第十九話 仲直り炒飯
そっぽを向きながら、そんな事を言う、葵ちゃん。なんだかその姿は年より幼く見えて。
 
「……何をしているんですか? 東九条浩之?」
 
 
知らず知らずの内に、俺の手は葵ちゃんの頭に伸び、その小さな頭を、撫でていた。
「……凄いな、葵ちゃんは」
「……凄くありません」
「……偉いな、葵ちゃんは」
「……偉く……ありません」
「……『強い』な……葵ちゃんは」
「……貴方に……あなたに、なにが……」
「……分かるさ」
もっと、巧く出来たかも知れない。
もっと、巧く立ち回れたかも知れない。
「だから……俺には良く分かるし……やっぱり、葵ちゃんは偉いよ」
並び立ち、共に在る事が出来なかったとしても。
自身の非才を嘆きながらも……それでも、姉の為に出来る事を必死にやるその姿は。
どんな天才よりも、どんな秀才よりも、健気で……そして、強いと。
例え……両の眼から、涙をこぼし、嗚咽を堪える姿でも。
 
……真に。真に、『強い』と。
「……貴方に褒められても……嬉しくありません」
……そっか。
だったら。
「……褒めるべき人の、出番かな?」
「……は?」
「……だってさ、桐生」
その俺の声に……慌てる頭が二つ。
 
一つは、俺に撫でられる頭で。
もう一つは……さっきから、扉の影でちらちらこちらを伺う……頭。
「な! お、お姉様! い、何時からそこに!」
恥ずかしそうに、扉からその顔を……真っ赤に染まった顔を出しながら。
「そ、その……『な、何を根拠に』って辺りから……」
その桐生の言葉に表情は無表情のまま、葵ちゃんの顔も真っ赤に染まる。
「……あなた……気付いていましたね」
「ああ」
笑いを噛み殺しながら……だってな~。物凄い気になると言わんばかりにちらちらちらちら頭が見えてたらそら、気づくわな?
「っく……この桐生葵を策に嵌めるとは……いい度胸です、東九条浩之」
そんな真っ赤な顔ですごんでも、怖くも何ともないぞ?
「……」
悔しそうに、俺を睨みつけ、でも、それではこの場面は切り抜けられないと判断したか。
 
「「あ、あの……」」
 
どうやら、桐生も同じ結論に達したらしいが……そのタイミングは、最悪。流石『姉妹』、思考がこうも似通うかと、若干あきれ――
 
 
きゅーーーーー
 
 
「……あ」
「……お腹……空いてるの?」
……訂正。タイミングはばっちりだ。慌てた様にお腹に手をやる葵ちゃんを見て。
「……何か食べたいモノは?」
腕をまくり、食堂内に足を踏み入れる桐生。
「あ、お、お姉様!? い、今のは私のお腹の音では!」
「ああ、もううるさいわね! じゃあ良いわよ! 私が食べたいの! だから葵! 貴方も付き合いなさい! 良いわね!」
「……」
「それで! 何か食べたいモノは! 折角だから、貴方が食べたいモノ作ってあげるわよ!」
「お姉様が……料理?」
「な、なによ、その顔! 私だって静香さんに教えて貰ったんだからね! そ、そりゃ、炒飯ぐらいしか上手に出来ないけど……で、でも!」
「……」
「ちょっと、葵! 貴方……」
 
 
「……ちゃーはん」
 
 
ほんの……蚊の鳴く様な、小さな声で。
 
「……それでは……お姉様の……炒飯が……食べて、みたいです」
 
その、葵ちゃんの言葉に。
 
「し、仕方ないわね! それじゃ、作ってあげるわよ! 葵、お皿ぐらいは用意しなさい!」
限りなく素直じゃ無い桐生は……顔を真っ赤にしながら、それでも嬉しそうで。
「……はい!」
果てしなく素直じゃ無い葵ちゃんも……やっぱり嬉しそうで。
「……似たもの『姉妹』だよな、やっぱり」
「なに? 何か言ったかしら、東九条君!」
「いいや、なんにも」
「本当かしら? 何だか失礼な事を考えてる顔だったけど……」
心外な。失礼な事じゃねえぞ?
「そう……それより、どうする? 貴方も……食べていくかしら?」
そう、上目遣いでこちらに問いかけてくる桐生。
……そうだな。桐生の炒飯が美味いのは、実証済み。じゃあ、ここは一つ……
 
 
「……遠慮、しとくよ」
 
 
折角、姉妹水入らずだ。俺が居たら出来ない話も……あるだろ?
「……そう。悪いわね。なんだか仲間外れみたいで」
若干残念そうに……でも、心底嬉しそうな桐生と葵ちゃんに片手を振って、俺はキッチンを後にした。んー……時間も遅いけどなんか腹減ってきたな。ラーメンでも食べに行くかな? 折角だし炒飯セットにしよ。
「……ま、桐生の炒飯程、美味いとは思えないけど」
姉妹の仲直りの炒飯だもんな。絶品だろ、そりゃ。
 
 




