第五話 強さの秘密
ビビンバって本当に美味しいですよね。
ちなみに正式名称は「ピビンパ」って言うらしいですよ。
びっくり。
「がちゃりんこ」
変な掛け声と共に事務所のドアを開ける。
「あ、おかえりなさい」
「うお、葵ちゃん起きてたの」
深夜の3:46。葵は変な時間に目が覚めてしまい、過去データの書類に目を通していた。
「はい、変な時間に寝ちゃったので・・・。そちらの方は?」
「あぁ、お客さんだ。・・・あ、いい機会だな。葵ちゃんもおいで」
「え?」
「あと3人分のコーヒーも頼んでいいかな」
「は、はぁ・・・」
葵は席から離れると、コーヒーを用意しに台所へ向かった。
「さてさて、準備するからそこに座っててくれ」
「わかった」
フードボクサーは指示された場所へ座る。
「机の上にあるお菓子、適当につまんでてくれ」
そう言うと蓮治は奥へ消えていった。
なんだろうこの菓子は。思えば現役ボクサーの時からあまり甘いものを摂取していなかった。体を絞るためには糖は毒だったからだ。もちろん試合が当分無いオフの時は口にしたりしていたが、慣れてくると好んで食べなくなってしまった。別に甘いものが嫌いなわけではない(むしろ好き)が、どうしても糖を取ると負けたような気分になってしまう。
「・・・」
一つ手に取り、袋を開ける。見たことのないロゴマークが入っている。最近はこんなものが流行っているのだろうか。そのまま口へ運んでみる。美味い。今まで食べてきた菓子の中でもこれほど美味いと思ったものはあるだろうか。子供の時に食べた、誕生日の日のケーキのような、そんな幸福感を感じる。
「美味いだろ」
不意に蓮治が戻ってくる。
「・・・最近はこういうのが流行ってるんだな」
「いや、これはドイツの特別製だ。なかなか手に入らない」
「ドイツ・・・」
「初めて食べた時に感動してな。定期的に取寄せてる」
「本場からか?」
「そ」
職場の空気はインテリアや置いてあるものによって大きく変わる。蓮治は社長として、そういった面への投資を惜しまない。いや、社長してというよりも個人的趣味もあるだろうが・・・。
すると葵もコーヒーを持って戻ってくる。
「失礼します」
「失礼しちゃう」
「・・・なんてツッコんだらいいんですか」
「コーヒーかけるぞ!って言ってくれたらベスト」
「まだそんなこと言えません」
「まだってことはいつか言えそうだな。期待してるぜ!」
葵は心底「なんだコイツ・・・」と思った・
「すまない」
「いえいえ」
「あ、用意しといてあれだけど・・・2人ともコーヒー飲める?」
「問題ない」
「私も大丈夫です」
「良かった良かった。たまにいるからな、苦手な人」
そう言うと蓮治は白い紙とペンを取り出し、机に置いた。
「さて、早速自己紹介だが・・・ほい」
名刺をフードボクサーに差し出す。
「・・・社長か」
「一応な」
「すまない、名刺というのを持ってないんだが・・・」
「構わんよ」
「この紙、借りて良いか?」
「OK」
するとフードボクサーはペンを手に取り、紙に自分の名前を書き出した。
「・・・吉金 誠司だ。よろしく頼む」
「誠司だな。よろしく」
「白咲 葵です」
葵も名刺を差し出す。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「最近働き始めた大学生だ」
「学生を雇ってるのか」
「実力重視だ。なかなか肝が座ってるやつがいないからな」
「なるほど・・・」
誠司がチラッと葵を見る。てへッと舌を出す葵。
「ちなみに誠司はさっき俺の仕事で出会ってな。俺達の力について知りたいとのことでここへ来たわけだ」
「! ・・・確かに気になりますが・・・」
「ん?」
「いや、その・・・ウラがどうのって・・・」
「・・・あー!なるほど。一般人にそんな簡単にぽんこらぽんこら教えていいのかってことね」
「いやまぁ・・・そうですね」
ぽんこらぽんこらって何。
「問題ない。誠司もこっち側だ」
「! そういうことですか」
「というわけで、そういった面の苦労もわかる者同士、仲良く語りながら説明していきやしょう」
「よろしく頼む」
「お願いします」
「さて・・・まず第一に、この力は科学的に証明されていない。まぁ研究を進めようにも、積極的に協力するやつなど基本的にいないからだ」
「まぁ・・・だろうな」
「だから俺が今から話す情報は、俺が今まで培ってきた知識やデータによるものになる。そこらへんよろしく」
「わかった」
葵も無言でうなずく。
「まずこの力だが、恐らく人間が本来自ら封じてしまっている『限界』を超えてしまったものではないかと推測している」
蓮治が絵を書き出す。なんとも言えない絵だ。
「本来人間というのは自分の限界の30%しか力を引き出せないらしい。鍛錬を積んだ上で、だ。特に何もしてなければ10%も引き出せてないかもな」
「そうなのか?」
「らしいよ。そのあたりは俺自身が実験したわけじゃないから本当かどうかわからんが・・・海外で面白い例がある」
「ほぅ」
「車の下に潜り込んでしまった赤ちゃんがいてな。それに気付いてない車が今にも発進してしまいそうだったんだ」
「うわ・・・」
「するとそれに気付いた母親が一目散に駆け寄り、何をするかと思えばその車をひっくり返したんだ」
「えぇ!」
「それはすごいな」
「母親は自分が何をしたかすぐには気付かず、とにかく子供の無事だけを安堵していた。その後すぐに周りの人の騒ぎ具合で、ようやく自分がしたことの異常さに気付いたらしい」
「一心不乱だったのか」
「そういうことだな。子を守る時の親は強いと言うが、この場合は強いの次元を超えてるよな。こういう例が実在するところを考えると、自分自身が無意識の内に限界の30%までに抑えてるって話も、あながち間違ってはいないような気もする」
「確かに・・・」
「だが、今の俺らはどうだ」
「・・・まぁ、車をひっくり返すくらい可能だな」
「だろ。今回の母親の例はその一瞬だけだった。その後にもう一度同じ力を発揮しようと思っても二度と出来なかったらしい」
「・・・」
「その時の状態を『タガが外れた』と表すなら、俺らの場合は『タガが外れたまま』ということだ」
「・・・なるほど。わかりやすいな」
「俺達はそのタガが外れてしまったままの人間を『開花』した人間と呼んでいる」
「開花・・・」
「ちなみに戻す方法はわからない」
「まぁ・・・戻そうと思うやつがいるかどうかだな」
「だな。ここまでの説明で何か聞きたいことはあるか?」
「大丈夫だ」
「わかりやすいです。大丈夫です」
話している最中に少しずつ書いていた拙い絵だけがシーンと残っている。
「OK。ここで一つ話が進むんだが・・・今日俺と誠司が戦った時、誠司は俺に勝てないと言ったな。あれは何故だ?」
「えぇ! 戦ったんですか!?」
「・・・まぁ、色々あってな」
「楽しみにしてたんだがな。初撃を躱した俺に対して、敗北を認めた」
「・・・あの時、躱された事実はわかったんだが・・・全く見えなかったんだ」
「ふむ」
「正直、対面した時点で・・・あー・・・」
「蓮治でいい」
「ありがとう。・・・蓮治のオーラが違った。明らかの普通の人間ではなかった」
「なるほど」
「あの一撃、全力だった。常人が喰らえば即死・・・どころか首から上が無くなってただろう」
「だろうな」
「だがそれを、多少の油断がある上に躱された。格上でもなんとか勝利を見出すよう努力はするつもりだったが・・・はっきり言って、その後全く勝てるビジョンが浮かばなかった」
「ふむふむ」
「俺もそれなりに場数を踏んでるからな。実力の差くらい少しは理解してるつもりだ」
「ありがとう。あまり言わせるのもあれだからこれくらいにしよう」
同じウラの人間でも差がある・・・その中でも蓮治は別格だと言うのだろうか。
「あの時感じた誠司の直感は正しい。申し訳ないことをストレートに言うが、恐らく俺の方が数段強い」
「だな」
「だがそれは、実力云々もあるかもしれないが・・・開花した時のタガの外れ『具合』もあるんだ」
「? どういうことだ」
「例えばの話をしよう。身体能力がほとんど同じの男がいるとする。その二人の男の握力が同じ50kgだとして、二人一斉に開花しました」
「ふむ」
「一方の握力は150kgですが、一方の握力は250kgでした」
「・・・皆同じ程度ではないということか」
「そゆこと。なぜか全員同じではなく、その時々によって大きく違う。だから下手したら開花しても一流アスリートに及ばない場合もあるな」
「へぇ。もはや開花したかわからなさそうだな」
「確かにな。なんか急に体がよく動くようになったなぁ、くらいだろう。まぁもちろん開花する前の人間的スペックも関係するぞ」
「詳しい指標みたいなのはあるのか?」
「厳密に決まってはいないが、俗称のようなものはある」
すると蓮治が一つの表を取り出した。
【開花レベル】
1:常人 (一般人)
2:並外れた運動神経 (場合によるが、アスリートクラス)
3:ケタ外れの運動神経 (場合によるが、超一流アスリートクラス)
4:人間離れ (人間が出せるパワーを超えてくる)
5:強者 (常人では何人束になっても基本的には抑えられない)
6:境界人 (この力を活かした道を探り始める)
7:要注意 (社長要対応)
8:危険 (社長要対応)
9:超危険 (社長要対応)
10:関わらぬべき
「これは・・・」
「数字の右側に書いてある文言は俺が考えたものだが、レベルを表す数字は意外とウラの世界では一般化している」
「ウラの世界というと・・・俺ら側ってことか」
「そそ」
「後半の社長要対応っていうのが気になりますね・・・」
「この7あたりからな・・・ちょっとまともじゃないやつが増えてくる。数も少ないから、万能感に酔いしれるんだ」
「なるほどな」
「ちなみに世に出回っていない大犯罪の半分が、この開花レベル7以上が関わっている」
「そうなのか・・・」
「ちなみに誠司はここらへんだな」
蓮治が5、6あたりを指でさす。
「蓮治は?」
「俺はここだな」
9に指をさす。
「自信があるんだな」
「過大評価をしているわけではないが、はっきり言ってどう考えてもここらへんなんだよな。だが10じゃないのも理由がある」
「というと?」
「一つは俺の中での座右の銘。『世の中に絶対はない』」
「ほう」
「もう一つの理由は・・・実際に相対した時に、勝てるかわからないと思ったやつに一度だけ会ったことがある」
「蓮治でも?」
「俺も人外具合には自信があるが、あれは凄かったな。まぁ悪いやつではないし、もう一度会えるかって言われたら・・・正直機会が訪れる可能性の方が低いかもしれん」
「世の中広いな」
「ほんとそれ。まぁこの話はいずれな」
「要するにさっきの握力の例で言うと・・・150kgの人はレベル2か3くらいで、250kgの人は4か5くらいってことですか?」
「まぁ単に~倍になるってわけではないが、感覚的にはそれで問題無い」
「一度開花したあとはレベルが上がらないのか?」
「ゲームみたいにポンポン上がるわけではないが、本人の鍛錬によっては開花レベルが上の人間を越す時もある」
「そこはさすがに鍛えれば成長はするってことか」
「開花したからといって機械になったわけじゃないからな。鍛えれば成長はする。だが・・・もう1段階タガが外れるというような話はまだ聞いたことがないな」
「なるほどな」
「もしかしたらあるかもしれんがな」
「世の中に絶対は無いってか」
「まさしくその通り。世の中には想像もつかないバケモンが眠ってる可能性もある」
「そうだな」
「話はだいぶ理解出来たか?」
「あぁ、大方わかった。まぁでもそこまでまだ解明されてないんだな」
「実はそうでな。何一つ確証的なことはない」
「私も大体は理解しました。追いつくのがやっとでしたが・・・」
「まぁこうなってみないとスムーズに話は入ってこないだろうしな。結構最初の頃は俺ら側の悩みとかあるんだぜ」
「悩み?」
「箸か?」
「それ!」
「箸?」
「最初こうなったらな、力加減がわからないんだ」
そう言うと蓮治はおもむろに立ち上がり、誰かの机を漁っていると思ったら鉛筆を持ってきた。
「葵ちゃん、これ片手で折れる?」
「か、片手で?」
そう言われ葵は鉛筆をグッドサインのような手で握り、必死に力を入れた。びくともしない。
「悲しまなくていい。男でもそこそこ力がないと出来ない」
「は、はぁ・・・」
「貸してみ」
蓮治は葵から鉛筆を受け取ると、同じ握り方をした途端にへし折った。
「うわっ」
「簡単に折れるだろ?これはな、俺は力があるぞという自慢じゃなく、力加減がわからないと物を本当によく壊してしまうという悲しい思い出話なんだ」
「コンビニの割り箸なんか持てたもんじゃないよな」
「そうなんだよ!米掴もうとしたら手の中で粉々(こなごな)になるんだ。ほんと難しかったよな」
「力加減がわからず、ちょっと力が入ったら折っちゃうんですね」
「そういうこと。慣れるまでは韓国製の鉄の箸をよく使ったな」
「俺は頑張って割り箸で慣れたな」
「実際その方が慣れるのは早いだろうし、良い判断」
「何本折ったか記憶に無いが」
「開花あるあるだな」
蓮治と誠司が楽しそうに笑っている。笑ってはいるが、そういった苦労やウラの世界に入らなければならなくなったと実感した時の胸中は・・・計り知れないものだろう。
葵にはわからないが、境遇が同じ者同士が仲良くしているのを見るのは、何か心が暖かくなる。
「ところで誠司」
「ん?」
「なぜ族なんかに?」
葵が驚いた表情になる。
「族?」
「あぁ、さっきの俺の仕事ってのは暴走族関連でな。相手の軍団に誠司がいたんだ」
色々と察する葵。
「あーなるほど・・・」
「・・・金だな」
「ほぅ」
「ある日チンピラに絡まれたんだ。もちろん返り討ちにしたんだが、後日そいつらがあの族の一味でな・・・最後に撃とうとしたやつがいるだろ?あいつが俺の元に来たんだ」
「あのずる賢そうな族長か」
「あぁ見えて意外と肝はそこそこ座ってる。あいつは俺のところに来るなりこう言ったんだ。『妹の入院代稼いでんだろ。ウチに来れば金はやる。その代わり用心棒として働いてくれないか』ってな」
「妹がいるのか?」
「歳の離れた妹がいる。下半身不随で車イスだ」
「なるほど。その入院代を駆け引きに出してきたのか」
「もちろん最初は断った。族に手を貸すつもりはなかったからな」
「じゃあ何故?」
「こう言われたんだ。『敵対している族にとんでもなく強いやつがいる。ウチのバカ共がお前にやられた時、そいつと似た強さを感じたらしい。興味はないか?』ってな」
「なるほどねぇ」
「恥ずかしながら・・・興味を持ってしまった。いくら妹のために頑張っているとはいえ、なんだかんだ俺も男だからな。それに、俺と同じような境遇のやつがいるのかもしれないと、気になってしまった。その上、前金で100万まで渡されたんだ」
「まじかよ」
「これがまた現状必要だったお金が丁度・・・賄えてしまうくらいでな。多分事前に調べてたんだろう」
「やるねぇ。正直今回の喧嘩も、鉄ってやつが来ないこと知ってたんだろ?」
「もちろんだ」
「世が世なら、名軍師として名を残してたかもな」
蓮治がケタケタ笑う。
「そんなこんなで俺は行ってしまってな。そこからはもう専属・・・みたいなもんだ」
「なるほどなぁ」
「鉄ともそこで会った。強かったよ。恐らく開花レベルは俺と同じくらいだろうな」
「いいねぇ、会ってみたい」
「いずれ会えるさ。この町に住んでるからな」
「へぇ、見たことあったりして」
「可能性はあるな」
「んで、あの族・・・切って良かったのか?」
「まぁあの流れはな・・・しょうがなかった。蓮治が来てる時点で全て終わってたよ」
「まぁ確かに」
「金は感謝してる。だが、人使いの粗いところだったからな。ブラック企業だよ」
「妹を弱みに・・・ってことか」
「そういうことだ」
「これからどうするんだ?」
「まぁ・・・とりあえずまた適当に、仕事でも探そうかなと思ってるよ」
「お、それならウチで働いたらどうだ?」
「・・・本気か?」
唐突な言葉に、誠司も葵も驚いた表情である。
「金ならある。あとは度胸だな」
「・・・とか言って戦力が欲しかっただけだろ」
「バレた?」
蓮治がニカっと笑う。
「・・・まぁ、蓮治に職を潰されたもんだしな」
「おいおい!俺のせいかよ」
「冗談だ。・・・いいのか?」
「大歓迎だ」
「・・・よろしく」
男と男の握手である。そして葵はあまりのスピード展開に目が点である。
「ウチはブラックだぞ」
「楽しけりゃ問題ない」
「これはこれは! 心強いな」
先月7月に遊戯王の原作者:高橋和希先生がお亡くなりになられました。
遊戯王という最高の作品を生み出し、今も我々にエンターテイメントな時間を提供し続けてくださり、
誠に感謝しております。
数々の感動を本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。