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【Sleep in a white hemp field⑤(白い麻畑に眠る)】

「さあ、もういい。ナトーの気持ちはありがてえが、皆が待っているから岸に向かって泳げ」

「嫌だ」

「パリでエマが帰りを待っているぜ、さあ行け」

「嫌だ」

「ハ、ハンス隊長も、待っている。さあ」

「嫌だ」

「しょうのない奴だ。お尻ペンペンの刑になるぞ」

「いいよ」

「……なぜ、言うことを聞いてくれないんだ、俺はナトーの事を想って」

 おしゃべりなトーニの口を手で塞ぐ。

「トーニは俺の為にベストを尽くしてくれた。だから俺もトーニの為にベストを尽くす」

「落ち着け。いつもクールなナトーじゃないか」

「クール?本当に、そう思っているのか?」

「ああ」

「お前たち男は、どうして好きな女に対して勝手な御伽噺を作りたがる?」

「御伽噺?」

「そう。俺は戦略の女神アテナでもなければ、グリムリーパー(死神)でもない。トーニと同じただの人間だ。ウンチもすれば小便もする」

「おいおい、何もそこまで言わなくたって……」

「SEXにだって興味はあるんだぞ」

「……」

 密着した体制でトーニの下半身を掴むが、こんな状況で誘いに乗って来るトーニではないし、俺も誘っている訳ではない。

 これはトーニのアドレナリンを良い方向に引き出そうとしているだけ。

 気持ちなんてものは、一度萎えて冷めてしまうとナカナカ元には戻らないから。

「さて、ここで問題だ。不思議な事に気付かないか?」

「ナ、ナトーのアンダーヘアーが無いことか……」

「馬鹿!そっちじゃない。しかし、どうして知っている!?」

「どうしてって、この前お前、時間外にシャワー浴びて俺とハチ会ったじゃないか」

「あの時、見たのか?」

「ああ」

「ドスケベ!最低!」

(※本編第6話【Before the sortie①(出撃前)】参照)

「仕方ないだろう。いつも“注意深く周りを見ろ”って言っているのは、そっちのほうだろ?」

「それはそうだけど……嫌か?」

「なにが?」

「……無いの」

「いや、オ、オレは、ナトーなら有っても無くても好きだ」

「有り難う。……ところで、この状況をどう思う?」

「これから滝に落ちる、この状況の事か?」

「そう」

「……」

「じゃあヒント。ピパは何で滝があるこっち側に逃げた?」

「……クラウチ社長ごと滝に落ちるつもりじゃあねえことだけは確かなようだから、ひょっとして、どこかに抜け穴的なものでもあるのか?まさかな」

「その、まさかだ」

「まさか!?」

「痛みは大丈夫か?」

「ああ。今、血液は違う所に行っているから大丈夫」

「違う所?」

 トーニの言っている意味が分からなかったが、どうせクダラナイいつものジョークだろうと思ってスルーした。

「泳げるか?」

「もう大丈夫だぜ」

「じゃあ行こう」

 流れに逆らって泳ぐのは難しいが、俺達は流れに沿って斜め向こう側を目指した。

 滝の直ぐ傍のジャングルの切れ目に、ボートが1艘通れるだけの狭い水路があった。

 つまり逃げるときに、滝に向かって進むことにより、追手を振り切るため。

 もし執拗に追われたとしても、この狭い水路の入り口でボートを乗り捨てれば次に来る追手のボートは減速しなくては行けないので、推力よりも川の流れる力の方が勝り滝にのみ込まれてしまう。

 俺たちは、寄り添いながら狭い水路に入る事に成功した。

 左右を木々で覆われた水路は、まるで緑のトンネル。

 流れも次第に緩やかになって行く。

 俺は流れに身を任せて仰向けになった。

「だ、大丈夫か?」

 トーニが何かに焦りながら、俺に聞く。

「大丈夫だろ。この水路は屹度農作物用の用水路だ」

「そ、そうか」

「なあ、さっきの事だけど……」

「さ、さっきの事?」

「血液は違う所に行っているってヤツ」

「ア、アレな」

「あれは、何かの格言か何かなのか?」

「か、格言とはチョイと違うな。ど、どちらかと言うと、い、医学的な……」

「医学か……俺にはまだまだ知らないことが多すぎるな」

「そ、そうか?」

 緑のトンネルが終わると、今までその隙間から照れ臭そうに顔を覗かせていた星たちが、堂々と胸を張るように煌びやかに現れる。

 両サイドには空に手が届かないで困っている白い麻畑。

「乾かすか」

「ああ」

 水路から上がって驚き、そしてトーニが、どもっていた意味を知る。

 月明かりに照らされた自分の姿を見ると、ブラウスもパンツも、ワニやピラニアに噛まれて穴だらけ。

 おまけに、いつの間にかブラが取れていて、真っ白なブラウスが胸に張り付いていた。

 “あー、この格好で水の中を仰向けに寝ていれば、トーニは焦るよな”

 チラッとトーニを見ると、こっちもボロボロの服を纏っている。

「座ろう。トーニは横になれ。ベストを尽くしてくれたご褒美に、俺の膝枕を貸してやる」

「あんがとよ」

 今度は、どもらずに素直に俺の膝を枕に横になった」

「疲れたろう」

「まあな……」

「襲っても、いいぞ」

「……」

 からかったのに、珍しくトーニが返事をしない。

 自分の胸が邪魔して隠れているトーニの顔を覗き込むように体を前に倒すと、幸せそうに目をつむっているトーニの顔が月明かりに照らされていた。

 “なんだ、つまらない”

 トーニの焦る顔を期待していた俺も、そのまま仰向けに横になった。

 星たちが眩しく囁くように優しく体を包み込む。

 その空を仰ぐように背を伸ばす麻たち。

 君たちは麻薬になっちゃいけない。

 怪我の痛みを和らげる麻酔になるべきだろう。

 そう思いながら、俺も目を瞑った。


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