WARNING
第3弾です。
2012年1月15日に、地方紙に掲載された作品です。
今回、もっと多くの方に読んでいただきたく、投稿しました。
WARNING!!
「木田さんって、結婚しないのかね?」
背中越しに聞こえてくる話に反応はしない。
それが、私の話でも。
振り返ったところで、答えは同じだから。
誰かに依存するズルイ生き方は望んでいない。
男社会の中で、仕事一筋で生きてきた。
コトの始まきっと、生い立ちにある。
私は今では珍しくもない一人っ子で両親の愛情を「これでもか!!」という程、一身に浴びて育った。
小さい時の将来の夢は、お嫁さんではなく会社員になる事。
女性であることに興味がなかった。
だからだろう、結婚なんて選択肢は初めから無かった。
女の子と遊ぶより男の子の友達が多かった。
できれば男に生まれたかった。
自分を女だと認めたくなかった。
―――そして、女を捨てた。
一人っ子の私が、結婚したら一体誰が、年老いていく両親を看てくれるのか…。
「お前は兄弟がいない。
大人になったら、誰も助けてくれない。
きちんと一人で生きていく為にも、立派な大人にならなくちゃいけない。」
そう両親に言われ続けてきた。
一人で生きていくには、強くなくてはいけない。
そう、子供心に思って成長した。
私はフツーではない。
生きていく中で『何か』を嫌い・苦手だと感じるだけでも損した気分になって「絶対、克服してやる!」というパワーが漲ってくる。
お陰で誰かに頼るという甘い考えは、一切ない。
今では大抵の事は、一人で出来る様になった。
私は私。
一人で生きていくというスタンスが幼い時から培われていた。
それを今更、誰かと一緒に…などと考えちゃいない。
高校を卒業し、この会社に入社した。
負けず嫌いで男勝りな性格の私が、長年働いていけるのも、男性ばかりのこの環境だからだろう。
私はこの仕事に、自信も誇りも持っている。
ここで働く事が、生きがいなのだ。
今の私から仕事を取ったら…きっと、ナンニモ残らないだろう。
幼少期に女である事をヤメた果てが
・化粧もしないで、お洒落にも無関心。
・スカートは高校を卒業して以来、一度も履かず。
(スカート自体持っていない。)
・ヒールの靴も一足も持っていない。
―――という、結果だ。
たまに会社に女性が社員として入社するが、直ぐに結婚して辞めていく。
それを何人も見てきた。
『お局様』は今の私に、最もふさわしい言葉。
私もどうやら、結婚適齢期らしい。
誰が決めた物なのか。
そんな物差しで、測れるような私なんかじゃない。
そんなある日、一人の男性社員が社内の人事異動で他の部署から配属されてきた。
そして、私が彼を指導する立場になった。
私には、どうしても言っておきたい事がある。
「木田です。
一緒に仕事をする前に、一ついいかしら。
男だから、女だからってひいきしないでほしいの。
私、そういうの大嫌いだから。」
少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んで「勿論です。」と言った。
彼は私より五つも年下。
ただ、若いのに落ち着いて見える。
それがミョーに大人びた印象を与える。
人当たりが良く、誰からも好かれる人柄だ。
仕事に対しても真面目で、非の打ち所が無いといったデキル人。
彼と組んで三カ月が、過ぎようとしていた。
私達に、大きなプロジェクトが舞い込んできた。
絶対に成功させなければ…自然と体にも力が入る。
いつもは無口の私も、仕事の事となると人格が変わる。
自分の意見が採用されなければ納得できず、理解してもらえるまで説明し続ける。
相手が誰であろうが、一歩も引かない。
その頑固さに、ベテラン社員も舌を巻く。
仕事に対して「自分だけじゃなく、みんなで利益を」の精神で取り組んできた。
仕事を遂行する為に、最大限の努力は惜しまない。
妥協という言葉は、存在しない。
自分に嘘をつきたくない。
残業だって当たり前。
そんな私に文句の一つも言わず付いて来てくれた彼に、私も知っている事は精いっぱい教えた。
期日中にプロジェクトが完成し、取り引き先へ彼と二人で乗り込んだー。
何の問題もなく、無事交渉成立。
取り引き先にも好評だった事が、何よりも嬉しい。
彼も安堵の表情を浮かべていた。
取り引き先をあとにして
「今日は、二人で居酒屋で打ち上げでもしようか。」と話した時、
「ちょっと君!」
呼び止められた。
振り向けば直接、話した事は無いが何度か面識のある中年男性が追いかけてきた。
取り引き先の社員だったのだ。
どうやら、私が勤務している他の部署で手違いがあったらしい。
最後まで相手の話を聞き、こちらに不備があるとわかり、頭を下げた。
「申しわけありません。」
その瞬間、頭を下げている私に
「そんなんだから、その年になっても結婚できないんだよ!
アンタは!」
と捨てゼリフを残して、中年男性はその場を去った。
―――。
酒の勢いが増している。
「なんなんすかぁ!
あのクソオヤジ!!
失礼じゃないですか!
ああいう時は、言い返さなきゃだめですよ!
木田さんも何も言わずに、黙って頭下げてるし。」
「カッコ悪かった?」
「そうじゃなくて―――」
彼は言葉を濁した。
「例え、他の部署のミスでも迅速に対処しないと大変なことになる。
会社対会社の問題は、信用の上で成り立っている。
そう思って仕事をしてきたの。
一度失った信用を取り戻すのは容易ではないし、仕事には一個人の感情よりも利益優先。
今まで築き上げてきた信用を、些細な事で失うのはあってはならない事。」
「俺らの仕事と、全く関係ない部署だったじゃないですか。」
「『全く』とは言い切れない。
もしかしたら、いつか巡り巡って担当することになるかもしれない。
そう考えれば、手を抜く事はできない。」
「―――だからって、プライベートな事にまで口出さなくたって。」
「イライラしてたんだよ、アノ人。」
「どーしてそう、冷静でいられるんですか!」
「慣れ。
いちいち腹立ててもしょーがない。
事実だし。
嫌な事は、笑って忘れるのが一番。
笑っていれば、いつか良い事がある―――ね?
笑って。
ほら、いつもの笑顔は、どこにいった?」
遂に、言葉を失って彼はポカーンとしている。
呆れてものが言えないとは、この事を言うのだろう。
暫くして
「―――笑ってって―――自分の事をけなされたんですよ。
あんな事、言われたのにケロッとして。
会社に戻っても、普段と変わらずに仕事してるし。
―――いいんですか、それで!」
「ん。
好きな仕事していれば全て忘れられるの、私の場合。
今までもそうだったし、何よりこの仕事は私にとって天職だと思ってるから。」
「ストレス溜まりませんか。
毎晩、残業だし。
息抜きも、時には必要ですよ。」
―――私にとっては、今も仕事。
「あまり私に関わらない方が、いいと思う。
こうやって、二人で飲むのも。」
「どうしてです?」
キョトンとした顔で私に聞いてきた。
酒に酔っているのか、いつもより無邪気に見える。
「色々、聞いてるでしょ?
頑固とか、無口とか。」
「うーん。
クールビューティーって事ですよ。」
「はあ?その日本語の使い方、間違ってる。」
「日本語じゃないと思いますよ(笑)。」
彼といると調子が狂う。
「男ばかりのこの会社に、女一人よ。
普通なら可愛がられるけど、私は違う―――変なのよ。
そんな変な私と一緒に飲んだ事、知られたら…。
いずれ、周りから変な目で見られるようになる。」
私の話を聞いた彼は、じっと私を見て
「木田さんが、変かどうかを決めるのは木田さんでもないし、周りの人でもない。
決めるのは、僕です。」
「―――。」
彼は、今まで出会った人達とは違う。
彼は自分をしっかり持っている。
「実際、色んな話を聞きますよ。
一緒に仕事して頑固な事はわかりましたけど、自分の意見が正しいと思った時だけじゃないですか。
それに無口なのは、いつも周りの人に気を遣っているからじゃないですか?
仕事以外では、自分を抑えてる。
さっきも笑えって言ってましたけど、愛想笑いじゃなくて、木田さんの本当の笑顔が見たいです。
木田さん自分では気付いてないかもしれませんが、困ったときや自分に不利な状況の時は、必ず一度、ニコッとしますよね?
見てる俺の方が、歯がゆくて。」
「どうして、それを―――」
内心の動揺を隠せない。
「正直、木田さんはどんな人なのか、興味がありました。
男に交じって女性一人の正社員。
誰かに媚びているとか、浮いた話も聞かない。
ずっと気になっていました。
それで今回、一緒に仕事するって決まって嬉しかったんです。
初めて会って突然、木田さんが男とか女とか関係ないって言ったじゃないですか。
男であろうが女であろうが、一人一人違う。
得意・不得意もあるし。
仕事の能力は男女だからと、比べたりするのは俺も嫌いです。
それで納得できたんです。
木田さんだから、浮いた話を聞かないんだって。」
理解してくれる人がいるとは、こんなにも居心地が良いものだと初めて知った。
「皆、口ではああいってますけど、きちんと木田さんの事、認めているから今回も責任ある大きなプロジェクトを任せてくれたんだと思います。
正社員で今も働いているってのは、木田さんの実力ですよ。
もっと、自分に自信持ってください。」
衝撃が走った。
視線を逸らせない。
「―――!!
すみません!
エラソーな事、言いました!」
我に返り、慌てている彼を見て笑いながら、今の彼の年齢と同じ五年前を思い出している自分がいた。
五才も若かったあの頃の自分はそんな事、考えていただろうか。
―――いいや。
いいや。
この会社で生きていくと決めて、なりふり構わずガムシャラに生きてきた。
何も考える余裕なんて無かった。
周りに認めてもらいたいと、心のどこかでそう思いながら、ひたむきに頑張ってきた気がする。
彼の考えを今、聞かないでいたら、これからも私は一生その事に気付けないまま、必死にもがき働き続け、ただ死んでいったに違いない。
私より、五つも年下なのにーーー
「でも、今は---」
彼の言葉にハッとした。
「会社でもないし、仕事中でもありません。
プライベートです。
だから、少しくらい肩の力を抜いてもいいんじゃないですか?」
そう言って、いつもの様に優しく微笑んだ。
「何、言ってるの。
私はそんなんじゃないの。」
「そうですか?」
私の顔を覗き込んだ。
一緒にいるとなんだか、とても安心する。
きっと彼となら、これからも仕事をするうえで良きパートナーになれる。
―――そう思った。
「半年っ!?」
人生は、そんなに甘くない。
都合の良い人生は、ない。
急遽、彼の来月から半年間の出張が決まった。
聞けば、前回のプロジェクトの功績が認められ、有望な社員として彼に白羽の矢が立ったらしい。
彼が認められた事は、嬉しい。
「すみません。
あのプロジェクトの責任者は、木田さんだったのに。」
「気にしない!
二人で取り組んだから、成功したのよ。
良かったじゃない。
そうそうある話じゃないわ。
もし私に悪いと思ったならその分、頑張ってきなさい。
何か困った事があったら、いつでも連絡しなさいね。」
快く送り出してあげたいのだが、複雑な心境だった。
こんなチャンス滅多にないのに、心底喜べない自分がいた。
このモヤモヤした抑えきれない、衝動は一体何なのか。
WARNING!
もしかして―――。
この年になって年甲斐もなく…しかも年下―――。
気付いてしまった。
「最近、目を合わせてくれませんね。
俺、木田さんに何かしましたか?」
「そんな事ないわよ。」
「………。」
冷静さを装い、そそくさとその場を後にする。
大人になると経験が豊富になる分、傷付くのが怖くなって逃げてしまうことが多くなった。
彼と一度目が合ってしまうと、心を見透かされてしまいそうで、目を合わす事すら出来なくなった。
けれど、この気持ちを自覚したからには答えが欲しい。
「バカみたい…」
インターネットを使って、自分の恋愛運をよく当たると評判の、占いサイトで調べている私がいた。
今更、占いを当てにする事しかできない自分が悲しい。
占い好きの女性を、冷ややかに見ていた自分が恥ずかしい。
相手が自分をどう思っているのか。
心が読めない分、凄く不安になって根拠もないのに誰かの助言が、聞きたくなる。
結果、占いに頼る。
占いが、好きとか嫌いとかの問題ではない。
一度ハマると、抜け出せなくなる。
イチかバチか。
まるで一種のギャンブルみたいなもの。
その内容に皆、一喜一憂するのだ。
自分でも、変化に気付き始めた。
仕事帰りや休日など、ドラックストアに出向く事が多くなった。
今まで無関心だった、化粧品コーナーに。
最初は、商品を陳列している棚の前に行くのも抵抗があった。
(女を捨てたんじゃないの?)
もう一人の自分が、私の気持ちを抑えようとする。
商品の前を何度か、行ったり、来たり…。
暫くして、恐る恐る口紅を手にしてみる。
(あんたに、似合う色なんてこの世に無い!!)
ふとした瞬間、こんな所で何をしているのかと、恥ずかしくなって店を出る。
そんな日々が過ぎ、彼が長期出張する前日
「寂しくなるけど、半年間、頑張っておいで。
帰ってきたらもう一度、一緒に仕事をしよう。
半年後、楽しみに待っているからね!」
きちんと彼の顔を見て、笑顔で彼に伝えた。
私は何に迷っているのだろう。
女性として生きてみたい…
いつしか、そう思う自分がいることに気付いた。
WARNING!
WARNING!
女を捨てる事を決めた子供の頃の私と、別れを告げることを決めた!
WARNING!
WARNING!
きっと、この結果は直ぐには出ない。
待つ時間が長い方が、ワクワクする。
さあ、楽しみに待とう。
何年後か何十年後かの自分に、思いを馳せて。
信じられない程、輝きだした私の世界
第3弾も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第4弾「デジャブ」もございますので、読んでいただけると幸いです。
第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」
第2弾は「風見鶏」
となっております。
よろしくお願いいたします。