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第一話 桐生さんの成長と不穏なメール


「……ご馳走様。いや、マジで美味かった!」

「そ、そう? それは……良かったわ」

 心持、安堵の表情で優しい、ふんわりとした笑顔を見せる桐生。

「いや、マジで美味かった。成長したな、桐生……って、何様って話か」

「そんな事はないけど……ほ、本当? 本当に美味しかった?」

「ああ。マジで成長を実感した」

「そ、そうかしら? ま、まあ最初の料理……というより、入り口がアレだから成長のスピードは速いと思うけど……」

「それは言うなよ。いや、でもマジで美味かったぞ?」

 いや、もちろん……というとアレだが、料理の鉄人!! という程、別段何か特別な味付けをしている訳では無いのだろうとは思う。でもな? パラっとした御飯の感じといい、良く味の染みたチャーシューといい、卵の加減といい、文句のつけようの無い出来だった。そう伝えると、桐生は照れた様に頬に手を当てる。

「べ、別にお世辞なんか言わなくても良いわよ。それに……チャーシューに関しては出来合いの物を入れただけだし」

「それでもだよ。ちなみに、お世辞じゃないぞ? マジで美味かったんだって。毎日食べたいくらいに」

「あ、あう! 調子が良いんだから! バイオテロって言ったくせに!」

 顔を真っ赤にして、若干そっぽを向いて。

「……もう! 本当にお調子者ね、東九条君ってば!」

 それでも顔を少しにやけさせる、可愛い女の子がソコに居た。

「……それじゃ、洗い物でもするわ」

「洗い物ぐらい、俺がするぞ?」

「良いわよ。洗い物までして料理でしょ?」

「そっか」

 ……ん?

「……そうか?」

 そんな話は聞いた事無いんだが。

「い、いいの! とにかく東九条君は座ってなさい!」

 俺の前の皿と、自分の皿を持って桐生が流し台に向かう。水道から水を流して、スポンジに洗剤を付ける――前に、何かに気付いたかの様にエプロンのポケットからゴムを取り出してその背中まで靡く綺麗な髪を高い所で結い、『むん!』とばかりに両手をぐーの形に。見るとは無しにそんな桐生の後ろ姿を見つめて。


 ……なんか、ちょっと良くない?


 いや、うなじが眩しいとか――と、言うのもあるけど……そ、その、ほ、ホレ、新婚さんの家庭とか、こんな感じじゃないか? 別段、する事もなくこうやって奥さんの背中を見て、『ああ、俺って幸せだな~』みたいな事を考えたりしながら――

「……東九条君」

「……」

「……東九条君?」

「……っは! な、なに?」

 い、いかんいかん。ついつい、妄想劇場が始まっていた。脳内桐生が、『食事が終わったから……お風呂? それとも……』みたいな感じで、嬉し恥ずかしイベントが始まる所だった!

「……そ、その……」

 こちらに背中を向けたまま、もじもじとしだす桐生。ど、どうした? ま、まさか俺の邪な願望が漏れたか!?

「……本当に……美味しかった?」

「ああ。美味かった」

「……そう……」

 背中を向けたままでも。

「……それじゃ」

 嬉しそうな顔をしてるんだろうって事が分かって――それ以上に、うなじの真っ赤さで、照れているんだろうことが分かる。そして、その……まあ、なんだ。


 ――桐生と、そんな事が分かる関係になれたのが嬉しくて。


「……また……作ってあげる」

 囁くように――それでも、堪えきれないわくわくを湛える様、そんな風な桐生のその姿に、思わず俺の理性が悲鳴を上げる。

「……ひ、東九条君?」

「……楽しみにしてる」

 本当に、心から。

 そんな俺の言葉に、桐生の顔が嬉しそうに綻んで。


「……えへへ」


 ……もう勘弁しろ下さい。こいつ、マジで可愛いんですけど!!

「……桐生」

 既に理性が崩壊した俺。思わず座っている椅子から立ち上がり、桐生の側に一歩、また一歩と近寄って。


 Prrrrr~


「どわぁ!!」

「ひ、東九条君!? ど、どうしたの!?」

 桐生のエプロンから聞こえた音に、思わず後退る。や、やば!! つうか俺、今、何しようとしてた!?

「な、なんでもない! なんでもないから!! それより桐生、電話、鳴ってるぞ!!」

「電話じゃなくてメールよ。メールだけど……本当にどうしたの? そんな椅子の側で蹲って」

「な、なんでもない!!」

 俺の台詞に訝し気な表情を一瞬浮かべ、それでもメールの差し出し先が気になるのか水道を止めてエプロンで手を拭った後、ポケットにしまった携帯電話を取り出して中身を確認し出す。

 ……いや、マジで危なかった。俺、今、何しようとしてた? 付き合っても無い男女が、急に後ろから、そ、その……え、ええい!! 邪念じゃ! これは邪念に違いない!! 悪霊退散! 悪霊たいさ――


「…………え?」


 煩悩と戦っていた俺の耳に、桐生の呟きが聞こえる。そんな桐生の声に思わず視線を桐生に向けて。

「ちょ、お前、大丈夫か!」

「……」

「桐生!」

「……」

「……桐生?」

「……め」

「め?」

「面倒くさい事になったわ……」

 顔を歪めた桐生がだらんと手を下にして天を仰ぐ。見るつもりは無かったが、目に入った文面に視線を向けて。



『……許嫁とはどういう事ですか、お姉様? きちんとご説明してくださいますよね? 次の連休の時にでも伺いますので、予定を開けておいてくださいませ』



 ……なにこれ?



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