【Sleep in a white hemp field①(白い麻畑に眠る)】
直ぐにバシャバシャと水を掻き分ける音が聞こえて来たので、馬を止めた。
靴底で水を叩く音がしないので、川面が膝辺りより高くなっているのが分かる。
トーニの肩に掛けてあったチアッパ リトル バッジャーを借りて自分の肩に掛け、トーニには静かに向こう岸に渡り先行するように合図する。
“もうそろそろ動き出す”
振り返ってマルタの顔を見る。
緊張した面持ちのマルタがコクリと頷く。
エンジンを掛ける音がして、にわかに水を掻き分ける音が大きくなり、銃の発射音と悲鳴が轟く。
“一体なんだ!?”
奴等を追跡しているのは俺達だけのはず。
なのに、奴等は何者かに襲われている。
俺は馬の腹を蹴り、慌てて奴等の所に向かった。
「ギャー!助けてくれー!!」
「撃て!撃て!撃て!」
自動小銃の発射音が響き、水面に幾つもの水柱が上がる。
奴等に追いついて驚いた。
そこは阿鼻叫喚の世界。
ボートの周囲を取り囲む何匹ものワニに襲われる奴等。
川は既に血の色で赤く染まっている。
馬もワニに怯えて暴れ出し、馬から降りた。
ワニに怯えたピパたちが自動小銃や拳銃を水面に目掛けて撃ちまくり、跳弾があちこちに飛び交い、危なくて仕方がない。
ワニ目は顔の正面に沿って分厚い骨があるため、正面からの攻撃には強い。
向かって来るワニに対して無茶苦茶に自動小銃を撃ちまくっても、ダメージを与える事は出来るが殺すのは難しい。
彼らの装備は現行の西側諸国軍が使用している装備だから、使用される銃弾は5.56mm弾。
5.56mm弾では、銃弾がワニの心臓に達する手前で、その分厚い肉に阻まれて届かない。
狙うとすれば顔の中央線上で目の後方にある脳だけど、これとて角度が悪いと硬い骨に阻まれて届かないし、ワニの脳はデカい図体の割に非常に小さいので恐怖に怯えながら滅茶苦茶に撃ってもそうそう当たらない。
だが後ろからなら、意外に簡単に殺すことができる。
特にワニの頭蓋骨は、大切な脳を後方まで充分覆っていないから。
もっとも野生の動物同士の戦いでは、その前にある分厚い皮下脂肪や皮で守られているので欠点とは言えないだろうが、人間の持つ武器に対しては弱い。
目の後方の頭蓋骨が切れた辺りから、ワニの背後から槍や矢を突き刺すだけで意外に簡単に殺すことができる。
そして脳が小さいとはいえ、高度に進化したワニは、蛇などと違い脳にダメージを食らうだけで体の動きが止まってしまう。
丁度正面の川向うにトーニが現れて、この光景を驚いた顔で見ていた。
「目と目の間を結ぶ直線を底辺にする正三角形の頂点から10㎝程下に脳があるから、木に登ってそこを狙え!撃つのは背後からだ」
トーニに指示を出して、俺はワニを狙って撃った。
後ろからだとワニは簡単に死んでくれるが、問題なのはその後のこと。
なにしろ今までワニに向けて銃を構えていた奴の、真正面に入ってしまう事になるため。
撃っていた銃を少し持ち上げれば、そこには俺がいる。
だからトーニには木に登って撃つように命令した。
そうすれば奴等の目に捉えられることは無い。
はじめのうちは取り囲むワニが多すぎて、自分の目の前に居るワニが死んでも彼等のパニックは治まることなく次々にやって来るワニに向かって撃ちまくっていたが、少し数が減って来ると目の前に居る俺に気が付いて、銃を上げようとする奴が出始めて来たので容赦なく射殺した。
肩を撃ち、銃を撃てなくすることも考えなかった訳ではないが、このワニの多さでは銃を撃てなくなった時点でワニに襲われてしまう。
どうせ死ぬなら、噛みつかれて水中に引き込まれ死のローリングを食らうよりも、一瞬で死んだ方がマシだろう。
ナトーの指示どおり、俺は木に登ってワニに狙いを付けた。
両目の間を底辺とした、正三角形の、頂点から20㎝下……。
下と言うのは、体の中と言う事だから、そのまま頂点を狙っても意味がないと言う事だろう。
後ろから狙えと言う事は、前から狙っても銃弾が届かないと言う事か。
しかしワニが動き回って、なかなか上手く狙えねえ。
ナトーの銃撃音が聞こえた。
あいつ、跳弾の飛び交う中で次々にワニを仕留めている。
しかも、ワニの次に助けた男まで射殺した。
“ナトーの奴、一体何をやっているんだ?それじゃあ助けた意味が無いじゃないか”
いや違う。
俺たちが助けるのは、クラウチ社長だ。
クラウチ社長を助けるためには、ボートを取り囲むワニも、ピパの一味たちも排除すべき敵と言う事になる。
そしてこの2つの敵を排除しないと、クラウチ社長を助け出すことは出来ない。
“習うより、慣れろ!”
兎に角、ナトーから教えられた場所にチャンと当たるように撃って慣れるしかねえ!




