! な事件があったりしたんだが……
それはまた、別の話。
と、言う事で20日超、ありがとうございました! 面白かったと思って頂ければ幸いです!
そして、約一か月後の3月25日にはついに! ついに『許嫁が出来たと思ったら、その許嫁が学校で有名な『悪役令嬢』だったんだけど、どうすればいい?』二巻が発売となります!! 皆様、宜しければぜひご購入頂ければ……なんちゃって。
それでは今後も『悪役令嬢許嫁』、『悪役令嬢許嫁』を何卒よろしくお願いします!!




