11.彩葉萌の暴走(3)
広世ぷらむに半ば強引に連れてこられて、保健室にいる。
鼻血はもう止まった。
保健室の先生は特にどうという事もないようだけど休んでいってもいいと言ってる。
どうする?
面倒だな・・・イヤイヤ、なんか何でも無い事にまでムカついてないか?いかんいかん。
鏡で自分を見ながら自己診断をしてみる。
医学知識はさほどないんだけども、廊下ですっころんだ程度でどうにかなるケースは少ないだろうし、緊急性のある場合はたぶん私の超洞察力様が教えてくれるだろう。
そして、どう考えても休むほどではないんで「教室に、帰る」と言って立ちあがる。
心配してくれてひっついている広世さんに対してあんまりいい態度ではないかも知れないけど、普段からブッキラボウである上に、今は大変虫の居所が悪い。さらに今、空腹も加わっている。
そうだな、失礼ついでに、広世さんに一つ気になってること、尋ねてみようか。
私はちょっと彼女を見上げ、不機嫌を隠しもせず睨み付けながら言った。
「一つ、訊いておきたいことが、あるんだけど」
「あ、はいなんでしょう、萌ちゃんの質問なら何でもお答えしますよ」
それでも彼女は平然と、先生には聞こえないように声は絞りながらだが、むしろ嬉しそうに返事をするのだ。
それは今の私にはなんだかよけいに腹立たしい。
「はあ、もう、やめてよ、ね、その、底抜けの友好的態度」
それでつい、思いついた質問をする前に要らんことを言ってしまう。
「そっちが、なんで一方的に、私にやたら馴れ馴れしいのか、知らない、けど・・・いや、ごめん、今言ったことは、忘れてほしい」
いつもコロコロかわる彼女の表情が私の言葉でみるみる暗くなってゆくのを見たことは、まあ気にならなかった(ことにしてほしい)。が、私の暗い独りよがりから出た言葉のほうがよっぽど一方的で彼女にとって理不尽であることに気がついて、私はそれ以上言葉を続けるのを思いとどまれた。
だけど、出てしまった言葉はとりもどせない。
「でも、質問の方は、もういいから、教室に帰ろ?」
ちょっと訊きたかったことはあったけど、気まずいし、もうどうでもいい。
しかし、今度こそ保健室を出て歩き出そうとする私へ、彼女が語りかける。
「そう仰らずに休んでいったほうがいいです。萌ちゃんやっぱり調子が悪そうですよ?体調不良のせいですよね?、ずいぶん苛立っていらっしゃいますし、大事を取るというのは大事ですよ?」
最後のはギャグじゃないよね・・・
私はお笑いにはきびしいですよ。
って、ちがうチガウ違う。せっかく、いっぺん我慢できたのにこの女はそれを台無しにしたのだ。
「ちがうよっ。もうっほっといてよっ」
私は悪くない。私が悪いんじゃない。
少々乱暴に保健室のドアを開けて、私は出て行く。間違いなく広世さんはついてくるんだろうが、知るもんか。もう徹底的に無視だ。
でももう、授業を受ける気分でもない。どうしよ。
ってゆうか、やっぱりちょっと後ろからついてきてる広世ぷらむは、別に保健委員とかでもなけりゃクラスも違う。私にひっついてて授業をサボってしまってどうするつもりだろう。
行き先を決めずに歩くと言っても、授業中に人目につく所を歩くわけにも行かない。
結局ほとんど歩き回ることはできずにあっちでコソコソそっちでコソコソとただただ広世ぷらむから逃げ回るだけで次の休み時間になったのだった。
彼女のことがなければ図書室にでも籠もればよかったんだけれども、な。
って、彼女とゴタゴタがなければ、そもそもこんな状況になってないよ。
お腹がすいたな。
そう言えば広世さんがいたら能力は使えないんじゃなかったっけ。いつも校内で行使してる程度の弱いやつだけども確かに発動してるし、お腹も自然に減る以上に確かに減ってる。
なんでだ。
ああ、今は余計な問題は一つも増やしたくないのに、気になることは増えるし、散歩してたってちょっとも楽しくない。
爆発しそうだ。
とりあえず空腹だけでもどうにかしたい。なんか買いに行こう。
と言っても購買のパン類とかは時間前だからまだ買えない。もっともあの万年品不足地獄と称えられる購買のパンなどは販売時間ちょうどにベストの陣取りをしたところで、私がほしいものを買えた例はない。
・・・わざわざユウウツになることを思い出して、さらに気分を落としてどうするんだ私。
ともかく自販機で何か買って、ちょっとでもお腹に入れないと。
とはいえ、自販機にしてもみんな小腹のすく時間ゆえ、その前にはちょっとした人集りができていた。
嫌だな、ならぶの。
そう思いつつ、その人集りから目をそらしていると、ちょうどここから良い感じに見える、特別支援学級が目に入る。
私はその瞬間走り出していた。
なんだあいつ。
なにやってるのあいつ。
前の休み時間にバカやってた上級生だ。
なんだなんだなんだ・・・・・・・・・・・・
目的地に着くなり私は普段出さないような大きな声で叫んでいた。
「何やってんのっ!」
目の前であのバカ上級生男子がふんぞり返り何か言ってる。
そしてその前に尻餅をついて、支援学級在籍の一人弘枝佳奈ちゃんがいる。
自販機の前で私は見ていた。佳奈ちゃんが突き飛ばされるのを。たぶんこのバカ上級生は突き飛ばすほどの力を込めたつもりはなかったのかも知れない。しかし実際目の前でいたいけな少女が尻餅をついてそこに座り込んでいる。
そしてそのバカが言うのだ。
「なんだお前。お前もそこの役立たずの味方かよ」
まず何言ってるか分からない。日本語だよね?
そしてこの時の私、たぶんそれまでのイライラムカムカがそっくり怒りに転化してたと思う。
あんまり冷静に周りの状況とか、自分の精神状態でさえ、見えてなかった。
続くバカ者の言葉がさらに怒りを増長するもんだから、もう止まらない。
「まぁったくよう、よええヤツや一人では何もできねえヤツは、できる者の指示に従って生きるのが筋ってもんだ。それを平等だか自由だか保護だか何かしらないが、こいつとかさぁ・・・」
そう言いながら、指で人の顔を指すのでも我慢ならないのに、手はポケットに突っ込んだまま、そのきったない上履きのつま先でもって佳奈ちゃんの顔を指しながらセリフを続けるのだ。
「他にもウジャウジャと俺様の言うことをきかねえ奴らがいて腹がたつじゃねか。そおいうヤツはなあ、役立たずの要らねえ人間なんだあよ」
「あんたこそ、あんたこそ要らない人間だね」
私がそう言うやいなや、ヤツは例のきったない上履きを履いた足で私を蹴りにきたのだ。
そしていっちょ前にキレて意味のある言葉も忘れやがるのだ。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい、おい!」
おいおいウルサい。
一中学生ごときが何にかぶれてこんなバカなことを言っているのか知らないが、そこは私も同じしょうもない一中学生だ言うまい。しかしその浅っい間違った考えに他人を巻き込んで従わせようとしたり傷つけたりすることは看過できない。
とか普段の私ならそんな感じだろうが・・・・・・
もう、こいつが足を上げてつま先でもって佳奈ちゃんのことをこいつとか指し示しやがった辺りから、私は行きすぎた怒りで完全に暴走していた。
害意を超えたそれ、自分でも人に対して思うことはあるまいと、いやそんな考えさえなかった感情が、今、頭を占めていた。
こんなやつ、存在してて意味があるのか。
要らない人間なんか消えちゃえ。
そして、どっか知らないところで死んじゃえば良いのに、なんてのは私の主義主張にも、今の感情にも合わない。
いつもならこんな小物過ぎるバカの言動に対しては大概無視で、今回のように私が勝手に気にしてる子達がからんだ事件であっても、こんなムチャクチャな暴走状態にはならなかったろう。
全くどれだけ怒りに我を忘れてたのか。
直接自分に何かされたわけでもないのに何でここまでの激情が生まれたのか。
私は私の中にある価値観と倫理観が正しいと思っていて、いつもそれにそって行動したいと思ってるけど、いわゆる普通のそれとは少しずれてるところがチョコチョコあるのは知ってるので、人の言動をどうこう言う気はあまりない。
あ、一応断っておくけど、特定の宗教とかに殉じてるわけでは、ないよ。念のため。
そして、その思想的なモノが完璧なモノと思ってるわけでもないし、私という人間自体が不完全の塊みたいなもんだ。
当然間違うときもあるし、私という一個人はただの弱い人間だ。
そしてそれ故になのだが、また矛盾して、暴走した私は実はちょっとあぶない。
私の能力“超洞察力”は、絶対的に正しい答えをもたらすものでは決してなくて、完全に相対的に私自身がただ個人的にその時望んだ答えを得るだけのもので、断じて私自身にとってもよい結果を約束するものではないということ。
つまり望み自体が間違っていても、望んだままの答えが提示されるだけで、それに従って行動すれば自ずと結果は知れている。
まあそんな事もあって独自の考え方でもって適度に自分を律しながらも楽しく生きてみようかなと思っていて、一人で居る分にはそう不都合なくやってるつもりだ、けども・・・
まあ、やっぱり対人関係や不測の事態にはどうにも、不都合が起きる。
今回のこれはその最悪の結実だったのだろう。
目の前にいる憎しみの対象への殺意。
決して私の能力へつなげてはならない感情。
運動もおしゃべりもその他のコミュニケーションも、おおよその表現行動全般が苦手な私は、当然人へ害意を抱いたところで、何ができるわけではない。
と、そう思う?
しかし、その方法を正確に知っていれば、案外簡単に人に致命傷を負わせることはできる。
人は存外簡単に死ぬ、殺せるのだ。
人はそう簡単に死なない、とはよく言われるが、それは不慮の事故や病気での話であって、それにしたって結構人は死んでる。
そこらに死が転がっていないのは、そうあるようにみんなが努力し、平和で安全な社会を築き上げているからに他ならない。
非力で不器用な私でも、無防備な人間を壊すことは、実は簡単なことなのだ。
そして私の能力はそれをじつに正確無比に知ることができる。
私はカケラもためらわず、メガネに手をかけた。
そのまま行動すれば私はいろんな意味で終わってたろう。
「萌ちゃん!だめぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
広世さんがどこか近くにいたのは分かっていたけど、彼女は私がやらかす前に駆け寄ってきて私を抱きすくめ絶叫していた。
やっぱり私の考えが彼女へ筒抜けになってるのは、ずっと今もつづいてるわけだね。
よかった。
この場に限ってだけど、本当によかった。
我に返って自分のしでかそうとしてた事を思うと、この手に持ったペンで何をしようとしてたか思い出すと、恐怖で震える。
私は彼女に救われてしまったのだ。
「あ、ああ、わ、私・・・・・・」
私は彼女を抱き返し縋り付きふるえながら泣き出してしまっていた。
こうして、私のぼっち生活、望んでやってたはずの気楽で無責任な孤独ライフは終わりを告げたのだった。




