第十話 事故だよ、事故!! 事故なんだよっ!!
呆れた様な、怒っている様な声音が頭上から降ってくる。威圧感しかないそれに顔をあげることが出来ない。だ、だってこえーんだもん!!
「……何事も人生勉強と思い、ゲームセンターに寄ってみましたが……なるほど、桐生彩音の許嫁ともあろうものが公衆の面前で女性二人と抱き合いますか。失礼しました、東九条浩之。貴方にはなんの才も無いと思っていましたが……女性を篭絡する手管だけはあったようですね? まあ……なんのプラス査定にもなりませんが?」
そうは言っても何時までも下を向いている訳にもいかない。恐る恐る、言葉の方に視線を向ける。視線の先には、膝より少し上のスカートと、青色のトップス合わせた葵ちゃんの……その、なんだ? ゴミを見る様な視線があった。
「ち、違う! ご、誤解だよ、葵ちゃん!! この二人は幼馴染!! ただの幼馴染だから! 別にそんなやましい事は無いから!!」
「……ほう。『ただの』幼馴染と言いますか?」
「そう!」
「……貴方、もう一度二人の顔を見てからもう一度同じセリフを言えますか?」
「ふ、二人の顔だ?」
葵ちゃんの言に従うよう、俺は右隣の涼子を見やる。そこには『ん?』という表情を浮かべる涼子の姿があった。左隣の智美の顔も同様に窺うも『どうしたの、ヒロユキ?』と言いたげな表情が浮かんでいた。
「ええっと……み、みたけど?」
「……なるほど。そういう関係性ですか。まったく……質の悪い」
「……え?」
「なんでもありません。ともかく……貴方が幼馴染二人と抱き合っていたのは事実でしょう? 公衆の面前で……はしたない」
「だから、違うって!! それはごか――ぶふっ!!」
思わず視線を上にあげかけ、そのまま視線を逸らす。だ、だっておま、その、葵ちゃん、ちょっと短めのスカート履いてるんだぞ? そんな女の子、下から見上げたらお前、そりゃ……
「……? ――っ! ど、どこを見ているのですか、東九条浩之!!」
俺の視線に気づいたか、葵ちゃんがスカートをぐいっと下に降ろして俺を睨む。無表情がデフォルトの葵ちゃんには珍しく、その頬に照れか……もしくは怒りか、朱色が乗っている。
「葵! 記念にプリクラは良いけど――ひ、東九条君……え? 賀茂さんに鈴木さん? な、なんでこんな所に居るのよ、三人で!! っていうか、なにその態勢!? 何があったの!?」
葵ちゃんの後ろから桐生の声が聞こえてきた。俺に一瞥――とんでもなくサめた視線を向けると葵ちゃんは桐生に視線を向ける。
「――お姉様。やはり東九条浩之は桐生家の婿として相応しくありません。お姉様を置いて女性二人と逢引。さらには事故にかこつけて私の……し、下着を覗くなど、桐生家の人間には相応しくありません。やはり、許嫁の件は再考を促しましょう」
「は? あ、逢引? そ、それに葵の下着を覗いたって……ひ、東九条君?」
桐生の視線に困惑と……それ以上の猜疑の色が宿る。ち、違う!! 誤解!! マジで誤解なんだって!!
「違う!! 誤解だ、きりゅ――」
「ちょ、ヒロユキ! 急に立っちゃ――きゃ!」
「あ、危ない、浩之ちゃ――きゃあ!!」
誤解を解くため、慌てて立ち上がった俺だが、今の態勢は涼子と智美の頭を庇うように……まあ、二人の頭に手を回している状態な訳で。
そんな状態で、立ち上がろうとすると……まあ、バランスを崩す訳で。
人間、バランスを崩すとそのバランスを戻そうと手なり足なりをこう、本能的に動かす訳で。
「……あ」
……俺がわちゃわちゃ振った手が、ちょうど葵ちゃんのスカートの裾にあたり、その『わちゃわちゃ』の勢いで。
「……」
「……」
「……東九条浩之」
スカートめくりよろしく、葵ちゃんのスカートを思いっきり捲ってしまった俺に――最早、逃げ道はないわけでして。
「は、はいぃ!」
底冷えする様な……まるで、血の底から這い上がる様な、葵ちゃんの声。
「――何か、言い残す事はありますか?」
……ああ。
……ああ、ああ、なるほど。
釈明とか、言い訳とか、弁解とか、そんな過程は全部すっ飛ばして、いきなり遺言を聞いてやると……そう来ますか。
「……正直、その年でクマさんパンツはどうかとうぎゃああああ!」
良い角度で右頬を打ち抜かれ、宙を舞う俺が最後に見たモノは。
額に手を当て、口元を『バカ』と形作る、桐生の姿だった。
R15、R15。




