【To Colombia③(コロンビアへ)】
昼食を摂りに食堂へ入ると、汗だくで疲れ果てた様子のハバロフと、その隣には周りを気にしている様子のブラームが居た。
「ああ軍曹、みんなは?」
どうやらブラームはモンタナ達が居ないことが気になっていたらしい。
「任務だ」
詳細を話さず、それだけ答えると彼は「そうでしたか」とだけ返事をした。
他にも聞きたいことはあったに違いないが、余計なことは言わず余計なことも聞かない。
仕事も真面目で、格闘技や射撃の腕も確か。
小さい子供の時に両親をテロで亡くし親せきをたらい回しにされたにもかかわらずグレもせず、逆にキックボクシングで頭角を現した頃に周りに集まってきた如何わしい人間達から避けるように外人部隊に入隊するなど真面目と言うだけでは褒めたりない程の人格者。
分隊の中でも、俺が最も信頼を置く部下の一人が、このブラーム兵長だ。
「どうだ?」
「自動小銃の方は問題ない程度ですが、何せ日頃拳銃の方は使っていないので、もう少し慣れが必要でしょう」
「基本的な操作は?」
「こっちの方は問題ありません。むしろ筋は良い方の部類だと思います」
「午後は俺も久しぶりに模擬演習場に入るから、交代で訓練を続けてみよう」
「了解しました」
珍しくブラームの口角が微妙に上がった。
「どうした?」
「いえ、久し振りに軍曹の完璧な模擬演習を間近で拝めると思うと、なにか嬉しくて」
「プレッシャーを掛けるな。久し振りだから完璧とはいかないかも知れない。と、先に逃げ道を作っておく」
「分かりました」
そう言いながら、フォークに突き刺したソーセージを頬張るときに白い歯を見せて口の中に入れた。
余り感情を表に出さない男だが、彼の歯は表情が豊かだ。
しかしそれは彼が黒人だからではなくて、屹度幼いころの嫌な経験から気持ちを表情に出さないようになったのだと思う。
唯一口の中に隠される歯だけが雄弁に彼の気持ちを表す。
言葉数は少なめだが、俺が信頼を置くこの男は、俺が思う以上に俺の事を信頼してくれているのが良くわかる。
予定では、午後からは格闘技の訓練をするつもりだった。
しかし、格闘技と言うのは日々の練習の積み重ね。
急に特訓したところで、いきなり強くはならない。
特訓の成果として現れるのは、筋肉痛だけだ。
ブラームが、慣れが必要だと言うのなら、今日はトコトン拳銃に慣れてもらおう。
実際問題近接戦闘で使用するこの拳銃と言うものは、手頃な武器だけど実際に使ってみると扱いにくい。
第一的に当たりにくいし、次は撃つのが面倒。
たった1㎏にも満たない拳銃だが、ライフルや自動小銃のように銃床がないから反動がもろに手に掛かって来る。
しかも両手で確り銃を支えることも出来ずに、片手でしか持てない。
もう片方の手は、その持っている手をただ支えているだけ。
ライフルのように長距離から相手を狙えるわけでもなく、自動小銃のように一度にセットできる弾数も多くなく、且つ携帯する弾数も少ない。
表情が見える程すぐ目の前の敵、角の向こう、ドアの向こうに潜む敵。
その人数も分からなければ、敵かどうしているのかも分からない。
ミスをすれば罪もない人を傷つけてしまうし、躊躇えばドアの前で倒れて床に流れる自分の血をただ眺めるだけ。
こんな拳銃を市街戦レベルでの使用に慣れている奴なんてそうそう居やしない。
部隊の敷地内には素晴らしい模擬演習場があるから、ここである程度慣れておけば上達は早いだろう。
午後。
ハバロフに着いて彼の技量を確認していると、ナカナカ様になっている。
さすがにヘトヘトになるまでブラームが教えただけの事はある。
そこらに居る普通の警官よりレベルは高い。
ただしまだ問題も多い。
第1の問題は相手が私服の場合、判断が遅いと言う事。
急に人が現れた場合、どうしてもその人物の顔を見てしまう。
確かに表情を見れば殺意の有無は分かるが、急に鉢合わせした場合、驚くのはお互い様。
殺人犯であっても普通の主婦でも、不意に人が出てくれば驚く。
もっと全体像を見る必要があるが、こればかりは慣れと素質が必要で一朝一夕にどうとなるものではない。
あまり細かく言うと、判断が遅れるようになってしまうから、分からなければ全て撃てと言った。
実際問題相手が出てきて、射撃動作に入りトリガーを引き終わるまでには、コンマ数秒の時間差が生じる。
最初から相手を撃つつもりで銃を向け、トリガーを引くまでに判断すればいい。
トリガーを引く瞬間に相手が敵でないことが分かった場合は、相手に向けた拳銃を少しずらすだけで弾は外れるから、確認に手間取るよりは効率がいい。
足音を立てずに敵のアジトに近付きたい場合、その事は重大なミスになるが、そう言うシチュエーションでハバロフを隊の先頭に立たせる状態は先ず無い。
第2の問題は、命中精度。
一応的には当たっているが、当たっている個所はまちまちだ。
撃つからには相手の急所に当てる必要があるが、これこそ熟練を要する。
まあ映画やドラマではなく実際の戦闘なら、至近距離から9㎜弾を撃ち込まれれば、余程強い意志がない限り相手は気絶してしまうか戦意を喪失してしまう。
ただし例外が一つだけある。
それは相手が薬物を大量に摂取している場合。
こういう奴は心臓か脳の中心部に当てないと、どうにもならない。
そして、第3の問題は、敵を前にした状態でマガジン交換をしてしまう事。
使用する拳銃はオートマチックだから、マガジン交換は直ぐ終わるが、それでも交換時は後手に回ってしまう。
だから移動時に、新しいマガジンに交換しておいて、抜いたマガジンはポケットの中で銃弾を詰める練習をしておくことと、それをするためには私服の時でも銃を持つ場合は広めのポケットのある服装をしておくべきことを伝えた。
模擬演習場を出たのはもう定時間近だったが、そのあと武道場で1時間軽く格闘技訓練を行ってその日は終了した。
なにしろ格闘技の技術習得は日々の練習の積み重ねだから休む訳にはいかない。
まして明日から任務終了までは練習もままならないから尚更やっておきたかった。