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第十七話 もしかして、葵ちゃんって……


 葵ちゃんの言葉に押し黙る俺。そんな俺をちらりと見て、葵ちゃんはため息を一つ。

「……話を戻しましょう。お姉様は、桐生家の中でもずば抜けて優秀です。私など、とてもお姉様には及びません」

 一瞬。ほんの一瞬だけ、葵ちゃんの瞳に憧れに似た感情が浮かんだ気が、した。

「どれだけおじ様やお父様が言っても、性格を曲げなかったお姉様です。自身の信じた道を歩むと決めた、そんなお姉様です。」

 もう一度、溜息。

「……知っていますか、東九条浩之? 先日、お姉様は実家に帰ったのですが……何をしていたと思います?」

「……わかんね」

「料理の勉強ですよ。『静香さんに教えてもらって、東九条君に美味しい料理を振舞うの!』と……おじ様が血の涙を流していましたよ? 静香さん――ああ、本家の家政婦をして下さっている方ですが、言っておりました。『彩音お嬢様、バックに花が飛んでいました。やはり……恋は人を変えるのですね』と」

「……」

 う、嬉しいよ? う、嬉しいけど、その、べ、別に恋とかそういう……い、許嫁なだけだし!

「……『あの』お姉様が、です。どれだけ人に罵倒され、どれだけ孤独にさらされ、どれだけ風当たりが強かろうが……自らを曲げなかったあのお姉様が……『人』の、『東九条浩之』に料理を振舞うためだけに、料理を学びに帰ったのです。『あの』お姉様が……『人』の事を気にしたのです。悪意ではなく」


 ――純粋な『好意』として、と。


 真っ直ぐと。

 穢れの無い瞳でこちらを見つめて。


「それは全て、貴方の功績ですよ、東九条浩之」


「……そうだったら、嬉しいな」

 照れ隠しに頬をかきながら、でも本心は誤魔化さずに。

 だって、もし桐生が一人で抱えていた問題を、肩の荷を、その重荷を下ろすことが出来て、それに俺の力があるのであれば。

「……うん、嬉しいよ」

 こんなに嬉しいことは、ない。

「お姉様の変化を聞いて、お父様は仰天しました。仮に静香さんの話が真相であるならば、果たして『東九条浩之』とは、どの様な人物か? 思想は? 資質は? 才は? それによって、今後の桐生家の在り方も大きく変わる。調べるのは至極当然でしょう。だって云うのに貴方から出てくる情報が、殆どないのです。東九条の分家筋、世が世なら立派なお坊ちゃまな貴方の情報が、です」

「……まあ」

「伝わる情報では尾鰭がついたり、逆に本体が無かったりと要領を得ません。ですから……私が直接見聞きし、『東九条浩之』を調べようと……そう、思ったのです」

 ……なるほどな……って……ちょっと、待て。

「……葵ちゃんが俺を調べるの?」

「はい」

「いや……なんでさ?」

「先ほども言った通り、お姉様の性格は苛烈です。全ての敵を叩き潰しすほどに能力もあります。その能力を担保に、お姉様は一人で生きていける様になったのです。そんなお姉様が……花が咲くような笑顔で『東九条君にお料理作る!』ですよ? 血涙を流す豪之介おじ様にさんざん、愚痴を聞かされました。ええ、はっきり言います。いい迷惑です。聞かされるこっちの身にもなって下さい」

「そ、それは……何かすいません」

 ……なんか、冤罪っぽいんだけど……

「お母様は『やっと彩音ちゃんにも春が来たわね!』と手を叩いて喜んでおりましたが、私はそれ所ではありませんでした。一刻も早くお姉様の元に駆け付けようとしたのですが……」

「ですが?」

「……身内に一人バカがおりまして。その身内の後始末に……まあ、いいでしょう、これは」

 ……身内の後始末って。なんか気になるけど……葵ちゃんの目、無茶苦茶怖いんだよな。うん、沈黙は金。

「そ、その……豪之介さんについては、申し開きも無いんですが……それって桐生家にとって問題なのか?」

 その……自分で言うのはなんだけど、桐生の変化って所謂『いい変化』だろ? そんな俺の問いに葵ちゃんが気まずそうにそっぽを向く。

「まあ……そうですね。今のお姉様の様に、他者と触れ合うことが出来るのは桐生家にとってもプラスです」

 ……じゃあ、何の問題もないんじゃね?

「ですから……桐生家としては問題が無くとも、桐生葵としては問題がある、という事です」

 そっぽを向いたまま、そういう葵ちゃん。え、ええっと……

「……はい?」

 は、はい? 何だか段々、訳が分からなくなって来たぞ? だって、桐生の変化って、桐生家的には問題無いんだろ? にもかかわらず、葵ちゃん個人には問題あるって、一体どう――

 ……。

 ………。

 …………あれ? 桐生家として問題無くて、葵ちゃん個人として問題があるって……もしかして……

「……なあ、葵ちゃん?」

「……何ですか?」

「もしかして……葵ちゃんって……桐生の事が心配だったから、俺を見に来るとか言いだしたの?」

「……」

「……」

「……な、何を根拠に」

「何を根拠にって……」

 いや……普通、そう思わない?

「し、心配は心配です。その、つまり、ですね? 余り一人の男に現を抜かしているようでは、桐生家の今後にも影響しますので! ただでさえ、敵の多い我が家です! 『次代の当主が男にすっかり骨抜きにされた』など風聞は――」

「でも……問題ないって葵ちゃん、さっき言ってなかった?」

「……」

「……」

「……なあ、葵ちゃん?」

「……何でしょうか?」

 そっぽを向く葵ちゃんに。



「もしかして葵ちゃんって……シスコン?」



 俺の言葉に、初めて葵ちゃんの顔に動揺の色が浮かんだ。


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