【Shoot towards tomorrow①(明日に向かって撃て)】
地下室から抜け出すための穴は順調に掘れているのは、手抜き工事でもろいコンクリートが使われているばかりが作業のはかどる要員ではない。
もう一つの要因……。
いや最大の要因は、単独でほふく前進しているトーニに気が付いた事。
おそらく睡眠もとらずに丸1日以上俺たちを追いかけて来てくれたうえ、勇敢にも単独で敵中に侵入するなんて、これに勇気をもらわわない方がどうかしている。
途中、トーニが見張りの者に見つかりそうになるアクシデントが発生した。
ここから声を上げれば見張りの注意はこっちに引き付ける事は出来るが、それをする事で敵の注意がこっちに向くと、トーニが今までしてきたことが台無しになる。
いや、台無しになったっていい。
トーニの命に比べれば、俺の命なんて安いものだ。
腹を括って声を上げようとした途端、トーニは機敏な動きで低いブロックを乗り越えて姿を隠した。
大丈夫なのか!?
息を殺し、神様にトーニが見つからない事をお願いしながら見守った。
見張りはトーニの隠れた場所に近付いたものの、一切気が付かなかったのか、そのまま離れて行った。
一体何があった?
次に姿を現したトーニの姿を見た俺は感動した。
それは糞まみれになり、まるで泥で出来た人形の様にひょう変したトーニ。
咄嗟に隠れた場所は、堆肥場。
気が付かずに飛び込む訳はない。
臭いで直ぐ分かる。
それなのに躊躇うことなく飛び込んだトーニ。
まるでヒーローそのもの。
トーニはその姿のまま、変わりなく機敏に馬小屋の中へと入って行った。
俺はトーニに負けないように、我武者羅に穴を掘った。
“俺もベストを尽くさなければ!”
糞まみれになったライフルと拳銃、それと銃弾とスコープやサプレッサーを直ぐに洗った。
単発式の玩具みたいなライフルはその分構造が簡単だったので水を流すだけで事は足りたが、拳銃は一旦分解して洗い馬用に吊るされていたダスターで水気を拭き取った。
洗い終わった銃弾をカートリッジに再び詰め直しながらナトーが放り込まれた地下室を見張っていると、小窓の地面から少量の砂埃が立っているのが見える。
穴を掘っているんだな。
でも、どうやって……。
答えは直ぐに分かった。
格子になっている鉄筋が1本少ない。
“なるほど、アイツも常にベストを尽くしているって訳だ”
そうと分かれば、俺の役割は直ぐに分かった。
つまり“見張り”
ナトーは壁の内側から穴を掘っているから、顔が出せるくらいまで掘り終わらないと、壁の外側の状況は分からない。
掘り終わる前に敵の見張りに気付かれたらそこで御終いだ。
普通なら、こんな無謀な事はしない。
だがナトーは俺が居る事、そして俺がこの馬小屋迄移動して来る事と、その時間を計算に入れて計画を実行に移したに違いない。
日中の明るい時間に俺はジャングルから出られない。
夜遅くなれば見張りも手薄になるが、その分周囲も静かになり、作業音は筒抜けになる。
食事の準備や食事の音、会話などによって作業の音が掻き消され、なおかつ人間の目が暗い場所に慣れていないこの夕方に俺が動く事を予想した。
ベストを尽くした俺は、ナトーの考えに合致した行動が取れたと言う事だ。
だが喜んでいる場合じゃない。
折角穴が開きかけている段階まで来て、見張りが来やがった。
ここに来て俺はマダマダ抜けていると思った。
それは、この玩具みたいなライフルの試射を一度もしていなかった事。
スコープの調整をしていないので、ここは装着しないで撃つ方が確実だろう。
だが問題は、そこじゃない。
たかだか2、30mの距離だから22口径のライフルでも充分当てられるはずだが、サプレッサーを付けた状態でどの程度の発砲音がするのかが分らねえ。
いきなりドカンと大きな音がすれば直ぐに敵に気付かれてしまう。
敵を倒せても、その銃声を聞いた他の奴等が一斉に俺に襲い掛かって来る事だろう。
敵の銃はM-4カービン。
木の板で造られたこの建物では、到底防ぐ事は出来ないだろう。
しかしナトーたちは救える。
銃撃戦と、夕闇に紛れて、ナトーは安全に脱出できるはず。
自分の命の心配はいらねえ。
俺にとって一番大切なのは、ナトー。
その命を守るために使い切る事ができるなら、俺は本望だ。
「ナトーはどうやら逃げ出すための穴を掘っている様だ」
双眼鏡を覗いているマーベリックが、皆に様子を伝える。
「トーニは?」
「分らん」
「奴のこったから、今頃体に着いた糞を必死に洗い流しながら悪態をついている事だろうぜ」
モンタナがそう言って皆を笑わせた。
「マズいぞ、ナトーの掘っている穴の傍を見張りが通る」
「突撃しますか!?」
「……いや、待て。まだ見つかった訳じゃない。早く飛び出し過ぎると、ナトーたちも逃げるタイミングを失うばかりか、この平原を突っ切る俺たちも狙い撃ちにされる」
「じゃあ、どうします」
「今は待て。最良の結果か、最悪の結果が出るまで」
「最悪の結果って……」
「それを回避する手段は、今トーニだけが握っている」




