第十六話 戯れに、問う。
……桐生家、すげえ。
「それで……その豊富な情報で分析した結果は? 俺じゃ役者が足りないか?」
「桐生家は発展しました。豪之介おじ様とわが父、柳之介。この二人で始めた企業が今では従業員千人を抱える企業に成長しています」
「……」
「桐生家の次代に求められる資質は非常に難しいです。従業員とその家族、すべてを守りきらなければいけません。だって云うのに、桐生家を見る社交界の目は厳しい」
「……まあ、そうだろうな」
桐生も言ってたしな、成り上がりものって。あれか、出る杭は打たれるってやつか。
「そんな中、桐生家の次代はお姉様です。正確にはお姉様の配偶者が経営トップを担うかもしれませんが……まあ、どちらでも良いです。あのお姉様が、『内助の功』に甘んじるわけがありません。経営にもガンガン口を出すでしょう。優秀なお姉様です。きっと成功もするでしょう。そんなお姉様が担う次代の桐生家は、もしかたらもっと発展するかもしれません」
「だったら――」
「ただ、苛烈」
「――……」
「お姉様は……立ち塞がる敵をなぎ倒し、討ち払い、駆逐します。味方が少ない桐生家にとって、全ての恨みつらみを内包した、その上に築かれた彼女の作った『帝国』は……果たして真の意味で『安寧』といえるのでしょうか?」
「まあ……確かに。桐生、結構過激だしな。それじゃ、性格を……」
「変わると思いますか、東九条浩之?」
「……思わない」
二人して、ため息。
「……お姉様の性格のあの一端を作り上げたのは……お姉様の育った環境もありますが、それ以上に桐生家での教育が大きいです。より正確には、豪之介おじ様と私のお父様が背中で教えた結果です。おじ様やお父様が何を言っても変わらないでしょう。私など論外です。ですから……お姉様が、このまま孤独に生きていく事は変えることが出来ない事実だった」
事実だった……はずなのですが、と。
そこで言葉を切り、こちらに視線を向ける葵ちゃん。え? なに?
「……貴方です、東九条浩之」
「……は?」
「桐生家の描いた『戦略』の中に、唯一入っていなかった不確定要素。それが、『桐生彩音の許嫁』東九条浩之。貴方です」
「……お、俺?」
「身内の贔屓目を抜きにしても、我がお姉様は優秀です。身内をこう言うのはなんですが、おじ様もお父様も優秀です。優秀ですが、お姉様はそれ以上に優秀だと私は思っています」
「……そうなの?」
「仮にも許嫁として同居していたのでしょう? 気付かなかったのですか? 貴方の眼は節穴ですか? それとも、それは唯の飾りで、本当は硝子玉か何かですか?」
さらりと毒を吐く葵ちゃん。いや、硝子玉って。
「いや……そりゃ、俺から見たら、勿論桐生は凄いやつだと思うけど……」
でも……葵ちゃんだってあれだろ? 今では聖ヘレナでトップクラスの成績を取る人間なんだろう? それなのになんというか桐生をこう……持ち上げすぎであってんのか? ともかくそんな感じになるわけで。
「……戯れに聞きましょう、東九条浩之」
「……なにを?」
「同じ家柄に生まれ、同じ経済状況。片方は『努力を怠る経営者』で、片方は『努力を重ねる経営者』……戦えば、どちらが勝つと思いますか?」
「努力を怠る経営者と、努力を重ねる経営者って……そりゃ、努力を重ねる方だろう?」
俺の答えに、ふるふると小さく首を振る葵ちゃん。
「正解は、『頭の良い経営者』です。天に愛された才能を持つ経営者です。そんな経営者の前では……努力をしようがしまいが、そんな事は欠片も関係ありません」
そんな事は! と反論しかけて。
葵ちゃんの……憂いを帯びたその瞳に、思わず息を飲む。
「それだけ……お姉様は凄かったのですよ。だから――私は、早々と『諦めた』のです。お姉様には敵わないと、お姉様のお眼鏡には適わないと……隣で歩むのは叶わないと」
……ああ、と。
分かってしまったのは……何故だろう?
努力を重ね、努力を重ね、努力を重ね――その努力の果てに、そのすべてを投げ出して、諦めてしまった。
……葵ちゃんの姿に、そんな自分を重ねたからだろうか?
葵ちゃんの言葉を、そのまま聞くのであれば。
自身のすぐ上の『姉』と慕う身内が、優秀で。
勉強も。
運動も。
美貌すら持ち合わせた、その『姉』がすぐ身近にいて。
……それを、最高の環境と。
自身を鍛える上で、絶好の機会と。
そう、楽観的に捉える事が出来るだろうか?
どんなに頑張っても、どれだけ努力をしても、決して見えない、決して踏めない『姉』の背中と影。
物心ついた時から、ずっと。
そんな環境で、生きてきたら。
きっと……『諦め』てしまうんじゃ……無いだろうか?
「……戯れですよ、東九条浩之」




