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第十八話 『姉』の幸せを願わない『妹』なんて、きっとこの世にいない。


「……」

「……」

 しばしの無言の後、葵ちゃんは、ゆっくりと、大きく……溜息を吐いた。

「……自分でいうのも何ですが……私は聡い子供でした」

「……」

「……ですから……ほんの幼い頃、直ぐに気付きましたよ」

 自分の才は……お姉様には、到底かなわないと。

「……私以上に、聡い私のお父様とおじ様です。私がお姉様に敵わないと、見抜けぬ筈もありません」

 なまじ。

 他の子供より、頭が良かったから気付いたのであろう。

 身近にある、高い、高い壁の存在と。

 ……その壁が、努力だけでは絶対に超えられない、途方も無い壁である、と。

「私は『聡い』のではなく、『小賢しい』だけの人間だと……気付いたのです」

 幼い身の上で、そんな事を気付かされた葵ちゃんは……一体、どれほど辛かっただろうか。

 普通は……嫉妬で狂ってもおかしく無い。

 比べられた事も、あったかも知れない。

 何故出来ないと、理不尽に怒られた事も、あったかも知れない。


『彩音には出来たのに』と……侮蔑の眼を向けられた事だって……あったかも知れない。


「……何か、勘違いをしているようですが……そんな才の劣る私に対してもおじ様もお父様も良くしてくれましたよ。教育も、待遇も、お姉様とは差異はありませんでした。結果を残せば、褒めてくれ、愛してくれる。お姉様と比べ、貶める事も、嘲ることも、侮る事もありませんでした」


 そして……それが、悲しかった、と。


「……有り難い話ではありました。お姉様はある種の天才ですから。そんな天才と比べられたら、私はきっと……精神を病み、壊れていたでしょう」

 それでも。

 比べる事すら、してくれないと。

 端から、敵う筈が無いと、『諦め』られるのは。


 ……何より、悲しかった、と。


「ですが……お姉様だけは、違いました。『何故、こんな事が出来ない』『何故、もっと上手に出来ない』……私が苦心してやり遂げたとしても、『そんな事、葵なら出来て当然よ!』と……まあ、酷い話ですよ」

 酷い話と、文句を言ってるのにも関わらず……葵ちゃんの眼に、非難の色は浮かんでおらず。

「……唯一、なんです。お父様も、おじ様も、敵うはずないと思っているのに……お姉様だけなんですよ。お姉様だけが、私に『もっとできる』と……お姉様の私に対する評価だけが……過分に高かったのですよ」

 そして……それが、何より、嬉しかった、と。

 葵は、私に比肩できる、と。

 葵は、私に負けては居ないんだ、と。

「挫折し、絶望した人に、ただの人が慰めにかける言葉ではなく……お姉様は本気で、そう思っていたんです。なんといっても言葉を飾ることをしない、あのお姉様ですから」

 きっと、それは真実、と。

「挫折と、絶望を与えた人間が、その事を訴えかけ、そして、与えた人間本人が……誰よりも、その事を信じてくれているんです」

 自身が認め、憧れた人間が。桐生彩音が。



『桐生葵』を……認めてくれている。



 それが……何より、嬉しい、と。



「……その時、決めました」

 お姉様の隣で、お姉様と共に在る事が叶わなくても。

 何があっても……例え、桐生家を敵に回す事になったとしても。


 私だけは、私を認めてくれたお姉様の……『桐生彩音』の、味方になろうと。


「……巷で、どれほど悪役令嬢と呼ばれても……桐生彩音は桐生彩音……私にとっては大事な、『彩音お姉様』です」

「……葵ちゃん」

「……唯でさえ、あれほど『人付き合い』が苦手なお姉様です。同性は勿論、男性と話すことなどそれこそ両手で数えるくらいしかしたことがない……言ってみれば、『そちらの方面』では、正直幼稚園児の方が進んでいるでしょう。加えて、お姉様は良くも悪くも一つ事を思い立つと視野が狭くなりがちです。そんなお姉様に許嫁が出来て……あまつさえ、その許嫁が『他所に女を囲っても構わない』と言われて嬉々としているような不節操極まりない男であれば……騙されているのでは無いかと、取り返しのつかない『心の傷』を負うのでは無いかと……妹として心配になるのも道理というモノです」

「……誰が嬉々としてるんだよ」

「ですが、今日は」

「……あれには色々事情があるの!」

 でも……なんだ。

 考えれば……とても、シンプル。

 最初から……葵ちゃんは言ってたじゃないか。

『家柄も才覚も無くても、それはそれで構いません』って。

『姉が慕う』ならば……どんな男であろうと、私も義兄として慕う、と。

「……凄いな、葵ちゃんは」

「……何がですか?」

「本当に……桐生の幸せが、大事なんだろう? あれか? 俺にあれだけ酷い事言ったのも……俺が『もう嫌だ』って逃げ出すと思って……というか、逃げ出せば良いと思って?」

「……ふん」

 そう言ってそっぽを向く葵ちゃん。そんな葵ちゃんに苦笑を浮かべる。

「……葵ちゃんも十分、優しいよ」

 桐生家の発展のため……というとアレだけど、この許嫁は親父と豪之介さんの間で決められた『家』と『家』の約束事。

 そんな許嫁を、何の理由も無いのに、勝手に葵ちゃんがぶち壊したら?

 ……簡単だ。葵ちゃんの立場は悪くなる。処分される可能性だって……無くは無い。

 にも、関わらず。


『騙されているかもしれない』って……『お姉ちゃんが悲しむかもしれない』って……そんな理由で婚約破棄させようなんて。



「……姉の幸せを願わない妹が、何処にいますか」



 そっぽを向きながら。葵ちゃんはそんな事を言った。


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