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第十五話 桐生家という生き方


『そんなこと――あなたに言われる筋合いはありません。分かっています』


 葵ちゃんの言葉に、一瞬きょとんとする。

「……はい?」

 ……え? わ、分かってるの? 分かってるのにあんなに崇拝してたの、君? 

「お姉様が所謂『普通の女の子』であることなど、貴方に指摘されるまでもなく分かっている事なのですよ。お姉様はご立派な方ですが……人より少しだけ意思が強く、そして人より少しだけ不器用なだけの……そんな、女の子だってことぐらい、貴方に言われなくても分かってます」

 そう言ってつーん、とそっぽを向いて見せる葵ちゃん。俺? そんな葵ちゃんの言葉にぽかーんとした顔を見せてるよ。そんな俺にちらりと視線を向けて、葵ちゃんはふんっと鼻を鳴らして見せた。

「……お姉様が普通の女の子であったとしても……それでもお姉様が優れた人間であることは間違いありません」

「……まあな」

「そして、お姉様は自身の信じた道を貫き通す人です。自身に立ち向かって来た人間を、完膚なきまでに叩き潰す人間です」

「…………ま、まあな」

 ……うん、否定できない。おい、桐生。お前、やっぱりちょっとその性格直せ。言われてるぞ、妹分にすら。

「……ですが」

 そう言って、葵ちゃんは叩かれた頬にそっと手をやって。



「――そのお姉様が……才に劣る私に、どれだけ罵倒をされても怒らなかったお姉様が……怒ったのです」



 貴方を馬鹿にしたときだけ、と。

「お姉様は……自分より、貴方が大事なのでしょう。その大事な相手に、『害悪以外の何ものでも無い』と言い切った私を……お姉様が許してくれるとは、思えませんし」

 そう言って、ふう、と、長い、長い息を吐く。

「そんなお姉様を無理に引っ張って帰っても仕方ないでしょう……明日、私は一人で実家に帰ります。迷惑ついでに一つ、『葵が済まなかったと言っていた』と、そう伝えて置いて下さい」

 そんなのは……無い。

「葵ちゃん!」

「……何でしょうか?」

「その……」

 言葉が、巧く口から出ない。

 でも……やっぱり、こんなのは『違う』と、そう思う。

「……仲直りは……早めに済まして置こうぜ」

「……先ほども言いましたが……お姉様にとって、私は最早不要な存在でしょう。ですから――」

「じゃあ! もし、仮に、そうだとしても!」

 それじゃ……葵ちゃんはどうするんだよ、と。

「このままで良いのかよ、本当に……」

 問いかける俺に、少しだけ眼を丸くして。

「……それこそ、貴方にとってはどうでもいいのでは?」

「……良くねえよ」

 やっぱり、『姉妹仲』が悪いのは見てて気持ちいいモノじゃないし、それに。

「……そんな悲しい顔してる子……放っておけないだろう」

 今にも泣きそうな顔をする葵ちゃんの顔と――葵ちゃんが来ると言って、困惑しながらも、それでも嬉しそうにしていた桐生の顔が浮かぶ。

「……優しい、のですね」

「……」

「あれほど悪意を向けられ、害悪とまで罵られた相手の事を気遣う……なるほど、その底抜けの優しさがお姉様を『変え』たのでしょうか」

「そんな……大袈裟なモノじゃねえよ」

 そう。俺にそんな大げさな力はねーよ。俺はただ、桐生の生き方が貴いと思って、その生き方を尊重しようと思って……隣で、支えていけたらって、そう思っただけだ。

「……正直な所」

「ん?」

「正直な所、私の……いえ、『私たち』の見立てではこの許嫁が此処まで巧く行くとは思っていませんでした」

「……葵ちゃん?」

 急に、何を? いや、それより……私たちの見立てって……なんだ、それ?

「……古来より、戦で必要なのは『情報』と言われています。そういう意味で『経営』とはこの平和憲法下の日本で行われる、いわば公然とした『戦争』です。相手の新商品は、マーケットは、価格は、消費者動向は。そういうものを分析するのが、『戦略』であり……それこそが、商売の鉄則です」

 滔々と、世界の成り立ちを語るかのような明朗さで『戦略』について語る葵ちゃん。

「……それが?」

「その全てを総合して、最善の策を用意するのがわが父が務める役割です。豪之介おじ様はカリスマ性のある立派な技術者ですが……豪快、と申しましょうか……細かい作業は決して得意ではありません」

「……マジか」

 そんなイメージ無かった――ああ、でも、桐生となんかあったら富士の樹海を単独走破とか言ってたもんな。豪快は豪快か。

「当たり前ですが、『会社がどう進みたいか』というのを会社自身が決めなければなりません。その為には各国・各地域の可能な限りの情報を集め、分析する。そうする事により、より自らが望む形に近い『未来』を創り上げる。それがわが父に与えられた役割であり――それにより、我らが家業は大きくなりました。ただの成り上がりから、旧華族の家から婿をやっても良いと言われるほどの家格まで押し上げたのが」

 一息。



「『桐生家』です」





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