第二十一話 服の流行が変わらぬ内に。
照れたようにそっぽを向いたまま、そんな事をいう葵ちゃんに笑顔を浮かべたまま、俺は口を開く。
「……ああ。是非今度……寄らせて貰うよ」
「……そうして下さい。おじ様も喜ぶでしょう」
……。
………。
…………ええ~……
「おじ様、昔趣味だった狩猟の銃を最近蔵から出して磨いているらしいです。一体、何をしたいのやら」
……ああ。
「まあ、それでも浩之さんなら巧くおじ様を説得してくださるでしょう」
期待していますよ、と、こともなげに言って見せる葵ちゃん。
「……マジ。え? っていうかこれ、俺が悪いの?」
「……正直、とばっちりも良いところでしょう。良いところでしょうが……まあ、男親の気持ちは分からないでもありませんので」
いや、分からんではないけど!!
「……安心して下さい、浩之さん」
言ったでしょう? と。
 
「……お姉様が認めて、慕う男性なら」
 
私は……お姉様の味方であり、その男性の味方です。
「……ありがとう、葵ちゃん」
「姉の……姉と、その慕う男の幸せを願わない妹など、居ませんから」
少しだけ照れた様に。
ほんのり頬を桜色に染める葵ちゃん。
 
「葵~!」
 
チン、と鳴ったエレベーターから物凄い笑顔を浮かべた桐生がぶんぶんと腕を――振れない。
「……お姉様。大声で呼ばないでください、近所迷惑です」
「あ……ごめん……って、大丈夫!! このフロア、今は私と東九条君しか住んでないから」
勢いのままに頭を下げる桐生に、呆れた様に……でもとっても優しい眼の色を浮かべる葵ちゃん。
「……って、桐生? 何だよ、それ?」
桐生のその小さな手には抱えきれんばかりの荷物の山、山、山……俺の言葉に、桐生は眼を輝かせ。
「折角、こっちに来たんだしと思って、駅で売ってるお土産全種類買って来たわ!! みて、このお饅頭! とっても美味しいって評判らしいの!! それでね? これはこないだ東九条君と一緒に行ったケーキ屋さんのケーキ!」
手の中の『戦利品』を嬉しそうに披露する桐生。っていうか、桐生。いくら『お土産』って言っても、その量は……
「……お姉様」
「それで! こっちが――って、なに?」
「私は電車で帰ろうと思っています」
「そう言ってたわね。車を出して貰えば……ああ、そっか。今日はお休みか、運転手さん」
「折角の連休ですしね。私の我儘で振り回せません。それで」
一息。
「……昨日だって服だ靴だと随分買ってもらいましたよ? その上でその量の荷物を……私が持って帰れると、本当に思っているのですか? 電車で」
 
……で、ですよね~?
「……」
「……」
「……てへ?」
「『てへ?』ではありません。全く、お姉様は……たまに、何時もの聡明さは何処に行ったのかと思うほどのおっちょこちょい振りを発揮しますね。大体ですね、お姉様。そもそもお姉様は、桐生家の跡取り娘でしょう? もう少し自覚を――」
桐生を叱責……眼が笑いながらも、叱責する葵ちゃんに苦笑を一つ漏らし、桐生の手元にある饅頭の袋から饅頭を一個取りだして、黙って葵ちゃんの口に押し込む。
「もが! ひろふひはん! はにをはさるほでふか?」
「足の早いモノは食べるか持って帰るかして、残ったお土産はこっちに置いとけば良いだろ?」
「……んぐ。残ったお土産はおいて置く? それでは、浩之さん? その荷物は後で送り届けてくれると、そう言う事ですか?」
葵ちゃんの言葉に、首を左右に振って。
 
「また……何時でも遊びにくればいいだろ? 今度は、もっとゆっくり出来る様にさ」
折角、桐生が用意してくれたお土産だ。送るよりは、葵ちゃんが持って帰った方が、喜びもひとしおだろう?
そう言う俺に、葵ちゃんは少しだけ眼を丸くして。
「……やはり貴方はバカですね、浩之さん。先ほど言ったでしょう、服や靴もあると。靴はともかく、服には流行り廃りがあります。次来る時は、もうその柄や色の流行りが廃れているかも知れないでしょう? それに……私は成長期です。次に来るときは服のサイズが――」
「だったら……次も早く来いよ。服の流行りも、サイズも変わらない内にさ」
大体……何言ってんだか、葵ちゃん。葵ちゃんは桐生のくれたものだったら……サイズはともかく、流行りなんて気にせず喜んで着るだろ? 大好きなお姉ちゃんからのプレゼントなんだから。
そう言って笑って見せる俺に、ふんと鼻を鳴らし。
「……私も決して暇な訳では無いのですが……」
頬を軽く朱に染めながら、溜息をついて見せて。
 
「……そうですね、折角のお誘いです。なるべく……時間を作って、訪ねさせて貰います」




