【Do your best!②(ベストを尽くせ!)】
日が傾いて来た。
「いいかキース、俺はこれからほふく前進するから、後は頼んだぜ」
「後を頼むって、無茶です。もう少し暗くなるまで待った方が」
「ああ。俺もそう思うが、奴等がそう思うかどうかは俺には分からねえ。だから俺は今できるベストを尽くす。もしも俺が見つかりそうになっても、下手に動かずにマーベリックたちの到着を待て」
「援護くらいさせて下さい」
「駄目だ。お前一人では追い詰められてしまうし、そうなればマーベリックたちも待ち伏せに会ってしまう」
「それじゃあ、トーニさんが捕まっても同じ事になるんじゃ……」
「いや俺一人が捕まっても、そうはならねえ。だいいち仲間が居るのなら、1人でノコノコ出て来るとは敵も思わねえだろう?」
「それは、そうでしょうが、それにしても無茶な」
「無茶じゃねえ。これは俺なりのベストだ」
そう言うとトーニは、ほふく前進を始めた。
トーニが出て行ってしばらく経って草の音がした。
“敵か、味方か!”
キースは用心のために着の陰に身を隠した。
足音は一人。
マーベリック少尉たちじゃじゃない。
トーニさんはまだ100mほど進んだ所。
敵の屋敷からはまだ遠いが、ここから見れば少し高さもあるから、直ぐに分かる。
格闘技も最初は苦手だったけれど、ナトーさんに鍛えられて今では他所の分隊の奴には負けない程上達した。
まして相手はたかが麻薬密売組織の、ならず者。
“やれる。いや、やらなくては!”
敵が気の傍まで来たところで飛び出した。
ジャングルの中は真っ暗で、顔などは見えないが背が低いのだけは分かる。
身長差を利用して、ハイキック一閃!
“勝った!”
と思ったが、繰り出したキックは無情にも避けられた。
“こういう時は、回転力を利用して相手に体を預けるつもりで後ろ向きに肘打ち!”
これはナトー軍曹に教わった必殺技。
ところがこれも空振りに終わっただけでなく、逆に俺の接近しながら回転する力を利用され、軽々と敵の背中に乗せられてそのまま後ろに放り投げられた。
背中で着地してしまったが、受け身を取ったのでダメージは少ない。
直ぐに起き上がって……。
駄目だ、もう敵は俺に膝を落としてきた!
全く歯が立たなかった。
まるでナトー軍曹と対戦しているのと、同じ状況。
後悔してももう遅いが、やっぱり俺の取柄はバイクしかない。
死に際に気付いてももう遅い……。
ところが敵は膝を落としてこなかった。
何故!?
観念して瞑った目を開けると、目の前に会ったのはサオリさんの顔。
「サオリさ・ん?」
「無茶しないで。私だったから良かったようなものだけど、もしも敵が拳銃を構えていたら貴方は撃たれて死んでいるわよ。こういう場合はキックを繰り出すよりも、先ず武器を持っている事を想定して、相手の腕から狙わないと駄目よ」
「……でも、なんでサオリさんが?」
「ドローンを使って来たから、早く着けたのよ」
「いや、そっちじゃなくて。なんでそんなに強いの?」
「あら、知らなかったの?ナトちゃんに武道を教えたの、実は私なの。もっとも今では彼女のほうが遥かに強いけれど、まだまだキース君には負けないわよ」
「確かに強すぎます」
「それはそうとトーニちゃんは?」
「あそこです」
キースが指差す先に、ほふく前進するトーニの姿が見える。
「ヤラレタの?」
「いえ、ほふく前進しています」
「えっ!?」
無茶だから止めようとしたことを伝えると、逆にサオリさんは凄く感動して喜んでいた。
どうしたのか聞くとサオリさんは教えてくれた。
「だって昨日の昼過ぎからズット彼はナトちゃんの事を追いかけているのよ。しかも夜通し歩いて、今日もズット。それなのにまだ前に進んでいるの。これって誰でも出来る事じゃないよ」
確かに。
いつも通りのトーニさんの態度に忘れていたが、夜通し川を歩き回った挙句、俺がバイクで来たあの過酷な獣道をたった1人で来たのだ。
普通の人間なら諦めるところ。
なのにトーニさんは、そこを乗り越えただけでなく、俺が来た時も寝る事もせずに敵情を観察していた。
“これが本当の特殊部隊!LéMATの隊員の姿”
ほふく前進を続けていたトーニが、ようやく馬小屋に迫ろうとしていた頃、敵に見つかりそうになったが、上手く浅い囲いの中に潜るようにして身を隠した。
「ほう、ナカナカやるじゃねえか」
背後からする男の声にドキッとして振り向くと、そこにはガイドのキャスが居た。
そして、その後からも足音が近づいて来たと思うとマーベリック少尉たちも。
やがてトーニには気付かずに、近付いていた敵が消えると。
泥人形のような姿になったトーニらしき物が起き上がり、馬小屋の中に入って行った。
「あれは?……」
「あー、トーニが隠れたのは、堆肥場だな」
「堆肥場?」
「家畜の便を蓄えて肥料にするところ」
「じゃあ、今の泥人形は」
「そう。糞まみれになったトーニ」
“やるじゃないトーニ君!”
キースとキャスの話を聞いていたサオリは、何だか物凄くワクワクしていた。




